承‐2.庇い合い……?
……え、えっ!?
昴さんが倒れて……すぐ朔さんに知らせないと!
慌てたヒナタは長い廊下に向かって声を出す。
「さ、朔さーん!」
「何ですか? そんな声を出して――っ昴様!?」
一言叫んだだけで、どこからともなく朔が姿を現した。
しかし倒れている昴を見付けると、素早く近付いて抱き起こす。
「昴様! しっかりなさって下さい! いったいどうしたのですか? ……もしや、ヒナタさんに何か――」
朔のオーラがゆらりと揺れると同時に、昴の瞳が“カッ!”と見開き、朔の襟元を掴みあげる。
「どうしたもこうしたもあるか。何かされたのなら、お前にだ朔。こいつに何をさせている……そんなにあの部屋をこいつに貸すのが嫌か?」
昴が問い詰めると、朔は困ったような表情をしていた。
「――昴様、命令に背いている事は重々承知しております。けれど私はあの部屋をヒナタさんに貸す、正当な理由が欲しかったんです」
「……」
「申し訳、ありませんでした……」
……朔さん。
もしかするとあの部屋は昴さんだけでなく、朔さんにとっても思い入れがある、大事な部屋なのかもしれない。
深く頭を下げる朔を見てヒナタはある決心をする。
「あ、あの!」
「……何だ」
顔をそむけてヒナタを見ない昴であったが、一応話は聞く気があるようで、その場に佇む。
「ち、違うんです! わ、私が朔さんに頼んだんです! あまりに立派な部屋だったので、何かしないと落ち着かないって言って、無理矢理メイドになりました! だから、朔さんは悪くないんです」
「貴女、何言ってるんです?」
「ひっ!」
朔はヒナタに凍てついた視線を突き刺すように凝視した。
明らかに“余計な事を……”という雰囲気が滲み出ている。
うわっ……すんごい怒ってるよ。
は、早まったかな……。
ヒナタが朔の視線に耐えかね、発言を撤回しようとした時……昴の声が響く。
「――そうか……では、先程の朔の発言はお前を庇って言ったんだな?」
「へっ!? あ、そう、なりますかね?」
「……」
チラリと朔の顔を見るヒナタ……しかし、すぐに後悔する。
何故ならば、朔の顔から表情が削ぎ落とされたように無表情だったからだ。
「良いだろう。俺の部屋に立ち入らないなら、働く事を許可してやる。――朔、責任をもって指導しろ」
「……はい、昴様……」
朔は魂が抜けたような返事をすると、ゆらりと廊下を歩いていってしまった。
「あ、朔さん! し、失礼します、ご主人様!」
「……待て」
ヒナタが深くお辞儀をし、朔を追おうとすると、途端に呼び止められた。
振り向くと、昴は口に手をあてがい、眉を歪めている。
「やめろ」
「はい?」
「ご主人様はよせ……旦那様もだ」
「……え、と、昴様?」
「お前は召し使いじゃない。いつも通りにしろ」
昴はそれだけ言うと、最後までヒナタの顔を見る事無く、部屋の中へ入っていってしまった。
――昴さん……突き放したり、優しかったり? 難しい人だな……朔さんに聞いてみようかな。
ヒナタは昴の部屋から離れ、執務室に戻ったであろう朔を追った。
***
ヒナタが執務室に到着しドアを開けると、中から勢いよく腕がのびてきて、ヒナタは両肩を掴まれた。
「さっ、朔さん!?」
朔はジットリとヒナタを見つめると、力強く揺さぶりだした。
「何してくれるんですか! 私が昴様より貴女を優先して、庇うなんてあるわけないじゃないですか!
昴様に忠誠心を疑われたら、どうしてくれるんですか!」
「わぁぁ! 朔さん落ち着いて下さい! 昴さんならちゃんと分かってますから!」
「貴女に昴様の何が分かるというんですかっ!」
“キィー!”と、ヒステリック気味に興奮している朔に、ヒナタの意識が飛びかけた時であった。
“コンコン”と開けっ放しだったドアを叩く音が響く。
そこには微笑みを浮かべた蛍が立っていた。
「朔、昴がコーヒー欲しがってるよ」
「はっ! モーニングコーヒーをお持ちするんでした!」
「はうぅっ……ブラックが良いって言ってました~」
「そうですか」
ふらふらしているヒナタを“ポイッ”と蛍に押し付けると、朔は風のごとく立ち去っていった。
蛍はしっかりヒナタを抱き止め、顔を覗き込む。
「ヒナタ、大丈夫?」
「あ、ありがとう、蛍」
「うん」
嬉しそうに頬をすりよせる蛍にされるがまま、ヒナタの視界はクルクル回っていた。




