第八十八話「竜から、返事が来た」
八十八話目です。
手紙を送ってから、数日後の話です。竜から、返事が来ました。
竜が、手紙を書けるわけではないですが、返事は来ました。どんな形で来たか。
では、どうぞ。
手紙を送ってから、五日が経った。
集落は、いつもの日々が続いていた。
ルナが、毎朝集落を感じ取って、記録した。
ガルが、毎日記録した。
私は、毎日木に触れた。
そういう五日間だった。
五日目の朝、ラグル族が来た。
いつもの連絡役ではなかった。
知らない個体だった。
でも、怖がっている様子はなかった。
何かを咥えていた。
「連絡ですか」
ラグル族が、近づいてきた。
咥えていたものを、差し出した。
受け取った。
布に包まれていた。
「手紙ではないですね」
開いた。
小さな石だった。
青みがかった、半透明の石だった。
「きれいですね」
シロが、鼻を近づけた。
それから、少し下がった。
「何か感じますか、シロ」
シロが耳を立てた。
「竜の気配がしますか」
シロが、また耳を立てた。
「竜から来たものですね、この石は」
ラグル族が、また近づいてきた。
何かを伝えようとしていた。
「どこから来ましたか」
ラグル族が、山の方向を向いた。
「ゴルの山の方向ですか」
首を振った。
「もっと遠い方向ですか」
頷いた。
「セルドの方向ですか」
頷いた。
「竜から来た石ですね」
ラグル族が、また頷いた。
「ありがとうございます」
ラグル族が、また走り去った。
◇
ルナが来た。
「何が来たんですか」
「石です。竜から来たと思います」
「石が来た」とルナは言った。
「そうです」
「手紙ではなく、石を送ってきたんですか」
「そうです」
「なぜ石なんですか」
「竜は、文字を書かないと思います。でも、何かを伝えたかったのかもしれないです」
「石で、何を伝えているんですか」
「分かりません。でも、触ってみます」
石を、手に持った。
感じた。
「何か分かりますか」とルナが聞いた。
「少し、分かります」
「何が分かりますか」
「この石は、卵のそばにあった石だと思います。卵が孵化する前から、そこにあった石です」
「卵のそばにあった石」
「そうです。竜が、卵のそばの石を、送ってきた」
「どういう意味ですか」
少し考えた。
「名前を受け取ったということかもしれないですね」
「ヒカルを、受け取ってくれたんですか」
「そう思います。受け取った証拠として、卵のそばにあった石を送ってきた」
ルナが、石を見た。
「見ていいですか」
「どうぞ」
受け取った。
「青みがかっていますね」
「そうですね」
「ヒカルが生まれたとき、光っていましたね」
「そうです」
「この石も、少し光っているように見えます」
「そうですね。卵の光が、染み込んでいるのかもしれないです」
ルナが、石を持ったまま、しばらく黙った。
「嬉しいです」と小さく言った。
「そうですね」
「ヒカル、という名前を、受け取ってくれた」
「そうだと思います」
「竜が、返事を送ってきた」
「送ってきましたね」
「手紙じゃなくて、石で送ってきた。竜らしいですね」
「竜らしいですね」
「石を渡すことで、つながる、というのは、私がやっていることと同じですね」
「そうですね」
「全部つながっていますね」
「そうですね」
◇
ガルが来た。
「何が届いたんですか」
「竜から、石が届きました」
ガルが、石を見た。
「竜から、石が来るんですね」
「そうです。名前を受け取ってくれた証拠だと思います」
「記録に残します」とガルは言った。
「残してください」
「竜から石が届いた日として、記録します」
「ありがとうございます」
「それと、一つ確認があります」
「なんですか」
「集落の状態ですが、今日、感じ取ってみました」
「どうでしたか」
「二十九になっているように感じました。合っていますか」
「確認してみます」
地面に手を当てた。
感じた。
「二十九、ありますね」
「そうですか」
「ガルさんの感じ取る力が、かなり育っていますね」
「ルナが毎朝やっているのを、見ていました。見ていたら、自分もやってみたくなりました」
「やってみたんですか」
「はい。最初は何も分からなかったですが、一か月続けたら、少し分かってきました」
「一か月で、分かるようになったんですね」
「ルナが教えてくれました」
「ガルさんが、ルナに教わったんですか」
「そうです。凪様に教わったルナが、私に教えてくれました」
「つながっていますね」
「全部つながっています」とガルは言った。
◇
昼前、ルナが広場で石を並べていた。
「何をしているんですか」
「並べています」
「どんな石を並べていますか」
「全部、大事な石です」
見た。
池の底の石が一つ。
ゴルの山の石が一つ。
竜から来た石が一つ。
三つが、並んでいた。
「三つ、ありますね」
「そうです」とルナは言った。「一つ目は、私が渡している石です。ナギが帰ってくる証拠の石です。二つ目は、ゴルの石です。ナギがゴルのところに行くたびに、往復する石です。三つ目は、竜から来た石です。ヒカルと、私がつながっている証拠の石です」
「三つのつながりが、石になっていますね」
「そうです。石は、つながりの形をしています」
「良い表現ですね」
「石が、証拠になります。石があれば、つながっていることが分かります。だから、石を大事にしています」
「記録と同じですね。記録があれば、起きたことが分かる。石があれば、つながっていることが分かる」
「同じです」とルナは言った。「石も、記録です。言葉ではない記録です」
