第八十話「四部が終わる前に、ゴルから手紙が来た」
八十話目です。節目の話です。
第四部が、もうすぐ終わります。終わる前に、遠くから手紙が来ました。そして、凪が少し立ち止まって、今まで来た道を振り返ります。
静かな話ですが、次への動きが始まる話でもあります。
では、どうぞ。
ルナが実験を終えた翌日、ゴルから手紙が来た。
ラグル族が届けてくれた。
開いた。
いつも通り、短かった。
でも、今回は少し違う内容だった。
「凪へ。エルドから帰ったか。泉の水が、また増えた。今年で三年連続だ。レナが、記録に書いた。三年分のグラフを作った。右肩上がりだと言っていた。それと、東側の斜面に、今年初めて木の芽が出た。岩人の集落で、木の芽が出たのは、私の記憶にない。報告する。それと、一つ聞きたい。次に来るとき、石を持ってくるか。ゴルより」
「ゴルさんから、ですか」とカナが聞いた。
「そうです。泉の水が三年連続で増えていること、東側の斜面に木の芽が出たことを、報告してくれました」
「木の芽が出たんですか、岩人の集落に」
「岩人の集落で、記憶にない出来事だそうです」
「すごいですね」とルナが言った。「岩ばっかりの場所に、木の芽が出た」
「採掘が止まって、水脈が戻って、土に栄養が来て、木が育ち始めた」
「全部つながっていますね」
「そうです」
「レナさんが、グラフを作ったんですか」とミアが言った。
「そうです。三年分の記録を、グラフにしたそうです」
「記録が、グラフになった。変化が、数字で見えるようになった」
「そうですね。レナさんが、続けてくれたおかげです」
ルナが、手紙を見た。
「石を持ってくるか、と聞いていますね」
「そうです」
「石って、何の石ですか」
「レナさんから、最初にいただいた石があります。川に磨かれた石で、返すと約束しています」
「まだ返せていないんですか」
「まだです。次に行ったとき、返すつもりです」
「じゃあ、次に行くんですね、ゴルのところに」
「行きます」
「いつですか」
「第四部が終わったら、行こうと思っています」
「第四部って、いつ終わりますか」とルナは言った。
「難しい質問ですね」
「難しいですか」
「物語の章みたいなものですが、私の感覚では、もうすぐ一つの区切りが来ます」
「区切りって、どんなとき来るんですか」
「やることが一段落したとき、来ます。エルドの川が落ち着いて、ルナの実験が終わって、集落が二十七になっています。一つの区切りだと思います」
「じゃあ、もうすぐゴルのところに行くんですね」
「そうです」
ルナが、少し考えた。
「また、行くんだね」
「そうです」
「でも、今回は、帰ってくることが分かります」
「そうですね」
「毎回帰ってくるから、分かります」とルナは言った。「だから、行っていいです」
「ありがとうございます」
「でも、石を渡してきてね。ゴルが聞いてくるくらい、待っています」
「返してきます」
◇
返事を書いた。
「ゴルへ。エルドから帰りました。泉の水が三年連続で増えたこと、東側の斜面に木の芽が出たこと、良かったです。レナさんがグラフを作ったとのこと、記録が形になっていますね。石を持っています。近いうちに、行きます。凪より」
ラグル族に渡した。
走り始めた。
「届けてもらえますか、ゴルさんに」
シロが、ラグル族の後ろ姿を見ていた。
「届きますよ、シロ」
シロが尻尾を振った。
◇
その日の夜、ガルと二人で話した。
「凪様、少し話してもいいですか」
「どうぞ」
「集落が、二十七になっています」
「そうですね」
「来たときは、十でした」
「そうですね」
「十が、二十七になりました。三倍近くです」
「そうですね。ルナが続けてくれたこと、ガルさんが記録してくれたこと、カナさんとミアさんが来てくれたこと、全員のおかげです」
「凪様がいなければ、始まりませんでした」
「きっかけを作っただけですが」
「受け取ってください」とガルは言った。珍しく、少し強く言った。
「受け取ります」と私は言った。
「ありがとうございます」
「凪様、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「最初に来たとき、何を考えていましたか」
「最初、ですか」
「集落に来た、最初の日です」
思い出した。
「気になることがあって、来ました」
「集落が、気になりましたか」
「池が、気になりました。精霊が弱っていると感じて、気になりました」
「それだけでしたか」
「それだけでした。大きな計画があったわけではないです」
「今は、どうですか」
「今も、同じです。気になることがあれば、動きます。気になることが終われば、また別の気になることが出てきます」
「終わりがないですね」
「終わりがないですね」
「それが、凪様らしいです」とガルは言った。
「そうですか」
「変わらないことが、一番の強さだと思います」
「変わらない、というのは」
「最初に来たときから、やっていることが変わらないです。気になることに向かう。一人では難しければ、誰かと一緒にやる。終わったら、次の人に渡して、次に向かう。それが、ずっと変わっていないです」
「そうですね」
「でも、一つ変わったことがあります」
「何ですか」
「受け取れるようになりました」とガルは言った。
「そうですね。練習しています」
「最初は、全部きっかけを作っただけ、と言っていました。今は、受け取ります、と言います」
「ガレス王に言われました」
「良いことを言う王ですね」
「そうですね」
ガルが、窓の外を見た。
夜の集落が、静かだった。
「凪様、一つだけ言っていいですか」
「なんですか」
