第七十九話「ルナが、三日来なかった」
七十九話目です。
ルナが実験をすると言っていました。三日間、池に来ない。その間、何が起きるか確かめる。
来ない側の話と、待つ側の話を、両方書きます。
では、どうぞ。
夜の池から帰って、三日後。
ルナが、朝食の後に言った。
「今日から、三日間、池に行きません」
「実験ですね」
「そうです」
「始めますか、今日から」
「今日から」とルナは言った。でも、少し顔が固かった。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です。やると決めたので」
「つらくなったら、やめてもいいですよ」
「やめません」とルナは言った。きっぱりと言った。「やると決めたら、やります」
「そうですね」
「でも」とルナは言った。少し間を置いた。「ルミが、寂しくないか、心配です」
「心配ですか」
「心配します」
「精霊は、寂しいという気持ちがあると思いますか」
ルナが、少し考えた。
「あると思います。アオが、ルミのそばにいるのを見ていると、何かを感じているように見えます」
「そうですね」
「だから、ルミも、私が来なければ、何か感じると思います」
「それを確かめるための実験ですね」
「そうです」とルナは言った。「でも、心配しながら確かめることになります」
「心配しながら確かめる、というのは、研究者らしいですね」
「研究者」とルナは言った。「私が、研究者ですか」
「そうかもしれないですね」
「ガルじいちゃんに言ったら、喜ぶかな」
「喜ぶと思います」
ルナが、少し嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、研究者として、やります。三日間、行きません」
「頑張ってください」
「頑張ります」とルナは言った。「でも、ナギは行っていいですよ」
「私は行きますか」
「行って、ルミの様子を見ておいてほしいです。私が行かない間、誰かが見ていてほしいです」
「見てきます」
「報告してほしいです」
「報告します」
「詳しく」
「詳しく報告します」
「よし」とルナは言った。
◇
その日の昼、池に行った。
一人で行った。
シロが一緒だった。
池に着くと、アオがいた。
でも、ルミが出てこなかった。
「来ないですね」
シロが、水面を見た。
「いますか、中に」
シロが、鼻を動かした。
いる、という感じだった。
「いますね。でも、出てこない」
待った。
五分ほど待った。
ルミが、少し動いた。
水の中で、光が揺れた。
でも、上がってこなかった。
「ルナがいないから、ですか」
シロが耳を動かした。
「そうかもしれないですね」
また待った。
十分経った。
ルミは、水の中にいたが、昨日より浅い位置にいた。
「水面から離れていますね」
シロが、尻尾を振った。
「報告しないといけないですね、ルナに」
◇
集落に戻ると、ルナが待っていた。
「どうだった」と聞いてきた。
「ルミは、水の中にいました。でも、昨日より深い位置にいました。水面には出てきませんでした」
ルナが、少し黙った。
「来なかったら、出てこなかった」
「そうです」
「一日目から、変わりましたか」
「変わりました。昨日は、水面近くにいました。今日は、深いところにいました」
「明日も確認してほしいです」
「します」
「ミアさんに、記録してもらいます」
「ミアさんに頼みますか」
「私が聞いた報告を、ミアさんに書いてもらいます。私の言葉で書いてもらいます」
「良いですね」
「正確に残したいので」
ミアが、横で聞いていた。
「書きます」とミアは言った。
「お願いします」とルナは言った。
ルナが、また少し考えた。
「来なかっただけで、変わるものなんですね」
「そうですね」
「毎日来ることが、それだけ大事だということですか」
「そうかもしれないですね」
「来ることで、何かが変わる。来ないと、変わらない、か、戻る」
「そうです」
「私が来ないと、ルミが深いところに戻る」
「今日は、そう見えました」
「三日間で、どのくらい戻るか、見ます」とルナは言った。
「つらくないですか、見ていて」
