結‐2.訪問者
目の前に美味しそうな料理が並ぶ。
自家製のキュウリや茄子のぬか漬け。
大根の煮物から焼き魚、お吸い物など、睡蓮の和風料理がふるまわれた。
「ほれヒナタ、たくさん食すがよい」
「ありがとうございます、睡蓮さん」
睡蓮はキラキラ輝く白米をヒナタに差し出す。
ヒナタがそれを受け取ると、入れ替わりにその横から突然、空になったお茶碗がズズイと睡蓮に差し出された。
「睡蓮! おかわりくれ!」
「煌は良く食べる。うむ、良い良い。……育ち盛りじゃからの」
「ガキ扱いすんなよ!」
煌が膨れっ面をしていると、静かに食べていた昴が溜め息をつく。
「言われたくないなら、そのがっつくような食べ方を止めろ。――それと、いい加減見苦しい口元の米粒を取れ」
「マジか!? どこだよ!」
ワタワタと自分の顔を触っていた煌であったが、口元の米粒はあちこちに移動してなかなか取れない。
苛々し始めた煌の近くに、ヒナタが近付く。
「あ?」
「じっとして」
睨み付ける煌を無視して、額に移動していた米粒を摘まむ。
「はい、取れた――――」
「! はぐっ!」
『……』
ヒナタが人指し指に付いた米粒を見せたとたん、“カプッ”と条件反射で煌が指に食らい付く。
「……あ、いや――」
固まるヒナタを前に、顔を赤くして戸惑う煌の後ろから、ゆらりと蛍が近付く。
「何、してるの?」
「なっ!? 蛍、待て! わざとじゃないからな!?」
「わざとなら、変態ですよ煌」
「……ムッツリか。タチが悪いな」
鎌を持っている蛍に弁解をする煌。
しかし、朔と昴が追い討ちをかける――その結果……。
「潔く斬られてくれる?」
「ぎゃーーーーーーっ!」
部屋の中でバタバタとおいかけっこが開始された。
「お前達、飯の時間が台無しじゃ」
溜め息をついた睡蓮は、白い布を手に立ち上がると、ヒナタに向かって手招きする。
「家の裏に小さな川があるのだ。手を洗いに行こう」
「……はい」
今だに騒がしい部屋を見て、苦笑いしながら睡蓮の後をついていく。
裏口から屋敷を出ると、竹林の中に細い小道を進んでいった。
「ほれ、川があるだろう?」
睡蓮が指を差した方向に、キラキラ輝く小さな川があった。
手を入れると、ちょうど良い冷たさである。
「睡蓮さん、わざわざ川の方に来たのは、何か話があるんですか?」
ヒナタが睡蓮の差し出す布を受け取りながら尋ねると、最初はキョトンとしていた睡蓮だが、微笑みに変わり深く頷く。
「賢い娘よ。ここからならよく見えるであろう? 黄昏の空の端が……」
「端ですか?」
……ん? 遠くの方が少し暗い? まるであの部分だけ夜みたいな……。
ヒナタが睡蓮を見ると、睡蓮は正解といった顔で頷く。
「僅かではあるが、この世界の時間が進んでおる。
全てが夜になる時、この世界は終わる」
「……封印の方角から上がった、黒い光の柱が影響したんでしょうか?」
「……なんじゃと?」
何気なく、荻を消滅させた時の出来事を口すると、睡蓮は初めて知ったような驚いた表情になる。
「他の人達も封印の方角と言っていたので、破滅の神の力だと思ったんですが……。封印には何も無かったんですか?」
「……分からぬ。我が気付かなかったじゃと? ふむ……」
睡蓮は複雑な表情で考えこんでしまっていた。
「睡蓮さん、大丈夫ですか?」
ヒナタが心配そうに睡蓮の様子を伺うと、睡蓮は真剣な表情で空を見上げる。
「ヒナタ、もしまた同じような事があったら、我に教えてはくれまいか」
「……はい、分かりました」
ヒナタが返事をすると、睡蓮はやんわり微笑んで来た道を戻って行く。
帰りの道に会話は無く、静かな竹林が広がっているだけであった。
***
結局その日は睡蓮の屋敷で一旦睡眠を取り、疲れた体を休める事になった。
一人一人に宛がわれた部屋で、ヒナタが布団の中でウトウトし始めていた時である――部屋の中にフワリと人影が現れ、ヒナタの横にスッと座った。
浅い眠りの中で夢か現か分からない中、ヒナタが動かないでいるとその人影が笑いだす。
「実に愚かだな。思念の分際でお前に手を出すとは――――くくっ、なぁ、ヒナタ……私からの貢ぎ物は気に入っただろう?」
この、声は……まさか――――。
ヒナタの脳裏に夢の男が浮かぶと同時に、黒い光の柱が上がった時の声と同じだと気付く。
急いで目を開けて、ヒナタは勢いよく起き上がった。
そこにいたのは――――――。
……。
…………。
………………。
「いい加減に起きなさい! まったく、いつまで昴様を待たせる気ですか!?」
「え!?」
鋭い朔の声に飛び上がるヒナタ。
鬼のような顔の朔と目が合ったが、すぐに辺りをキョロキョロ見渡して首を傾げる。
ついさっき起きて、声の主を確認したはずだったのに……だけど、また寝ちゃってたみたい。
姿も見たはずなのに、全然覚えてない…………。
やっぱり、夢?
「何してるんですか? 聞こえてますか?」
「あっ、はい! すみません、すぐに準備します!」
朔は深い溜め息をついて部屋を出ていく。
それと入れ替わりに蛍が顔を覗かせた。
「あ、ごめんね蛍。もう起きたから、大丈夫だよ」
「うん――――――ん?」
笑顔だった蛍の顔がだんだん険しくなり、部屋の中をじっくりと見渡し始めた。
「……ヒナタ、この部屋……誰か居た?」
「え?」
ヒナタが困惑していると、蛍が布団の上に落ちていた物を拾い上げ、力強く握り締めた。
「……帰ったら昴に頼んで、僕達の近くに部屋を替えてもらおう」
真剣な表情の蛍と、持ち主の分からない落とし物に、ヒナタは先程の出来事が夢ではないと確信する。
じゃあ、あの人が……破滅の神――――。
蛍の手の中で“チリン”と鈴の音が鳴った。




