第八十七話「ルナが、竜に名前をつけた」
八十七話目です。
セルドから帰ってきます。ルナが、竜の子どもの名前を考えていました。
どんな名前をつけたか。その名前に、ルナらしさが全部出ていました。
では、どうぞ。
セルドから集落まで、四日かかった。
帰り道、ガレスが都まで送ってくれた。
「また来てください」とガレスは言った。
「来ます。竜の子どもの成長を、見に来ます」
「名前が決まったら、教えてください」
「教えます」
「ルナという子が、考えているんですね」
「そうです」
「どんな子ですか」
「精霊と友達で、記録をつけていて、気になることに向かう子です」
「それは、あなたに似ていますね」
「よく言われます」
「良い子ですね」とガレスは言った。「そういう子が、竜の名前を考えている。良いことだと思います」
「そうですね」
「竜の名前が、遠くの集落の子どもから来る。全部がつながっていますね」
「そうです」
「セルドでも、そういう言い方が広まってきました」とガレスは言った。
「全部がつながっている、ですか」
「そうです。あなたが来てから、この言葉を使う人間が増えました」
「そうですか」
「良い言葉が広まるのは、良いことです」
「そうですね」
◇
都を出て、三日目に森の入口に着いた。
シロが、速くなった。
「帰りたいですか」
シロが振り返らなかった。
当然だ、という後ろ姿だった。
「分かりました、急ぎましょう」
森に入った。
木の匂いがした。
「帰ってきましたね」
シロが尻尾を振った。
「ルナが待っています」
また振った。
「名前の答えも、待っています」
また振った。
◇
集落が見えてきた。
ルナが、広場で何かをしていた。
近づいた。
記録帳を開いて、何かを書いていた。
「ルナ」
ルナが、顔を上げた。
「帰ってきた」と言った。
「帰ってきました」
「竜が、生まれましたか」
「生まれました」
ルナが、記録帳を閉じた。
「見てきたんですね」
「見てきました」
「良かったです」とルナは言った。
「そうですね」
「名前、聞いてきましたか」
「聞いてきました。竜が、ルナの名前を待っています」
「待っていてくれましたか」
「待っていてくれました」
ルナが、少し背筋を伸ばした。
「考えました」
「どんな名前ですか」
ルナが、記録帳を開いた。
書いてあった。
「ヒカル」とルナは言った。
「ヒカル、ですか」
「そうです。生まれたとき、光ったと聞いていました。光るから、ヒカル」
「そのままですね」
「そのままがいいです。名前を見たら、意味がすぐ分かる方がいいです。レナさんの石のそばにいる川、が春咲きになったのと同じです」
「ルナが、春咲きに名前をつけましたね」
「そうです。あのときも、そのまま名前にしました。光るから、ヒカル。それだけです」
「竜が、受け取ってくれると思いますか」
「受け取ってくれると思います。でも、もし気に入らなければ、別の名前を考えます」
「そうですか」
「ヒカルが良いと思いますが、一番大事なのは、竜が気に入ることです」
「そうですね」
「竜に、伝えてもらえますか」
「伝えます。手紙を書いて、ラグル族に届けてもらいます」
「届きますか、竜に」
「届けてもらいます。竜のいる山の近くに、ラグル族の仲間がいます。山の入口で待っていてくれれば、竜も来てくれると思います」
「ラグル族が、竜と話せるんですか」
「話せるかどうかは分からないですが、届けることはできます」
「じゃあ、頼みます」
◇
手紙を書いた。
「竜へ。凪です。集落のルナに、名前を聞きました。ヒカルという名前を考えてくれました。生まれたとき光ったから、ヒカルという名前です。そのままの名前で、ルナらしい名前です。気に入れば、使ってください。気に入らなければ、また考えます。凪より。追伸。ルナから一言書かせてください。
竜の子どもへ。私は、ルナといいます。森の集落にいます。あなたのことを、ずっと気にしていました。光ったと聞いて、ヒカルという名前を考えました。気に入ってもらえれば、嬉しいです。いつか会いに行きます。ルナより」
「追伸、書いたんですね」とルナは言った。
「ルナが書きたそうだったので」
「書きたかったです。ありがとうございます」
「読んでいいですか」
「どうぞ」
ルナが、読んだ。
「いつか会いに行きます、と書きましたね」
「書きました」
「会いに行けますか」
「行けると思います。いつかは」
「いつかは、来ますか」
「来ます」とルナは言った。「ヒカルが大きくなった頃に、会いに行きます」
「何年後ですか」
「分からないですが、気になっているから、行きます」
「気になることに向かっていますね」
「そうです」とルナは言った。
手紙を、ラグル族に渡した。
「届けてもらえますか」
ラグル族が、走り始めた。
「届けてくれますね」とルナは言った。
「届けてくれます」
「返事は来ますか」
「来るかどうかは、竜次第ですが」
「来ると思います」
「なぜですか」
「ヒカルが気に入れば、伝えてくれると思います。気に入らなくても、別の名前を考えてほしいと伝えてくれると思います。どちらにしても、来ます」
「そうですね」
「ナギは、竜が気に入ると思いますか」
少し考えた。
