最強のプレイヤー
柏木さんとの通話を終え、すぐに配信の準備に取り掛かることにした。
コーチングの相手の恋川叶夢さんは売出し中のアイドルだという話だが、まだ一度も直接的なやりとりをしたことがない。
恋川さんはもともとバトルストリート20XXでコーチングしてくれるプロを探しており、使用するキャラが同じだということで俺に白羽の矢が立ったらしい。
話しやすい人だといいなあ、などと思いながらスマートデバイスを操作してコミュニケーションツールを開くと、恋川さんからすでにメッセージが届いていた。
「藤田先生、今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします」
すぐに返信した。
アイドルと聞いてどう振る舞っていいのか悩んでいたのだが、律儀な人でホッとした。
俺たちは配信が始まるまでの間、軽く配信の流れを相談することにした。
話しながら、これからはじまる配信内容のイメージがどんどん頭の中で膨らんでいく。
まずは簡単で実用的なコンボと、相手に対して有利を取りやすい行動を教えてあげるのがいいだろう。
格ゲーの初心者が勝てるようになるには、誰でも簡単にできて、かつ有利を取りやすい、強い行動を身につけるのが大事だというのが俺の考えだ。
そして、配信の開始時間がやってきた。
「それじゃ、開始しますね」
「お願いします!」元気よく恋川さんが返事をする。
通話用のソフトを立ち上げたまま、配信開始のボタンをクリックした。
配信画面にはバトルストリート20XXのゲーム画面とともに、俺と恋川さんのお互いのワイプ画面が表示される。
「えーと、あ、あ、あー。聞こえておりますか。今日は人気アイドルの恋川叶夢さんのコーチングということで。配信、始めさせていただきます。藤田奏です。恋川さん、今日はよろしくお願いします」
「みなさん、こんにちは! 恋川叶夢です! こちらこそよろしくお願いします。藤田先生! わたし、今めっちゃモチベあるんですよ。ビシビシ鍛えてくださいね」
配信がはじまると、みるみるうちに視聴者数が増え、すぐに同時接続者数は数万人を超えた。
いつもの数倍だ。
恋川さんの人気は本物らしい。
見慣れない視聴者の数に、俺のほうが少し怖くなってきた。
よく通る透き通った声と、アイドルというよりはモデルや女優を思わせる垢抜けた容姿も相まって、いつもは男だけのむさくるしい配信が、恋川さんひとりの力で別物のように華やかになる。
まあ、それでもまゆまゆのほうが少しだけかわいいと思うが。恋川さんもなかなかのものだ。
『藤田先生w』
『先生は草』
『教えられるほどおまえつよくないだろ』
『叶夢ちゃんかわいい』
「わたしリンドウってキャラが好きなんです。先生も最近使ってますよね? このキャラってどうなんですか?」と恋川さんがたずねた。
「リンドウですか。ぶっちゃけ、弱いですね」
「ええ!? 弱いんですか!?」
コメントが爆笑の渦で包まれる。このゲームをプレイしている人にとってはリンドウが弱いのは周知の事実で、時々ネタにもされるくらいだ。
「はい。はっきり弱いです」
「でも、主人公ですよね?」
「そうですね。リンドウはバトルストリートの主人公です。意味わかりませんよね。でも、いいところもちゃんとあります。他のキャラと比べて操作が簡単なんですよ。やることがわかりやすいんです。あとは……」
リンドウの長所と短所、立ち回りなど、簡単にリンドウのキャラを説明する。
恋川さんは俺の話を聞いて、熱心に相槌を打ってくれた。先生役の俺の顔を立ててくれているのだろう。
「そういえば先生も去年の大会では別のキャラ使ってましたもんね。どうして今はリンドウを使ってるんですか?」
「大会も見てくださったんですね。ありがとうございます。僕がリンドウを使う理由は、好きだから、ですね」
「それだけ?」
「はい。このゲームではじめてやり込んだキャラだし、愛着があるんです。最近では、初心に戻ってリンドウで1からこのゲームを鍛え直したいって気持ちもあったり」
