第七十三話「ゴルが、来た」
七十三話目です。
技術者たちと一緒に、岩の対処を始めます。でも、一番の問題は、空洞の大きさでした。人間の技術だけでは、時間がかかりすぎる。
そのとき、思わぬ人が来ました。
では、どうぞ。
技術者のリーダーは、ヴァンという名前だった。
四十代で、岩を見る目が鋭かった。
「空洞の大きさを、教えてください」とヴァンが言った。
「感じ取った範囲では、横幅が三十メートルほどです。深さは、十五メートル前後だと思います」
「それだけの空洞を、埋めるには」ヴァンが少し考えた。「材料と人手が、かなり必要です」
「どのくらいかかりますか」
「材料を集めて、運んで、作業して。早くて、二週間です」
「二週間、私が補強を続けることはできますか」とルースが聞いた。
「難しいです」と私は言った。「一晩で、かなり消耗しました。二週間は、体が持ちません」
「では、どうしますか」とヴァンが言った。
「別の方法を、考えます」
「別の方法とは」
「岩を、埋めるのではなく、動かす。川から離れた方向に、誘導する」
「岩を動かすのに、何が必要ですか」
「岩の重さと、地形です。岩の重さは、感じ取りました。この岩は、ここから東に向かって動かせます。東側は、川から離れています」
「東に動かせれば、川に落ちない」
「そうです。空洞を埋めるより、岩の方向を変える方が、早いです」
「岩を動かすには、力が必要です」とヴァンは言った。「私たちの道具では、この大きさの岩を動かすのは、難しいです」
「私の力を使います。ただし、今の私では、一人では足りないです」
「どういう意味ですか」
「消耗しています。全力を出しても、この岩を動かすには、足りないです」
ヴァンが、岩を見た。
「では、どうすれば」
「分かりません。今は」
◇
昼前、ルースが食事を作ってくれた。
食べながら、考えた。
岩を動かすには、力が足りない。
空洞を埋めるには、時間がかかる。
どちらも、今の状態では難しかった。
「凪さん、一つ聞いていいですか」とルースが言った。
「なんですか」
「今まで、解決できなかったことがありましたか」
「ありましたね」
「どんなときですか」
「一人で何でもやろうとしたとき、限界が来ました。でも、誰かと一緒にやったとき、できないと思っていたことができました」
「岩を動かすにも、誰かが必要ですか」
「そうです。でも、今ここにいる人数では、難しいです。岩の大きさが、違いすぎます」
「どんな人がいれば、できますか」
少し考えた。
「岩を知っている人が必要です。岩の動き方、どこに力をかければ動くか、そういうことを知っている人」
「岩を知っている人」とルースが繰り返した。
「岩人ですね」
「岩人」
「岩人というのは、ゴルさんたちの種族です。岩の感触を、生まれつき感じ取れます。山の精霊とも、近いです」
「ゴルさんというのは、以前話していた方ですね」
「そうです。山の岩人の集落の長です」
「ここまで来てもらえますか、遠いですね」
「遠いです。ただ」
「ただ?」
「ゴルさんに、手紙を書く方法があります。ラグル族を通じて」
「ラグル族が、ここまで来てくれますか」
シロが、外を向いた。
「シロ、ラグル族を呼べますか」
シロが、低く鳴いた。
特定の鳴き方だった。
「呼べます。でも、ゴルさんが来てくれるかどうかは、分かりません」
「来てもらえると思いますか」
「来てくれると思います。ゴルさんは、泉の問題で、私に借りがあると思っています。それに」
「それに?」
「ゴルさんは、岩が好きです。この大きさの岩の話をすれば、気になると思います」
「気になれば、動くということですか」
「ゴルさんも、そういう人です」
「凪さんに、似ていますね」
「そうかもしれないですね」
◇
シロが、ラグル族を呼んだ。
三頭が来た。
手紙を書いた。
「ゴルへ。凪です。エルドという国にいます。大きな岩が、川に落ちそうになっています。岩を動かすのに、岩人の力が必要です。来てもらえますか。急ぎます。凪より」