「来てくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ、置いてもらえて、良かったです」
「また帰ってきてください。どこに行っても」
「帰ります。帰る場所が、ここにあります」
「そうです」とガルは言った。「ここが、凪様の帰る場所です」
◇
翌朝、ルナが早くから来た。
「ナギ、今日、池に一緒に行こう」
「行きましょう」
「三日来なかったから、ルミが心配です」
「心配ですね」
「でも、実験の結果も、確かめたいです」
「来た後、どうなるか、ですね」
「そうです。来なかったとき、深い位置に戻った。来たとき、どうなるか」
「確かめましょう」
池に着いた。
アオが、すぐに出てきた。
「来てくれましたね、アオ」
ルナが、水辺にしゃがんだ。
「ルミは」
少し待った。
ルミが、上がってきた。
昨日より、高い位置だった。
「上がっています」とルナが言った。
「そうですね。来た初日から、上がっていますね」
「一日で、戻ってきた」
「そうです。三日で下がって、一日で戻った」
「回復が、速い」
「精霊は、回復が速いのかもしれないですね」
「それとも」とルナは言った。「私が来たから、回復が速かったのかもしれないです」
「どちらも、あると思います」
ルミが、さらに上がった。
水面まで来た。
水面から、顔を出した。
「出ました」とルナが言った。
「出ましたね。一日で、水面まで戻ってきました」
「早いですね」
「ルナが来たから、速かったと思います」
「そうですか」
「そうだと思います」
ルナが、ルミを見た。
ルミが、ルナを見た。
「会いたかったですよ」とルナは言った。ルミに向かって言った。
ルミが、光を強くした。
返事のような光だった。
「聞こえていましたね」
「聞こえていました」とルナは言った。「全部つながっているから」
「そうですね」
ルナが、指を水に入れた。
ルミが、近づいてきた。
触れた。
「くすぐったい」とルナは言った。「毎回くすぐったいですが、今日は特にくすぐったいです」
「三日ぶりだからですか」
「そうかもしれないです」
「ルミも、嬉しいんでしょう」
「嬉しいと思います」
「良かったですね」
「良かったです」とルナは言った。
しばらく、二人で池を見ていた。
「ナギ、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「第四部が終わったら、また来ます、と言いましたね」
「言いました」
「また、ということは、また行くんですよね、別の場所に」
「そうです。第五部があるとすれば、また気になることが出てきます」
「どこに行くんですか」
「分からないですが、気になることが、出てくると思います」
「出てくるんですね、毎回」
「出てきますね、毎回」
ルナが、また池を見た。
「私も、気になることが出てきます。最近」
「どんなことですか」
「精霊が、どこで生まれるか、気になります。ルミは、アオから生まれたんですか」
「そうかもしれないですが、精霊の生まれ方は分からないですね」
「調べてみたいです」
「どうやって調べますか」
「記録で。毎日見ていれば、何か分かるかもしれないです」
「そうですね」
「ルミが、また子どもを持つかもしれないです。そのとき、どうやって生まれるか、見てみたいです」
「長い実験ですね」
「長くていいです。ここにいるから」
「そうですね、ルナはここにいます」
「ナギも、ここに帰ってきます」
「帰ってきます」
「じゃあ、いつか一緒に、ルミの子どもが生まれる場面を見られるかもしれないですね」
「見られるかもしれないですね」
「楽しみです」とルナは言った。
「楽しみですね」
ルミが、水面で光っていた。
アオが、下で光っていた。
夏の朝の光が、池に差していた。
きれいだった。
「きれいですね」
「うん」とルナは言った。「毎日来ているのに、毎回きれいです」
「変わらないのに、毎回新鮮ですね」
「変わっているから、新鮮なんだと思います」
「どういう意味ですか」
「毎日、少しずつ変わっています。ルミも、アオも、池も、私も、ナギも。だから、毎回、少し違います。少し違うから、毎回きれいに見えます」
「そうですね」
「全部、変わり続けているから、きれいです」
「良いことを言いますね」
「カナさんに言ったら、記録するかな」
「記録しますよ、きっと」
「じゃあ、後で言います」とルナは言った。
笑いながら言った。
池が、静かに光っていた。
第四部が、ここで一つの区切りを迎えた。
八十話目、書きました。第四部の締めに入る話でした。
ゴルからの手紙に、東側の斜面に木の芽が出た、という報告が来た場面。岩人の集落で記憶にない出来事。採掘が止まり、水脈が戻り、土に栄養が来た結果でした。第二部から続いていた問題が、ここで実を結んだ場面でもあります。
ガルが「受け取ってください」と珍しく強く言った場面。ガルもまた、凪に遠慮せず言えるようになっていた。集落が変わっただけでなく、ガルも変わっていました。
「変わらないことが一番の強さ」というガルの言葉と、「変わり続けているからきれい」というルナの言葉。二つの言葉が、矛盾するように見えて、どちらも正しい。変わらないやり方で、変わり続けるものを見ている。それが、凪とルナの共通点でした。
ルナが「ルミの子どもが生まれる場面を、いつか一緒に見たい」と言った場面。これは、長期的な未来への希望です。今ここにいるルナと、いつか帰ってくる凪が、共に見る未来。それが、この物語の続きへの伏線でもあります。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




