第七十七話「二日で、帰ってきた」
七十七話目です。
シロと一緒に、二日で帰ってきました。
今回は、帰ってくる場面と、帰ってきてから気づくことの話です。離れていた間に、集落が確かに変わっていた。それを、帰ってきてから発見する話です。
では、どうぞ。
シロが、本当に二日で帰ってくれた。
山を越えて、平原を走って、森に入った。
二日間、ほとんど走り続けた。
休んだのは、夜の数時間だけだった。
「速いですね、シロ」
シロが、振り返らなかった。
まだ走れる、という後ろ姿だった。
「私は、少し限界です」
シロが、少し速度を落とした。
「ありがとうございます」
森の中に入ったとき、空気が変わった。
湿った、深い匂い。
「帰ってきましたね」
シロが、尻尾を振った。
「シロも、感じますか」
また振った。
「帰ってきた感じ、というのは、どこにいても変わらないですね」
また振った。
◇
集落の手前で、シロが止まった。
「どうしましたか」
シロが、前を向いた。
耳を立てた。
「誰か来ますか」
シロが尻尾を振った。
知っている存在、という振り方だった。
「ルナですか」
シロが、また振った。
「また、集落の外まで来ていますか」
シロが、耳を動かした。
違う、という感じだった。
「集落の中にいますか」
シロが、また耳を動かした。
でも、動きが止まった。
「どういう意味ですか」
シロが、前を向いた。
行けば分かる、という顔だった。
「分かりました、行きましょう」
◇
集落に着いた。
ルナが、広場にいた。
カナとミアと、一緒に何かを見ていた。
三人が、記録帳を広げていた。
「ルナ」と声をかけた。
ルナが、顔を上げた。
「あ、帰ってきた」と言った。
あっさりと言った。
「あっさりしていますね」
「だって、来ると思っていたから」
「そうですか」
「手紙に、帰ります、って書いてあったから」
「そうですね」
ルナが、また記録帳を見た。
「ちょっと待って、今いいところだから」
「そうですか」
カナが、顔を上げた。
「帰ってきましたね」
「帰ってきました。何を見ているんですか」
「ルナの記録帳と、ミアの精霊記録帳を、合わせています」
「合わせる、というのは」
「ルナの集落の記録と、ミアの精霊の記録を、日付で照らし合わせています。集落の状態と、精霊の状態が、どうつながっているか、見ようとしています」
「面白いですね」
「面白いです」とカナは言った。「気づいたことがあって、三人で確認しています」
「何に気づきましたか」
「後で話します。まず、終わらせます」
「分かりました」
シロが、ルナの横に来た。
ルナが、シロを撫でた。
撫でながら、記録帳を見ていた。
「器用ですね」
「シロが来てくれているのは分かるから」とルナは言った。「両方できる」
シロが尻尾を振った。
◇
しばらくして、三人が顔を上げた。
「分かりました」とカナが言った。
「何が分かったんですか」
「凪さんが集落にいる日と、いない日で、精霊の状態に違いがあります」
「違い、というのは」
「凪さんがいる日は、アオとルミが水面に出る回数が多いです。いない日は、少ないです」
「精霊が、私に反応しているということですか」
「そう思います」とミアが言った。記録帳を見ながら言った。「ルナが毎日来ることで、精霊が出てくるようになりました。でも、凪さんが来た日は、さらに出てくる回数が増えています」
「私が、精霊を呼んでいるということですか」
「呼んでいるというより、感じ取れるから、精霊も感じ取っているのかもしれないです」
「精霊が、感じ取れる存在に反応する」
「そうだと思います」
ルナが、口を開いた。
「ナギが来た日は、ルミがずっと水面近くにいます。来ない日は、水草の間にいることが多いです。前から、そう感じていましたが、記録で確かめました」
「記録で、確かめたんですね」
「そうです。感じているだけじゃ、気のせいかもしれない。でも、記録があれば、確かめられます」
「ルナが、記録の使い方を覚えましたね」
「カナさんに教わりました」
「私が教えたより、ルナが自分で気づいた部分の方が多いですよ」とカナは言った。
「カナさんが言いそうなことを言いますね」と私は言った。
「凪さんに、影響されました」
◇
ガルが出てきた。
「お帰りなさい、凪様。二日で帰ってきましたね」
「帰ってきました。シロが走ってくれました」
「シロ様が」
シロが胸を張った。
「どうぞ、食事をしてください。少し豪華にしました」
「帰ってきたから、ですか」
「そうです」
「定番になりましたね」
「定番にしました」とガルは言った。「帰ってきたとき、豪華にする。それが、この集落の習慣です」
「良い習慣ですね」
「凪様が来てから、できた習慣です」
「きっかけを作っただけですが」
「受け取っています、凪様も」とガルは言った。
「受け取ります」
ガルが、少し微笑んだ。
「今日は、素直に受け取りましたね」
「練習しているので」
◇
食事の後、ルナと池に行った。
カナとミアも来た。
池に着いたとき、アオがすぐに水面に出てきた。
「早いですね」
「凪さんが来たから」とルナは言った。
「そうですか」
「記録の通りです」
ルミが、次に出てきた。
前より、高い位置にいた。
水面から、ほんの少し、顔が出ていた。
「出ていますね」
「出ています」とルナは言った。嬉しそうに言った。「前に手紙で書いたやつ」
「書いてくれましたね。水面から顔を出した、と」
「見て、どう思いますか」
「少し、大きくなりましたね」
「そうです。毎日来ているから、変化が分かります」
「そうですね」
ミアが、記録帳に書いた。
「何を書いていますか」とルナが聞いた。
「凪さんが帰ってきた日の、ルミの状態を書いています」
「どう書きましたか」