「……さすがです!」感激したように言う。「弱いって聞いて正直『うっ』て思ったんですが、私もリンドウでがんばってみようと思います!」
その後、コーチングは計画通りに推移し、たまにリスナーに野次を飛ばされながらも、配信は大盛況のうちに幕を閉じようとしていた。
そのとき、恋川さんが顔の前で手を合わせて、小鳥の鳴くような声で言った。
「今日はすごく勉強になっちゃいました。最後に、先生がプレイしているところを見てみたいんですけど、お願いしてもいいですか?」
「……もちろんです。俺でよければ」
動揺を表に出さないように意識したつもりだったが、緊張が伝わってしまったのかもしれない。
コメント欄がざわつきはじめる。
『藤田先生、大丈夫?』
『お前今勝ててないもんなw』
『調子悪いなら休んでもいいのよ?』
『無理すんなw』
こいつら……w
不穏な空気を感じとったのか、恋川さんの笑顔が一瞬凍ったように張り付いたのを俺は見逃さなかった。
私、やっちゃった? とでも言いたげな表情だ。
俺はあわててフォローに入る。
「ばっか。お前ら俺のこと舐めてるだろ? 国内の大会で二連覇してんだぞ? たまたま調子が落ちて、超天才が少し天才になっただけだから」
強がりながら軽口を叩く。
『調子乗んな』『雑魚乙』などのコメントが飛び交い、視聴者数もどんどん増えていく。同時接続者は10万人を超えようとしていた。
みんなが見ている。
俺の、藤田奏のプレイを楽しみにしている。
こんなに緊張したのはいつぶりだろう。
俺は震える手を隠しながらコントローラーの位置を調節し、ランクマッチを開始した。
早鐘のように鳴り響く心臓の鼓動が痛い。コメントの流れが早すぎて読みきれないが、心なしか温かなものが多くなった気がする。
やめてくれ。
心に刺さるのは、アンチの声ではなく、同情の声だ。
……俺はまだ終わっちゃいないんだ。
いつものようにリンドウを選択した。
目をつむって、1度大きく深呼吸をする。
すぐに、マッチングが決まった。
相手は、ケネスというアメリカ人の金髪のキャラを選択したようだ。
ケネスは、リンドウと同じように基本となる技をバランスよく持っている。
お互いに同じ師匠の下で修行した仲でライバル同士という設定だが、ケネスは機動性が高く、リンドウとは違って評価されていた。
ケネスはリンドウをより攻撃的にしたような戦闘スタイルだ。
『このケネス、龍飛じゃね?』誰かがコメント欄に書き込んだ。
『本当だ。龍飛じゃん』
『まじか。日本代表VS中国代表ってこと?』
『熱いな。2週間後の大会の前哨戦かよ』
コメント欄がざわつきはじめる。
俺も龍飛の名前くらいは知っている。最近名前が上がってきた、中国人の有名なプレイヤーだ。
eスポーツの盛んな中国でも彼は最強だと噂されている。
しかし、その名前は最近になって認知されるようになったばかり。
ネットで噂される情報にはどれも憶測が混じっていて、とても信用できるものではない。
つまり、ほとんど誰も彼を知らないのだ。
俺の対戦相手のユーザーネームはdragonfly。
龍飛のものと同じだった。なりすましでなければ、モニターの向こうには本物の龍飛がいることになる。
混乱したまま、ついにゲームがスタートしてしまう。
試合がはじまると、相手のケネスは無警戒にずんずん歩いて俺のリンドウに近づいてきた。
攻撃をふれば当たる位置でも前進をやめない。
なんだこいつ。まるで初心者だ。煽ってるのかよ?
意外な行動に面食らいながらも、ガードされても損にならないけん制技を放つ。リスクは極めて少ない。
しかし。
俺の攻撃はパリィされた。
しかも、パーフェクトパリィ。
パーフェクトパリィは、攻撃が当たる直前、わずか2フレームの猶予の間にタイミングよくボタンを押すことでのみ発生する。
この状態になると、パリィされた側は否応なく無防備な状態にさらされる。
けん制技をパーフェクトパリィで返されたリンドウは、この時点での理論上最大ダメージの大型コンボを受けることになってしまった。残りの体力は3分の2くらいだ。
読み負けた?