「つらいです」とルナは言った。あっさりと言った。「でも、知りたいです。つらくても、知りたいことがあります」
「気になることに向かっていますね」
「そうです。ナギに、うつりました」
◇
二日目、また池に行った。
ルミが、さらに深い位置にいた。
アオも、少し動きが少なかった。
「二人とも、静かですね」
シロが、池を見た。
「ルナがいないから、静かになっていますね」
シロが尻尾を振った。
「ルナが来ることで、精霊が活発になる。これは、本当だったんですね」
また振った。
「記録に残りますね。ルナが三日来なかったとき、精霊の動きがどう変わったか」
また振った。
集落に戻って、ルナに報告した。
「ルミが、さらに深い位置にいました。アオも、少し動きが少なかったです」
ルナが、また少し黙った。
「大丈夫ですか」と聞いた。
「大丈夫です。でも、会いたいです」
「会いに行きますか」
「行きません。あと一日です」
「一日、待てますか」
「待ちます」とルナは言った。「待つのが得意になったので」
「精霊を毎日待つ練習が、役に立っていますね」
「そうです。来るかどうか分からないときも、待てるようになった。今日は、明日になれば会えると分かっているから、もっと待てます」
「そうですね」
「でも、ルミが心配です」
「大丈夫だと思います。精霊は、長い間をかけて育ちます。三日で、大きく変わることはないです」
「本当ですか」
「本当です」
ルナが、少し安心した顔をした。
「じゃあ、もう一日、待ちます」
◇
三日目、また池に行った。
シロと、カナも一緒に来た。
「カナさんも来たんですか」
「来ました。三日目の変化を、見たかったです」
「ルナの実験の経過ですね」
「そうです。ルナが来ない三日間、精霊がどう変わるか。一日目と、三日目を比べたいです」
「一日目は、昨日より深い位置にいました。二日目は、さらに深かったです」
「今日はどうでしょうね」
池に着いた。
アオが、水の中で光っていた。
深い位置だった。
ルミが、さらに深い位置にいた。
「深いですね」
「一日目より、さらに深いです」とカナが言った。
「そうですね。毎日、少しずつ深くなっています」
「毎日少しずつ変化する、というのが、精霊にも当てはまるんですね」
「そうです」
「記録があれば、その変化が見えます」
「ルナの実験の成果ですね」
カナが、記録帳に書いた。
「一日目の位置、二日目の位置、三日目の位置を、図で書きます」
「図にするんですか」
「言葉だけより、図の方が分かりやすいです。ルナに見せるとき、一目で分かります」
「そうですね」
カナが、素早く図を書いた。
「こうなっています」
水面を基準に、三日間のルミの位置が、線で示されていた。
毎日、少しずつ下がっていた。
「視覚的に、分かりやすいですね」
「ルナが見たとき、驚くと思います」
「そうですね」
シロが、水面を見ていた。
「どうしましたか、シロ」
シロが、耳を立てた。
「何かいますか」
シロが、向こう岸の方を向いた。
向こう岸の、草の間に、何かがいた。
小さかった。
「何ですか」
シロが、低く鳴いた。
危険ではない、という鳴き方だった。
「動物ですか」
シロが尻尾を振った。
「小さい動物ですね」
「何の動物だろう」とカナが言った。
草が、少し動いた。
小さな、茶色い生き物が、池の縁に出てきた。
「鼠ですね」
「鼠が、池に来ているんですか」
「水を飲みに来たのかもしれないです」
鼠が、水を飲んだ。
それから、池の水面を見た。
アオの光が、深いところで揺れていた。
鼠が、水面を見ていた。
「精霊を、見ていますか、鼠が」とカナが言った。
「見ているように見えますね」
「精霊を感じる生き物は、鼠にもいるんですね」
「そうかもしれないですね」
鼠が、また水を飲んで、草の中に戻った。
「面白いものを見ました」
「記録します」とカナは言った。「鼠が池に来て、精霊を見ていた、と書きます」
「ルナが喜びますね」
「喜びます。ルナは、新しいつながりが見えると、喜ぶので」
◇
集落に戻ると、ルナが待っていた。
「どうだった」
「三日目のルミは、一番深い位置にいました。カナさんが、図にしてくれました」