短かった。
「これで分かりますか」とルースが言った。
「分かります。ゴルさんは、短い方が好きです」
「返事が来るまで、どのくらいかかりますか」
「ゴルさんの集落まで、三日かかると思います。それから、ゴルさんが来るとすれば、また三日から四日です」
「合わせて、一週間ほど」
「そうです。その間、私が補強を続けます」
「一週間、持ちますか」
「持ちます。ただし、補強しながら、休みを取ります。一人で続けるのではなく、交代で補強します」
「交代できるんですか」
「ヴァンさんたちに、補強の仕方を教えます。私のようにはできないですが、少し支えることはできます。交代しながら、一週間持たせます」
「教えられますか、補強の仕方を」
「教えます。感じ取ることより、支えることの方が、教えやすいです」
ヴァンが、話を聞いていた。
「やってみます」とヴァンは言った。
「ありがとうございます」
◇
その日の午後から、交代で補強を始めた。
私が感じ取って、ヴァンたちが手を当てて、力を加える。
最初は、うまくいかなかった。
「ここに、手を当ててください」と言っても、どこを支えればいいか、分からなかった。
「岩の一番重い部分を、支えます。重い部分は、どこだと思いますか」と聞いた。
「上の方ですか」とヴァンが言った。
「下の方です。上が重そうに見えますが、重心は下にあります。下を支えると、岩が安定します」
「なるほど」
「触ってみてください。下の方を、触れた感触が違います」
ヴァンが触れた。
「少し、違います」
「その違いが、重心です。そこを支えると、岩が落ち着きます」
ヴァンが、力を込めた。
岩が、少し落ち着いた。
「効きました」
「効きましたね」
「凪さんが感じ取って、私が支える。二人でやると、できますね」
「そうです。一人では難しいことが、二人でできます」
ヴァンが、もう一人の技術者を呼んだ。
「交代でやろう。ここを支える」
技術者が来た。
三人で、交代しながら支えた。
「これで、少し持ちますね」と私は言った。
「ゴルさんが来るまで、この方法でやります」
「頼みます」
◇
三日目の朝、ラグル族が戻ってきた。
手紙を持っていた。
開いた。
「行く。三日後に着く。ゴルより」
「来てくれます」とルースに言った。
「三日後に、来てくれるんですか」
「そうです」
「ゴルさんは、速いですね」
「走ってきてくれると思います。距離を考えると、かなり速いです」
「岩が気になったんですかね」
「そうだと思います。岩人は、大きい岩の話に、弱いです」
ルースが、少し笑った。
「凪さんが、大きいずれの話に弱いのと、同じですか」
「似ていますね」
「全部つながっていますね」
「そうです」
◇
三日後の昼前、ゴルが来た。
護衛二人と一緒に来た。
走ってきたのに、息が上がっていなかった。
「来たか」とゴルは言った。
「来てくれました」
「岩の話を聞いた。来るしかない」
「ありがとうございます」
「礼はいい。岩を見せろ」
「こちらです」
岩のそばに連れていった。
ゴルが、岩を見た。
近づいた。
手を当てた。
しばらく、じっとしていた。
「大きい」とゴルは言った。
「そうです」
「空洞は、どこだ」
「下の方です。横幅、三十メートルほどです」
「感じた」
「感じられますか、空洞が」
「岩人は、岩の下が分かる。これだけの空洞なら、すぐ分かる」
「動かせますか」とヴァンが聞いた。
ゴルが、ヴァンを見た。
「誰だ」
「エルドの技術者です。ヴァンといいます」
「岩を扱うか」
「扱います」
ゴルが、また岩を見た。
「動かせる」と言った。
「本当ですか」と私は言った。
「岩人と、凪が一緒にやれば、動かせる。私一人では無理だ。凪一人でも無理だ。二人でやれば、動かせる」
「どうやって動かすんですか」とルースが聞いた。
ゴルが、ルースを見た。
「記録係か」
「地質調査員です。でも、記録もします」
「書いておけ。岩を動かすには、岩の声を聞く必要がある。どの方向に動きたいか、岩が教えてくれる。それに従って、力をかける。逆らうと、想定外の動きをする」
