小話.朔2
朔視点。
今回は長めです。
なかなか起きて来ないヒナタさんの部屋に向かう。
ヒナタさんの仕事ぶりから、手を抜いたり怠けたりする人では無い事は分かっていた。
正直な所、最近は疲れが出始めていたようだから、少しだけ心配はしている。
私が異界の人間を心配する日がくるなんて考えもしませんでしたが。
――部屋に行けば、苦しそうな彼女の返事……やはり、体調が悪くなっていた。
休みなさいと言おうとした私の言葉を遮り、やらせてほしいと言った彼女に、少しだけ心を乱される。
強情な彼女の新しい一面に、驚きと興味がわいてしまい、おもいっきり表情に出てしまっていたから、扉越しの会話で良かったとつくづく思う。
私の中では、女性のほとんどが儚く、弱々しいふりをする生き物だと思っていた。
昴様の傍にいると、私に近付いて昴様を取り込もうとする女性が多く、瞳の奥にぎらつく欲望を隠そうともせずに、皆弱々しい素振りで騙そうとする。
……昴様がおっしゃるには、私自体に興味があった女性も居たらしいのですが、“最初から守ってもらう気の人には興味がありません”と申し上げました。
“お前を守れる女なんているのか……?”
昴様のお言葉に、いないかもしれないと考える。
その時すでに私と昴様には、封印守護の適合者として、遠い土地に行かなくてはいけない使命があった。
ついてくる可能性は限りなく少数。
来たとしても、“私を守って”と言う女性達……しかし、ある日一人の少女がおっしゃって下さった。
「朔さんは昴君を守って。私が朔さんを守るから大丈夫!」
満面の笑みで言われて、とても感動したのを覚えている。
“なっ!? ダメに決まってるだろ! お前は俺の婚約者なんだぞ!”
慌てる昴様の声に、抱いてはいけない感情を押し殺して、冷静に“お気持ちだけで”と言ったあの日。
全て、覚えていたのに……今は、名前も顔も霞んでいる。
ヒナタさんに彼女を重ねてしまったのだろうか?
自己嫌悪でため息をついて、思わずヒナタさんの仕事を許可してしまった。
管理者として失格ですね……。
せめて朝食だけはと思い、おにぎりを置いておくと、やはり食べずに掃除をするつもりだったのか、ヒナタさんが仕事着で出てきた。
おにぎりを見て少し微笑んだ彼女は、お皿を持って部屋に戻っていく。
その様子に安心した私は、自分も仕事に取りかかる事にした。
***
問題が起こったのはそれから一時間程経った頃。
私が煌の部屋を掃除していた時だった。
少々野性的な煌は、外への出入りを窓からよくしている為、ちょうど飛び込んでくる。
勢いのまま一回転し、綺麗に足をついた煌の動きがピタリと止まった。
「煌、ちゃんと玄関から入って下さい。床が汚れます……って、聞いていますか?」
「…………」
煌は私の声が聞こえないのか、険しい表情で止まったままだった。
暫くしてからゆっくり私の顔を見ると、びっくりしたような表情をする。
「うぉっ!? いたのかよ!」
「先程から話しかけてましたよ? 一体何なんですか?」
私の呆れ顔に煌が我に返り、キョロキョロしだす。
「朔が気付かないとか珍しいな……何か別の奴が居る気がすんだよ。スッゲー薄くて、奈落の奴とか分かんねぇけど……ヤバイ感じがする」
気配を察知する能力が高い煌の勘は侮れない。
それにしても、館内に侵入したのに私が気付かないなんて……。
煌の部屋を出ると、向かい側のドアが勢いよく開くところだった。
中から焦り気味な蛍が飛び出してくると、私の肩を力強く掴む。
「朔! ヒナタは何処!?」
「落ち着きなさい! ヒナタさんに何かあったんですか?」
蛍を落ち着かせようとしたが、表情は険しくなっていった。
「近くで鈴の音がする……アイツが来てる!」
「アイツ……? あ、待ちなさい!」
蛍は私の制止を無視し、階段の方向に走っていく。
蛍は私には分からない“音”を感じとったようだ。
確実に何かいる……体調が悪いヒナタさんが鉢合わせれば、逃げる事が出来ないかもしれない。
「朔!」
やはり、休ませるべきでした……。
「おい、朔! ボーッと立って何やってんだよ! 昴が心配ならいつもみたいに動けばいいだろ!」
「……え、昴、様?」
「は?」
煌の表情で我に返る。
私が一番に考えるべきは我が主昴様であり、他は後回し。
ずっと、そうやってきたのに……今、私は誰の心配をした?
右手を額に当てて動揺していると、蛍が走っていった方向が騒がしくなった。
その騒ぎに反応した煌が走り出し、それに続くように私の脚もようやく動き出す。
玄関ホールに到着する頃には、昴様と蛍の声が聞こえ、何が起こっているのかようやく私にも分かった。
階段の中央にある肖像画スペースの前で、ヒナタさんの体は、歪んだ空間からのびる真っ白な腕に捕らわれ、引きずり込まれそうになっている。
それを必死に蛍が引き剥がそうとしていた。
「離れろっ! ヒナタに触るな!」
「蛍っ! 後ろだっ!」
「ぐっ!?」
昴様が叫んだと同時に、“ドン!”と大きな音をたてて、蛍が壁に叩き付けられる。
「蛍っ!」
慌てて煌が駆け寄り抱き起こすが、蛍の意識は無く、ぐったりとしていた。
「朔! 歪みの媒介は黒い花弁だ!」
余裕がない昴様の言葉に、急いで辺りを見回す。
――あった……歪みの真上に……しかし、今ここから投げれば昴様の肖像画が――――。
「いえ、悩んでられませんね。昴様、御許し下さい!」
自分でも内心驚くくらいの早さで判断すると、ヒナタさんに駆け寄りながら、ナイフを花弁めがけて投げる。
真っ直ぐ投げたナイフが花弁に突き刺さった瞬間、ヒナタさんを捕らえていた白い腕がかき消え、彼女の体は後ろの階段に倒れていった。
「ヒナタさん!」
慌てて彼女の腕を引いて抱き寄せ、無事を確認する。
意識を失っているが、どこも怪我はしていないようだ。
“チリン……”と悲しげな鈴の音が聞こえた気がして音の方を見ると、歪んだ空間がゆっくり閉じていく。
「……」
最後に奥に見えたのは、禍々しい気を放つ翡翠の瞳だった――――。




