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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第二章・朔~秘めたる大華、君に捧ぐ~
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承‐1.初めまして、ご主人様

 ここは一階にある朔さんの執務室です。

 たった今からここが私の一日の始まりになる。

 ……厳密にいえば、この世界は黄昏で時間が止まっているのだから、いつから今日なのか明日なのか分からないけど――今も黄昏が綺麗です。


「ヒナタさん、その緩んだ顔を引き締めなさい」

「!」

「貴女は、今、“メイド”ですよ?」

「は、はいっ」


 時は遡ること、8時間程前――――。


「奴隷って……何をするんでしょうか? 飲まず食わずのうえ、不眠不休で肉体労働ですか?」


 朔はヒナタを頭から足のつま先まで眺め、呆れたような表情で溜め息をつく。


「貴女にそんな体力ないでしょう。御臨終する気があるなら、止めませんが」

「怖いこと言わないで下さい! 遠慮します!」

「なら、貴女が出来る事は――これしかありません」


 そう言いながら、朔がいつの間にか手に持っていた物を、“バサッ”とヒナタの前に差し出した。

 黒い膝下程のスカートはサラサラと揺れ、白いエプロンは可愛らしくレースがあしらわれている。

 まぎれもなく――――……


「メイド、服……」

「はい。私が監視もかねて、貴女の上司になります」

「……ちなみに、この服は――――」

「私が作りましたが何か?」


 朔は当然のように表情を変えずサラリと言う。


 ……朔さんに部下は必要ない気がするよ。


「問題無いのでしたら、今から睡眠を取って……8時間後に私の執務室に来て下さい。時間厳守で、もちろん“着替えて”ですよ。――何か質問は?」

「ありません……」

「よろしい。それでは、良い夢を」


 用は終わったと言わんばかりに、朔はさっさと部屋を出ていく。

 メイド服を押し付けられ、呆然と立ち尽くすヒナタを残して――――。


 そして今に至るのだ。


「サイズはいかがですか? まぁ、私に限って間違う事はありませんが」

「……はい。全て、ぴったり……です」

「当然です」


 えっと……私のサイズは言ってないのに、本当にぴったりなんだけど……ちょっと、怖い。


 ヒナタがチラリと朔を見ると、朔は腕を組み、左手を顎に添えた状態で、ヒナタのメイド姿を凝視していた。

 そしてヒナタと視線が交わると、“フッ”と鼻で笑う。


「安心なさい。私は貴女に少しも興味がありませんから」


 何ともいえない空気が流れる中、朔は“サッ”と懐から真新しい手帳を取り出した。


「これを貴女に差し上げます。一日のスケジュールが記入してありますので、覚えて下さい」

「あ、ありがとうございます」


 どんな事するんだ……ろって……うわぁ、びっしり書いてる!

 米粒並みの字の列が……。

 しかもやたらと“昴様・昴様・昴様”

 奴隷かな……これ。


「では、行きますよ」


 執事モードにスイッチが入った朔は、素早く部屋を出ていく。


 えっ……待って、私は!?

 ――そうだ! 手帳!

 えっと、一番初めは――――“昴様に御挨拶”?


「……私が行かないと始まらないよね、これ」

「――そうですよ。それで? まだ来ないつもりですか?」

「えっ!?」


 突然の声に振り向くと、朔が執務室のドアに寄り掛かっていた。


「貴女が遅いので、昴様の部屋から引き返してしまったじゃないですか。……まぁ、私の速さに追い付くわけないですが」

「え、さっきの時間で部屋まで行けたんですか?」

「当然です」

「…………私には、無理です」

「期待していませんから、大丈夫です」


 この世界の人って、どれだけ凄いんだろう。

 すでに、置いていかれてるような……。


「さぁ、早くしないと昴様をお待たせしてしまいます」

「は、はいぃっ!」


 またまた風のように歩いて行く朔を、ヒナタは必死に追いかけていった。



 ***



 “コンコン”と良い音が廊下に響く。

 朔は昴の部屋のドアを軽くノックした。


「お早うございます昴様、朔でございます」


 朔が声をかけるが、部屋の中からは沈黙が続いている。


「昴様が起きていらっしゃらないなんて珍しいですね……。御挨拶無しで貴女に仕事をさせるわけにはいかないので、もう一度だけノックして、ダメなら執務室で待機しておいて下さい。私は今のうちに昴様のモーニングコーヒーを用意しますので」


 言いたい事を一気に伝えると、朔はさっさと廊下を歩いていってしまった。


 いきなり一人って……えっと、とりあえず、ノックだよね?


 ヒナタがドアをおそるおそるノックする。

 すると、先程は沈黙を貫いた部屋から人の気配を感じ、ドアに近付くのが分かった。

 そしてヒナタの目にゆっくり開くドアの向こうが映ると、一気に血の気が引いていく。

 乱れた前髪からトロンとした瞳、鍛えられた上半身に衣服は纏っていない。

 下は履いていたが、ヒナタの思考回路は、無防備な昴の姿に機能を停止させた。


「――朔、か? すまない、今日のコーヒーはブラックのまま――――……は?」

「……」

「……」


 ドアを開けた状態で固まる昴。

 一瞬の沈黙の後、先に我に返ったのはヒナタであった。


 メイド、私はメイドだった!

 あ、挨拶!


「お、おはようございます! 本日より働かせて頂く、ヒナタです。宜しくお願いします…………ご、ご主人様」


 ――って、あれ?

 昴さんが…………無反応。

 ご主人様じゃ駄目だったとかかな。


「えっと、申し訳ありません! ……旦那様?」

「……っ」


 突然崩れ落ちる昴の身体。

 そのままヒナタの目の前で“バタリ”と倒れ込んでしまった。


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