「岩の声を聞く、というのは」
「感じ取ること、だ。岩人は生まれつきできる。凪も、少しできる。二人で感じ取りながら、力をかければ、東に動かせる」
「凪さんも、東と言っていました」と私は言った。
「そうだろう。あの岩は、東に動きたがっている。自然の方向に、動かすのが一番いい」
「自然の方向に動かす、というのが大事ですか」
「そうだ。岩を無理に動かそうとすると、壊れる。壊れると、破片が飛んで危険だ。動きたがっている方向に、少し背中を押してやるだけでいい」
「岩も、気になる方向に動きたいんですね」とルースが言った。
「そうだ」
「凪さんも、気になる方向に動きます」
「そうだな」とゴルは言った。
私が、少し笑った。
「岩と同じだと言われましたね、私が」
「そうかもしれない」とゴルは言った。真顔で言った。
◇
準備を始めた。
ゴルが、岩の周りを丁寧に確認した。
「明日の午前中に、動かす」とゴルは言った。
「今日は、準備だけですか」
「そうだ。焦ると、失敗する。今日は、岩をよく知る」
「岩をよく知る、というのは」
「どこに力をかければいいか、どのくらいの力が必要か。それを、今日確かめる。明日、動かす」
「ヴァンさんたちも、準備を手伝えますか」とルースが言った。
「手伝える仕事がある」とゴルは言った。「岩が動いた後、落ち着く場所を作る。東側の地面を、平らにしておく必要がある。それをやれ」
「分かりました」とヴァンが言った。
全員が、準備を始めた。
私は、力を補強しながら、ゴルの準備を見ていた。
「ゴルさん、来てくれて、ありがとうございます」
「礼はいい」とゴルは言った。「ただ、一つ聞いていいか」
「なんですか」
「石を、持ってきているか」
「持っています」
「渡す気になったか」
「まだです。次にゴルさんのところに行くときに、渡します」
「そうか」とゴルは言った。
「泉の様子は、どうですか」
「増えている。今年は、去年より増えた」
「良かったです」
「凪のおかげだ」
「ゴルさんとレナさんが、続けてくれたおかげです」
「また、きっかけを作っただけ、と言うか」
「受け取っています、少しずつですが」
ゴルが、少し目を細めた。
「少し、変わったな」
「変わりましたか」
「最初に会ったときより、受け取れるようになった。そういう顔をしている」
「ガレス王に、言われました。受け取れ、と」
「ガレスという人間は、良いことを言う」
「そうですね」
ゴルが、また岩を触った。
「明日、動かす」と言った。
「動かします」
シロが、ゴルを見た。
ゴルが、シロを見た。
「まだ、一緒にいるか」
「一緒にいます。シロが、一晩支えてくれました」
「そうか」とゴルは言った。シロに向かって、少し頭を下げた。
岩人が、ラグル族に頭を下げた。
シロが、尻尾を振った。
明日、岩を動かす。
その前夜が、始まった。
七十三話目、書きました。
ゴルが来た、という展開を、この話の転換点にしました。人間の技術者だけでは難しかった問題が、岩人の感じ取る力と、凪の力が合わさることで、解決の方向が見えてきた。異なる種族が、それぞれの得意なことを持ち寄る。
「岩も、動きたい方向がある。その方向に、背中を押してやるだけでいい」というゴルの言葉。無理に変えるのではなく、自然の方向に沿って動かす。これは、凪がずっとやってきたことと同じ発想です。ゴルが、岩についてそれを言った。
「岩と同じかもしれない、凪が」という場面。気になる方向に動く岩と、気になることに向かう凪が、同じだとゴルが言った。真顔で言ったのが、ゴルらしかった。
ゴルがシロに頭を下げた場面。岩人が、ラグル族に礼を示した。一晩支えてくれたシロへの、ゴルなりの感謝でした。言葉ではなく、行動で示すゴルの性格が出た場面です。
次話では、岩を動かす本番が始まります。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




