転‐9. 奈落の長
間違いない……神隠しの時の人だ。
一度会っているからかな? どことなく懐かしくて切ない気持ちになる。
――もしかして、それ以前に何処かで……。
「……また、知り合いかよ」
ヒナタと男が視線をかわしていると、ドスのきいた声が響く。
うっ……最近こういうパターン多いなぁ。
煌君の敵意がこもった視線が背中にビシバシだから!
知らないと言えば嘘になるし、知り合いとまではいかない。
昴さんと朔さんも疑わしく思っているだろう。
唯一、蛍だけがいつも通りだ……それもどうかと思うけど。
あれ、私って保護じゃなくて、監視対象っぽい扱いだね。
コロコロ表情を変えるヒナタに、槐はやれやれといった雰囲気をかもし出すと、現れた人物に近付いて方膝をついた。
「朧様、この人間がお話ししていた娘です」
「?」
「……」
一瞬、意味が分からなかったようで、朧は槐の言葉に少しだけ首をかしげていたが、蛍と目が合うと悟ったようですぐに頷く。
「………………そうか、やはりヒナタか」
槐君が庇ってくれてる……ちょっとだけ、ビシバシがチクチク程度になったし、ありがとう!
嬉しそうな表情のヒナタを確認すると、朧は振り返って荻を真っ直ぐ見つめる。
苦しげに荻は顔を上げた。
「マサカ、奈落ノ長ガ直々ニ……オ出マシトハ、ネ」
「……荻、奈落の民は不死身ではない。じきに、お前は消滅する」
「アンタナラ……ナンとか、ナルンジャナイカネェ……? ソレトモ、見捨テルカネ? ヒ、ヒヒ!」
「っ! いい加減にしなよ荻。辛いなら、僕が今すぐ楽にしてあげるよ」
荻の言葉に怒気を含んだ声色の槐が、仮面に手をかざし、蔓を取り出そうとした。
しかし、すぐさま朧の制止がはいる。
「よせ、槐」
「朧様っ……」
戸惑った様子の槐の前で、何一つ表情に変化がない朧は荻に語りかける。
「お前は自分の体が何故存在するか考えた事はあるか? 本来、奈落の民は肉体が無いただの思念の塊だ」
「何ガ……言イタインダネ」
「……奈落の民が肉体が失う――お前は、この世界に拒絶されたんだ。肉体の無い思念はこの世界に留まることは出来ない」
「何ヲ言ウカトオモエバッ! 肉体ナド、容易ク蘇ルサ!」
荻の体はほとんど消滅し、頭だけがゴロンと地面に転がる。
それでも荻は恐怖を感じていないかのようであった。
朧はそんな様子の荻に目を細めると、後ろにいたヒナタにチラリと視線を移す。
「これを、望むか? ヒナタ」
声をかけられたヒナタは、無意識に首を横に振っていた。
――その瞬間、ヒナタの体は何かと繋がったように、ドクドクとした二つの鼓動を感じた。
“それが、お前の望みなら――叶えてやろう”
え……頭の中に声が響く? この声は――
「昴様っ! 黒い光の柱がっ……」
「……封印の方角か」
朔の声に全員の視線が、封印の方角上空にそそがれる。
「何……ダネ? ――マサカ……」
「あぁ、お前は手を出してはならない者に干渉した。この世界の――――――……」
荻が朧の言葉を最後まで聞くことはなかった。
黒い光は荻の頭上から地面に落ち、残っていた頭を一瞬にして灰に変え、中に宿っていた思念までも消してしまった。
「……」
ヒナタが顔を青ざめさせて絶句していると、朧は手のひらに小さな玉を出現させた。
その玉がふわふわと堕ち人の頭上に飛んでいき、光を放つと、たちまち堕ち人の顔が安堵の表情になり、ゆっくり玉の中へと吸い込まれていった。
役目を終えたように玉の光は消え、朧の手のひらに戻っていく。
「あの、その人は……」
ヒナタが不安な顔をして、朧の手のひらを見つめる。
「心配いらない……本来、生身の肉体でこの世界には来れないんだ。この人間の肉体は元の世界にあるはず……これは、魂。この人間や過去の堕ち人も含め、死んではいない」
「そう、なんですね……じゃあ、私も?」
朧は首を横に振る。
「いや……お前は、生身のまま来た。この世界で命を落とせば死ぬ」
「……そんな事、させないけどね」
蛍は微笑みながら朧と視線を交わした。
朧は少しだけ蛍と見つめ合うと、ゆっくりと昴に視線をずらす。
「一番初めの封印は、完全に壊れていない。いつまでもつか――――」
「……」
意味が分からないせいか、朔や煌が首をかしげる中、昴は不快そうに眉をつり上げていた。
――――あれ? そういえば昴さんとこの人、どことなく似てるような?
背の高さや、顔のパーツなどかなり似ている。
性格は、違うけど。
「奈落のお前が何故そんな事を知っている」
「……」
「他の奈落と雰囲気が違うようだが――何者だ」
朧は何も答えず無表情のまま、“スッ”と腕を前に出すと横に動かす。
とたんに辺り一面が淡く光り、次々に紅い彼岸花が咲き誇った。
荻の、弔いかな……
「帰るぞ、槐」
「……はっ」
槐はチラリとヒナタの方を気にしたようであったが、朧の言葉に逆らう事無く後ろに下がった。
「はぁ? そのまま逃がすと思って――」
「……煌、やめろ」
「昴様……よろしいのですか?」
「――あぁ、今はだ」
昴は真っ直ぐ朧を見たが、朧の瞳はヒナタだけをみつめていた。
「貴方は……」
「俺は、朧。――また会おう、ヒナタ」
朧はそう言うと体を翻す。
肩にかけていた羽織がなびくと、咲き誇る彼岸花が一斉に光の玉となって弾け、その場から朧と槐の姿は消えてしまっていた。