「気に入ると思います」
「なぜですか」
「ヒカルという名前は、シンプルです。竜は、シンプルなものを好む気がします」
「どうして分かるんですか」
「会って話したからです。竜の言葉は、短くて、直接的でした。短く、直接的な名前が合うと思います」
「ヒカルは、短いですね」
「短いです。そして、意味が分かりやすい」
「じゃあ、気に入ってくれます」とルナは言った。確信を持って言った。
「そうですね」
◇
夕食の後、ガルが来た。
「竜が生まれた日の話を、聞かせてください」
「聞かせます」
全員で、集まった。
ルナが、記録帳を開いた。
「書きながら聞きます」
「どうぞ」
話した。
山に着いたこと、卵に光りが入ったこと、ひびが広がったこと、生まれたこと、シロに触れたこと、竜の声が震えていたこと、ガレスが来たこと、川が穏やかになったこと。
全部を、話した。
ルナが、書き続けた。
ガルが、聞き続けた。
「竜が声を震わせていたんですね」とガルが言った。
「そうです。百年間待っていたから」
「百年間、待ち続けた。それだけの力が、竜にあったんですね」
「そうです」
「私たちは、何年くらい待てますか」とルナが言った。
「何年待てますか、ルナは」
「分からないですが、待ちたいものがあれば、待てると思います」
「そうですね。待ちたいものがあれば、待てます」
「竜は、子どもを待ちたかったから、百年待てた」
「そうですね」
「私は、ナギが帰ってくることを待ちたいから、待てます」
「そうですね」
「待ちたいものが、力になるんですね」
「そうです」
ルナが、また書いた。
「待ちたいものが、力になる、と書きます」
「書いてください」
「凪さんの言葉として、書きます」
「ルナが気づいたことです」
「ナギが言ったことです」
「一緒に考えたことですね」
「一緒に考えたことです」とルナは言った。「どちらでもいいです。残れば」
「そうですね」
「残れば、誰の言葉でも、大事です」
◇
寝る前に、ルナが言った。
「ナギ、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「竜の子どもは、どんな目をしていましたか」
「どんな目、というのは」
「最初に世界を見たとき、どんな目をしていましたか」
少し考えた。
「不思議そうな目でした」
「不思議そうな目」
「初めて見るものが、たくさんあったから。全部が、新しかったから。全部を、不思議そうに見ていました」
「シロを見たとき、どんな目でしたか」
「首を傾けていました。こんな存在がいるのか、という目でした」
「嬉しそうでしたか」
「嬉しそうでした。怖がっていなかったです」
「良かったです」とルナは言った。
「良かったですね」
「生まれて最初に見るものが、怖いものじゃなくて、良かったです」
「そうですね」
「ルミが最初に見たのも、私の指でした。あのとき、触れてきてくれました」
「ルミも、怖がらなかったですね」
「怖がらなかったです。だから、毎日来てくれています」
「最初の出会いが、大事ですね」
「そうです。最初に怖くなければ、また会いたくなります」
「ヒカルも、シロと最初に会って、良かったですね」
「そうです。シロが、優しくしてくれたから」
シロが、部屋の隅で丸くなっていた。
「シロ、良い最初の出会いを作ってくれましたね」
シロが、耳だけ動かした。
「照れていますか」
シロが、また動かした。
「照れていますね」
ルナが、少し笑った。
「シロが照れているのは、珍しいですね」
「珍しいですね」
「ヒカルに触れたこと、嬉しかったんだと思います」
「そうですね」
「シロも、ヒカルのことが気になっているんですね」
「そうかもしれないですね」
「気になることに向かう、がシロにも広がっていますね」
「広がっていますね」
「全部つながってる」とルナは言った。
今夜も、その言葉で終わった。
でも、今夜は特に、本当のことだった。
百年越しのつながりが、今日できた。
竜と、ルナと、シロと、凪が、名前というものでつながった。
それが、この夜の一番大事なことだった。
八十七話目、書きました。
「ヒカル」という名前。光るから、ヒカル。そのままで、シンプルで、意味がすぐ分かる。ルナが最初に春咲きという名前をつけたときと同じ発想でした。ルナの一貫性が、名前の付け方にも出ていました。
「竜の子どもへ。いつか会いに行きます。ルナより」という追伸。ルナが書いた一言が、竜とルナを直接つないだ場面でした。ルナが集落にいながら、遠くの存在とつながっていこうとしている。
「待ちたいものが力になる」という言葉。竜が百年待てた理由、ルナが凪の帰りを待てる理由が、同じ構造だと気づいた場面でした。
「最初の出会いが、怖くなければ、また会いたくなる」というルナの言葉。ルミとの最初の出会い、ヒカルとシロの最初の出会い、そしてルナと凪の最初の出会いも、怖くなかった。だから続いている。
シロが照れた場面。精霊を驚かせた記録が残っているシロが、今度は竜の子どもに優しく触れた。その変化を、照れという形で表しました。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




