承‐3.~黄昏・昼ドラ劇場~
ここは、黄昏が美しい世界だ。
今日もたくさん働き、良い汗をかきました。
最後に沈む夕陽を眺めてようやく、一日が終わ――――“カチャリ”と、まるで眼鏡をあげる時のような音がした気がする。
「何をなさっているんですか? ヒ・ナ・タ・さ・ん!?」
「ひぃっ!」
ヒナタの後ろには、窓枠に積もった埃を指で撫で、額に青筋を浮かべた朔が立っていた。
「ここも! ここも! まだ終わってませんよ!?」
「す、すぐにやります!」
「全然腰が入ってませんよ! 何ですかこれは……埃が残ってますよ!?」
「は、はい! すみません!」
ヒナタは慌てて廊下の隅などを拭き上げる。
朔のスパルタな声が響く廊下で、他の三人が様子を伺っていた。
「ヒナタ……可哀想」
「何だあれ? どこの姑だよ。あれだな、夫はさしずめ昴だろ! 止めてやったら?」
「はぁ……誰が夫だ……にやけながら言うな」
昴が不快な声色で話すと、朔に聞こえたようで、グルンと煌の方を向く。
「黙りなさい煌……貴方も躾が必要ですか?」
「げっ」
「……」
首を引っ込める煌に対し、蛍はスタスタと朔に近付いていった。
「おいっ! 蛍!?」
「……聞いてないな」
煌の呼びかけに答えず朔の側に辿り着く。
「何ですか、蛍」
「今日はもういいでしょ?」
「先程も言いましたが、まだ終わってません」
「初日なのに働かせ過ぎだよ。休憩もちゃんととらせてないでしょ?」
「……」
「ヒナタをイジメたら僕、怒るよ?」
「……」
何故だか、朔さんと蛍の間に吹雪が見える……。
心なしか寒い。
そんな様子の二人に昴がため息をつく。
「よせ、二人共。朔、今日はもう良いだろう……やり過ぎだ」
「昴様……」
「ヒナタ、昴のお許しが出たから、休もう? 僕の部屋来る?」
眉を寄せた朔に対して、蛍はにこにことしながらヒナタを促す。
――しかしヒナタは首を横に振り、朔に向き直る。
「朔さん、お夕飯の支度がまだでしたよね? お掃除はまた明日頑張りますので、お手伝いしてもいいですか?」
「……」
ヒナタの思わぬ言葉に朔は目を少し見開くと、チラリと昴を見た。
昴は軽く頷くと蛍の首根っこを掴み、引きずっていく。
「え、えー? 昴に引きずられるの初めてだよ……だいたい、煌の役なのに」
「何でだよ!」
怒る煌を無視して、昴は引きずるのをやめて振り返る。
「お前が居ると作業が止まる」
「ヒナタ~」
「ごめんね、蛍。部屋はまた今度ね?」
ヒナタが両手を顔の前で合わせて謝ると、蛍は諦めたように抵抗をやめて悲しげな表情をする。
「朔、用意が終わったら呼べ」
「畏まりました」
朔が腰を折ると、昴は蛍を引きずりながら二階へと上がっていった。
その場には、何ともいえない表情の煌が残る。
「あー、俺、ちょっと体動かしてくるわ」
「どうぞお好きに。あまり遅くならないで下さい」
「おう」
煌は気まずさを誤魔化すように外へと出掛けていった。
ヒナタがゆっくり朔を伺うと、少しだけ困ったような表情の朔と目が合う。
「貴女は馬鹿ですね……休みたいと言えば、ゆっくり出来たのに……」
「いえ、体を動かしていた方が色々考えなくて良いので……きっかけを作ってくれた朔さんには、感謝してます」
ヒナタがにっこり笑うと、朔は呆れたように眉を下げ、“やっぱり、馬鹿ですね”と小さく呟いた。
「仕方ありません……お夕飯のお手伝いをお願いします」
「はい!」
ヒナタが元気に返事をすると、昴の眼鏡が妖しく光り、ヒナタの腕をしっかり掴む。
「え? あれ? この流れは――」
「まずは、外に干している昆布を取りに行きましょう」
「え、昆布?」
「鰹節も削らなくては……」
「ケズル?」
「ヒナタさん」
「は、はいっ?」
グッと朔がヒナタに顔を寄せ、真剣な表情をする。
「野菜を全て5秒で切れますか」
「む、無理です! 出来ません!」
「そんな事では昴様を満足させられません! やるのです! やれるようになるのです!」
ヒナタの目には朔の背後に落雷の幻覚が見えた。
激しく吹き荒れる風の中、ヒナタは震えながら言葉を絞り出す。
「は、い……、お義母様……」
「……誰が義母ですか」
“まったく!”と呟きながら、朔はヒナタを引きずり気味に、外にある昆布の場所に連れて行くのだった。