いや、たまたまだ。偶然に違いない。
60fpsのゲームで、2フレームの猶予。約0.033秒。
発生の早いただのけん制技に対して、狙ってできるものじゃない。
このゲームには起き攻めという概念がある。
どちらか一方がダウンすると、起き上がるまでに1フレームの不利が発生する。
たった1フレームだが、相手の起き上がりを狙ってなんらかの行動を取ることで有利な状況を得られる場合が多い。
たとえば起き上がるタイミングに攻撃を合わせた場合だと、相手はガードしたり、一部の回避の行動を取ったり、外せばフルコンボを食らってしまうような隙の多い無敵技をぷっ放したりするくらいだ。
つまり、強制的に不利な選択を迫ることができる。
一度ダウンした相手を追いかけまわし、執拗に攻めたてるのがこのゲームの勝ち方と言っても過言ではない。
しかし、相手のケネスは起き攻めを仕掛けてこなかった。
自分から有利を放棄したのだ。
俺の頭の中が「???」で埋めつくされる。
俺の操作するリンドウが立ち上がると、相手のケネスはまたまっすぐ歩いてきた。
さっきのは偶然だ。
俺はもう一度最初と同じようにけん制技を放つ。
しかし、当然のように猶予時間約0.033秒のパーフェクトパリィが決まってしまう。
無防備になったリンドウはまたフルコンボを食らうこととなった。残り体力はあとわずかだ。
「は!?」
思わず大きな声が出てしまった。
まさか、狙ってこれをやってる?
いや、そんなはずない。
ゲームに集中しているのでコメントの内容は確認できないが、盛り上がっていることは簡単に想像できる。
今度はリンドウが起き上がる際にケネスは起き攻めをしてきた。教科書通りの、きれいな起き攻め。
俺は猛烈なラッシュを食らい、必死にガードしたが、一瞬の隙をついてケネスの攻撃が通る。そのままコンボへと繋がってしまった。
体力ゲージを削りきられたリンドウは、今度は立ち上がることができなかった。
1ラウンド目はケネスの勝利だ。
「え? こんなに強いの?」思わずボヤく。
冷静さを取り戻せないまま、第2ラウンドがはじまる。
ケネスはゲーム開始地点から一歩も動かなかった。
棒立ちだ。
今度はお前が攻めて来いとでもいわんばかりの態度。遊んでいるのだ。
わかったよ。
この瞬間、俺と龍飛との間で無言の約束が交わされる。
とはいえ、1ラウンド目のパリィを思い出すとなかなか攻めることができない。
そこで、コマンド入力により今度は少し離れた場所からより安全な方法でようすをみることにした。
華動拳。
リンドウの代名詞。飛び道具の必殺技だ。
しかし、それを読んでいたかのようにケネスはこちら側に向かってジャンプ。
そして空中での強攻撃から最大コンボを叩き込んできた。
華動拳の発生と硬直を含めた全体のフレームは47。
遠くから安全に攻撃できる一方で、47フレームの間動けなくなる隙の大きい技でもある。
華動拳を読まれてこのように飛ばれると、なすすべなくフルコンボを受けてしまう。諸刃の剣だ。
今度は先ほどよりも隙の少ないけん制技を放つことにした。
しかしやはりというか、再びパーフェクトパリィで返されてしまい、また最大コンボを受けてしまう。
だめだ。
なにをやっても返されてしまう。
なにもさせてもらえない。
なんという正確さ。まるで精密機械だ。
そうしてその後も同じようなやり取りが続き、俺のリンドウは相手のケネスにたったの一度もダメージを与えることができずに2ラウンド先取され、あっという間に試合が終わってしまった。
偶然? ぜんぶ読まれてた?
そんな馬鹿な。
だとしたら、見えているものが違いすぎる。同じ人間とは思えない。
不調だとか、そういう次元じゃない。
体調が万全であっても、間違いなく叩きのめされていた。
ゲーミングチェアに腰掛けながら呆然としていると、今対戦が終わったばかりのケネス――dragonflyからゲーム内でチャットが飛んできた。
“fujita kanade?”
藤田奏? チャットの相手はそう尋ねてきた。
向こうも俺のことを知っていたらしい。慌てて返事をする。
“i am kanade.you are good”
俺でも知っている簡単な英語で挨拶を返す。すぐに返事が来た。
“gakkari da”
がっかりだ。
相手は日本語のIMEが入っていないPCでメッセージを送っているのかもしれない。だが、日本語がわかるみたいだ。
“あなたは、龍飛?”