カナが、図を見せた。
ルナが、受け取った。
見た。
「毎日、下がっている」
「そうです」
「来なかったから、下がった」
「そうだと思います」
「じゃあ、来ることで、上がる」
「そうなると思います。明日、来てみてください」
「明日、行きます」とルナは言った。すぐに言った。
「明日まで、待てますか」
「待てます。今日まで待てたから、あと一日は待てます」
「そうですね」
「それと、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「三日間で、分かりましたか。私が来ることで、精霊が変わるかどうか」
「分かりました」と私は言った。「ルナが来ることで、精霊が変わります。来なければ、戻っていきます」
「戻る、というのは、悪いことですか」
「悪いとは言えないです。精霊の本来の状態に戻る、ということかもしれないです」
「じゃあ、私が来ることで、精霊が本来の状態より活発になっている、ということですか」
「そうかもしれないですね」
ルナが、また考えた。
「活発にしていいんですか、精霊を」
「ルミが嫌がっている様子は、ないですよね」
「ないです。来ると、喜んでいます」
「精霊が喜んで、ルナも喜んでいる。どちらも、いいと思います」
「じゃあ、いいですね」とルナは言った。「明日から、また来ます」
「来てください」
「来ます」とルナは言った。「あと、もう一つ報告してほしいです」
「なんですか」
「今日、何か変わったことはありましたか、池で」
カナが、私を見た。
「鼠が来ていました」と私は言った。
「鼠」
「水を飲みに来ていました。精霊の光を、見ていました」
ルナが、目を大きくした。
「鼠が、精霊を見ていたの?」
「見ていました」
「初めてです、そういうの」
「そうですね」
「記録しましたか」
「しました」とカナが言った。
「見せてください」
カナが、記録帳を見せた。
ルナが、読んだ。
「鼠も、精霊を感じる、か」とルナは言った。
「感じるのかもしれないですね」
「全部つながっている」
「そうですね」
ルナが、記録帳を返した。
「三日間、来なくて良かったです」
「そうですか」
「来なかったことで、色々分かりました。鼠も来た。いつもは気づかなかったかもしれないです」
「来ない日があるから、気づくこともあります」
「そうです」とルナは言った。「来ない日も、大事でした」
「実験、成功しましたね」
「成功しました」とルナは言った。誇らしそうに言った。
ミアが、全部を記録帳に書いた。
「全部残りましたね」
「残りました」とルナは言った。「これが、私の最初の実験の記録です」
「最初の、ということは」
「また、実験します。別のことも、確かめたいです」
「どんなことを確かめたいですか」
「まだ決めていないです。でも、気になることが、また出てきます」
「出てきますね」
「ナギみたいに」とルナは言った。
「そうですね」
「ナギから、うつりました」
「良い意味でうつりましたね」
「良い意味です」とルナは言った。
笑いながら言った。
七十九話目、書きました。
ルナの実験、三日間の話でした。来ない日を作ることで、来ることの意味が分かった。これは、なくなって初めて気づく、という普遍的な話でもあります。
精霊が毎日少しずつ深い位置に戻っていく、という変化を、カナが図にして示した場面。言葉だけより図の方が分かりやすい、というカナの工夫が、ルナに一目で伝わりました。
「来なかったことで、鼠が来ているのに気づいた」という場面。いつもと違うことをすると、いつもは見えないものが見える。来ない日も、大事だった、というルナの気づきに繋がりました。
「最初の実験」という言葉。ルナが、これを実験と呼べるようになった。そして、また別の実験をしたいと言っている。研究者の目が、育っています。
「鼠も精霊を感じる」という場面。精霊と感じ合えるのは、人間だけではない。世界の全部がつながっている、というテーマの広がりが、この小さな鼠の場面に出ました。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