「凪さんが帰ってきた後、水面からさらに高く出てきた、と書きました」
「さらに高く、ですか」とカナが言った。
「そうです。凪さんが来る前より、来た後の方が、高く出ていました」
全員で、ルミを見た。
確かに、さっきより、少し高く出ていた。
「記録が追いついていますね」と私は言った。
「そうです」とミアは言った。「変化が速いので、すぐ書かないと追いつかないです」
「ルミが、ちゃんと成長しています」とルナは言った。
「そうですね」
「毎日来ていたから、成長できたんだと思います」
「どういう意味ですか」
「私が毎日来ることで、池が元気になる。池が元気だから、ルミが元気に育てる。だから、毎日来ることが大事だと思います」
「ルナが、そう感じているんですね」
「そう感じています。記録で確かめたわけではないですが」
「でも、感じることが、最初の一歩ですね」
「記録で確かめるのが、次の一歩ですか」
「そうです」
「じゃあ、確かめます」とルナは言った。
「どうやって確かめますか」
「一週間、来ない日を作ってみる。それで、ルミの状態が変わるか、見ます」
カナが、少し目を細めた。
「実験ですね」
「実験、というんですか」とルナが言った。
「仮説を立てて、試して、確かめる。それを、実験といいます」
「実験か」とルナは言った。「やってみます」
「来ない日を作れますか」とミアが聞いた。
ルナが、少し考えた。
「難しいです。来たくなってしまいます」
「来たくなっても、来ない、が実験です」
「それは、つらいな」
「実験は、つらいことがあります」
ルナが、また考えた。
「分かりました。やります。ただし、三日だけです」
「三日で、分かりますか」
「分からないかもしれないですが、やってみます」
「やってみます、という言い方が、ナギに似てきましたね」とカナが言った。
ルナが、少し照れた。
「影響されました」
「良い影響ですね」
「そうですか」
「そうです」
◇
夜、ルナと二人になった。
「帰ってきて、どうだった、エルド」とルナが言った。
「川が、暴れていました」
「暴れていた」
「三年間、上がったり下がったりしていました。農民が困っていました」
「解決しましたか」
「しました。岩が原因でした。ゴルさんと一緒に、動かしました」
「ゴルが来てくれたんだ」
「来てくれました。手紙を書いたら、三日で来てくれました」
「岩が気になったから、来てくれたんだよね」
「そうです。ゴルさんも、気になることに向かう人です」
「ナギと同じだね」
「似ていると、ゴルさんも言っていました」
ルナが、少し笑った。
「ゴルとナギが、似ている」
「岩と、気になることに向かう人間が、似ていると言われました」
「同じだ」とルナは言った。「私も、気になることに向かいます。実験するって言ったの、それです」
「そうですね」
「ナギから、うつりました」
「気になることに向かうのは、ルナが元々そうだと思いますが」
「元々あったかもしれないけど、名前をつけてもらった感じ。気になることに向かう、という言葉をもらった」
「言葉があると、意識できますね」
「そうです。言葉があると、自分がやっていることが分かります」
「ルナも、良いことを言いますね」
「カナさんから、うつりました」とルナは言った。あっさりと言った。
「カナさんから」
「カナさんが、言葉を使うのが上手いから。私も、ちゃんと言葉で言いたいと思うようになりました」
「つながっていますね」
「全部つながってる」
今日何度目か分からなかった。
でも、毎回、本当のことだった。
ルナが、石を出した。
「返す」
「ありがとうございます」
「次に行くとき、また渡す」
「そうしてください」
ルナが、池の方を見た。
夜の池は、暗かった。
「ルミ、元気かな」
「元気ですよ。さっき会いましたね」
「夜も、元気かな」
「元気だと思います」
「夜の精霊を、見てみたいな」
「夜も光っているかもしれないですが、暗くて見えにくいですね」
「今度、夜に池に行ってみよう」
「寒くないですか」
「夏だから、寒くないです」
「そうですね」
「ナギも来る?」
「来ます」
「じゃあ、今度、夜に行こう」
「そうしましょう」
ルナが、また空を見た。
夏の星が、出ていた。
「帰ってきてくれて、良かった」とルナは言った。
「帰ってきました」
「条件なし、だったね」
「条件なしで、帰りました」
「よし」とルナは言った。
満足した顔だった。
シロが、いつの間にか横にいた。
「いましたか」
シロが尻尾を振った。
「ずっといましたか」
また振った。
「ありがとうございます」
三人で、夜空を見た。
帰ってきた夜だった。
七十七話目、書きました。
「ルナがあっさりしていた」という場面から始めました。手紙に帰ります、と書いてあったから、来ると思っていた。信頼が深まると、迎え方が変わります。走ってきて抱きついてくるのではなく、記録帳を見ていた。それが今のルナの形でした。
「凪さんがいる日は、精霊が水面に出る回数が多い」という発見。感じていたことを、記録で確かめた。ルナが記録の使い方を覚えた場面でした。感じる、記録する、確かめる、という順番を、自然にやり始めていました。
「来ない日を作る実験」というルナの提案。自分の仮説を、自分で試す。これは、研究者の発想です。「難しいですが、やります。三日だけ」という現実的な制約をつけたのも、ルナらしかった。
「言葉があると、意識できる。言葉があると、自分がやっていることが分かる」というルナの言葉。これが、この物語を通じた一つのテーマでもあります。記録することで、感じたことが言葉になる。言葉になると、次の人に伝わる。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