“yes”
なんと返信したらいいのだろう?
そもそも、龍飛がなんの目的で俺にチャットを?
色々な感情が渦巻くなか、返信の内容を考えていると、向こうの方から続けてメッセージが送られてきた。
“kono sekai ha tumara nai”
この世界はつまらない。
“どういうこと?”
俺は返信した。
一体、なんの話をしてる?
“omae ha japan de saikyou no sennsyu to kiita”
お前は日本で最強の選手と聞いた。
“demo asobiaite ni sae naranai”
でも、遊び相手にさえならない。
“dakara gakkari da”
だから、がっかりだ。
“sry.nice fight.gg”
すまない。いい試合だった。
龍飛はオフラインになった。
このやり取りは最初から最後までしっかりと配信に乗ってしまい、コメント欄は大いに盛り上がった。
龍飛の送ってきたメッセージ。
「この世界はつまらない」という言葉が何故だか俺の頭から離れない。
1時間程度の配信だったが、なんだかどっと疲れてしまった。
リビングに戻ると、まゆまゆがソファに寝っ転がりながらスマートデバイスで動画を視聴している。
ソファの後ろにあるキッチンでは、直立したアシストロームが金属製のアームを伸ばして淡々と仕事をこなしていた。
俺の視線を感知すると、天板に設置されてあるディスプレイに青い光で( ᵔ ᗢ ᵔ )と表示された。
俺はまゆまゆの隣に腰掛け、一緒に動画を見ることにした。
彼女が見ているのはニュース番組だった。中国の強豪、龍飛が日本で行われる世界大会の舞台に姿を現すという内容を、AIのアナウンサーが語っていた。
eスポーツの強豪である中国国内で最強の名をほしいままにしている龍飛だが、脳インプラント手術を受けた人物がeスポーツの国際大会に初めて出場するという点でも彼は大きな注目を集めているらしい。
画面にアップで映った龍飛の姿をみて、俺は驚いてしまった。
「まだ子どもじゃん……」
龍飛の姿を見たのは初めてだった。
カメラに一瞬だけ投げた視線。
なにも見ていないかのような、青く透き通った瞳。
色素の薄い肌。短く刈られた真っ白な頭髪。
中国最強のプレイヤーは、実際の年齢よりも幼く見える、どこか儚げな風貌の少年だった。
AIアナウンサーの説明によると、彼はまだ12歳らしい。
「ねえ、変なこと聞くけどさ。脳にチップ入ってるのってどんな感じ?」俺はまゆまゆの髪をなでながら聞いてみた。
「えー? どんな感じって言われてもよくわかんないよ。もう当たり前になっちゃってるし」
まゆまゆはもぞもぞと動いて、俺の膝を枕にした。
別に嫌じゃなかったので、俺はされるがままになっていた。
「チップ入れる前と入れたあとで、なんか変わった? こう、考え方とかさ」
「ずっと前のことだしあまり覚えてないよ。あんまり変わらなかった気がする。記憶力はよくなったかも。どうしてそんなこと聞くの?」
俺はまゆまゆの髪を撫でながらなんといえばいいか迷っていると、彼女は不安にゆれる俺の心を察したかのように、目を瞑って小さく笑みを浮かべ、体重をあずけてくる。衣服越しに、体温が伝わってきた。
脳インプラント手術は、今では先進医療として一般的に受け入れられている。
十数年前にはじまって以来、多くの患者を助けてきたとても安全な手術だ。
パーキンソン病やアルツハイマー病などの脳機能に関する症状を改善するだけでなく、近年では脊髄の損傷などによって連絡を断たれた神経信号を補うことで、運動機能を復活させることもできるらしい。
ニューロエンハンスの正社員になるのも悪くないけど。
もし手術でゲームの腕前が戻るなら。
次の大会で、過去の栄光が取り戻せるなら……。
膝枕をしながらしばらく髪を撫でていると、彼女は疲れていたのか寝息を立て始めた。
幸せな夢でも見ているような寝顔をしていた。