「ルナは、そういう考え方をするんですね」
「どうですか、おかしいですか」
「おかしくないです。とても良い考え方です」
「カナさんに聞かせたいですね」
「手紙で伝えましょう」
「そうします」
ルナが、また石を見た。
「四つ目が来るとしたら、どこからですか」
「どこから来てほしいですか」
「レナさんから来てほしいです。レナさんが外に来たとき、持ってきてほしいです」
「レナさんが来るのを、待っているんですね」
「待っています。約束してもらっていますから」
「そうですね。ナギが、案内すると約束しましたね」
「そうです。だから、来ます。約束は守る人だと、ゴルが言っていましたから、レナさんも守ります」
「そうですね」
「四つ目の石が来る日が、楽しみです」
「楽しみですね」
ルナが、三つの石を丁寧に布に包んだ。
「大事にしまっておきます」
「そうしてください」
「毎日、見ます」
「見てください」
「つながっていることを、忘れないために」
「そうですね」
◇
夜、外に出た。
シロが横にいた。
「今日は、色々ありましたね」
シロが尻尾を振った。
「竜から石が来ました」
また振った。
「ヒカル、という名前が受け取られました」
また振った。
「ガルさんが、集落を感じ取れるようになっていました」
また振った。
「ルナが、石を並べていました」
また振った。
「全部が、一日に来ましたね」
また振った。
「そういう日がありますね。色々が一度に来る日が」
シロが、私を見た。
「何ですか」
シロが、また空を見た。
「星がきれいですか」
シロが尻尾を振った。
「そうですね、きれいですね」
「竜が生まれた夜も、こういう空でしたか」
「あの夜は、卵の光が強くて、空が見えなかったです」
シロが、また空を見た。
「今夜は、ちゃんと見えますね」
また振った。
「ヒカルも、今頃、山の空を見ているかもしれないですね」
また振った。
「生まれてから、初めての夜空を見ているかもしれないです」
シロが、少し首を傾けた。
「不思議ですか、竜が夜空を見ていると想像すると」
また傾けた。
「私も不思議な感じがします。竜の目に映っている夜空と、私の目に映っている夜空は、同じ空ですが、見え方が違うでしょうね」
シロが、また空を見た。
「シロの目には、どう見えていますか」
シロが振り返った。
「教えてもらえないですね」
シロが尻尾を振った。
「分かりました、それぞれで良いですね」
ルナが、外に出てきた。
「眠れないんですか」
「少し外を見ていました」
「私も眠れないです」
「なぜですか」
「竜の石のことを考えていました」
「そうですか」
「ヒカルが受け取ってくれた。石を送ってくれた。嬉しくて、眠れないです」
「嬉しすぎると、眠れないことがありますね」
「そうです。悲しくて眠れないのと、嬉しくて眠れないのは、どちらが良いですか」
「嬉しくて眠れない方が、良いですね」
「そうですね」とルナは言った。「どうせ眠れないなら、嬉しい方がいいです」
「そうですね」
「ヒカルは、今夜眠れますか」
「分からないですが、生まれたての子どもは、よく眠ると思います」
「そうですか」
「竜が、そばにいてくれますから」
「良かったです」とルナは言った。「一人じゃないから、ヒカルは安心して眠れます」
「そうですね」
「ヒカルと竜が、一緒にいるように、私はガルじいちゃんと一緒にいます」
「そうですね」
「ナギは、シロと一緒にいます」
「一緒にいます」
「全員、一人じゃないですね」
「全員、一人じゃないですね」
ルナが、空を見た。
「おやすみなさい、ヒカル」と空に向かって言った。
「届きますか」
「届きます。全部つながっているから」
「そうですね」
「おやすみなさいが、届きます」
「届けてください」
「届けました」とルナは言った。
確信を持って言った。
「そうですね」
「帰ります。眠れそうです」とルナは言った。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい、ナギ。シロも、おやすみ」
シロが尻尾を振った。
ルナが、集落に戻った。
夜の空が、静かだった。
どこかで、ヒカルが眠っていた。
「おやすみなさい、ヒカル」と私も言った。
シロが、尻尾を振った。
同意する、という振り方だった。
「帰りましょう」
シロが、前を向いた。
帰ろう、という顔だった。
夜が、静かに続いていた。
八十八話目、書きました。
「竜は手紙ではなく石を送ってきた」という展開。竜が文字を書けない、でも何かを伝えたい。その形が石だった。ルナが「石も記録です。言葉ではない記録です」と言った場面が、この話の核心でした。
三つの石を並べたルナの場面。池の底の石、ゴルの山の石、竜の石。それぞれが、つながりの証拠になっている。石が記録であり、証拠であり、約束の形になっている。
ガルが集落を感じ取れるようになっていた場面。ルナに教わった。凪からルナへ、ルナからガルへ、感じ取る力が伝わっていた。
「嬉しくて眠れない方が、どうせ眠れないなら良い」というルナの言葉。悲しい眠れない夜を知っているから、嬉しい眠れない夜を選べる。成長していた場面でした。
「おやすみなさいが届く、全部つながっているから」というルナの言葉。物理的に届かなくても、つながっていれば届く。ルナの信じ方が、この言葉に出ていました。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




