第八十五話「セルドの山で、竜が待っていた」
八十五話目です。
セルドに着きます。ガロン山に向かいます。
百年間、卵を守ってきた竜が、待っていました。
では、どうぞ。
セルドに着いたのは、出発から四日後だった。
都の門をくぐると、オルトが待っていた。
「来てくれましたね」とオルトは言った。
「来ました。卵の状態はどうですか」
「変化が出ています。急いだ方がいいです」
「どんな変化ですか」
「卵が、光り始めました」
「光り始めた」
「そうです。三日前から、卵が内側から光っています。竜が、ずっとそばを離れないです」
「孵化が近いですか」
「近いと思います。デルも、そう言っています」
「デルが、どうして分かるんですか」
「竜の言い伝えを持っていた方ですね。昔の記録に、孵化の前に卵が光る、と書いてあったそうです」
「記録が、役に立っていますね」
「そうです。では、急ぎましょう」
◇
ガロン山への道を、急いだ。
オルトと、護衛二人と、私とシロ。
山の入口まで、半日かかった。
山に入ると、空気が変わった。
「感じますか」とオルトが聞いた。
「感じます。何かが、違います」
「何が違いますか」
「山全体が、静かです。動物の気配が少ないです。山が、息をひそめているような感じです」
「竜が近くにいるからですか」
「そうかもしれないです。竜が強く存在しているとき、周りが静まることがあります」
「それは、怖い意味ですか」
「怖い意味ではないです。大きな存在がいると、周りが感じ取って、静かになることがあります」
「生き物の礼儀みたいなものですか」とオルトは言った。
「そういう言い方が、合っているかもしれないですね」
◇
竜がいた場所に着いた。
前回来たときと、同じ場所だった。
岩が重なった、広い空間だった。
竜が、卵のそばにいた。
前回より、大きく見えた。
いや、大きくなったのではなく、存在が濃くなった感じだった。
「来たか」
竜が、言った。
人間の言葉ではなかった。
でも、意味が分かった。
「来ました」と私は言った。
「待っていた」
「卵が、光っていますね」
「そうだ。もうすぐだ」
「もうすぐ、孵化しますか」
「孵化する。今日か、明日か、分からない。でも、もうすぐだ」
「百年間、守ってきましたね」
竜が、少し動いた。
卵を、より近くに引き寄せるように動いた。
「百年間、待った。これが終われば、また川を穏やかにできる。また、嵐を起こさなくていい」
「嵐を、起こさなくなりますか」
「起こす理由がなくなる。卵を守る必要がなくなる。嵐は、守るためだった」
「そうでしたね」
「お前が来て、卵の場所が安全になった。それから、嵐が減った」
「川が戻ってきていますね、セルドの」
「戻ってきている。それも、お前のおかげだ」
「竜が、水脈を一緒に押してくれたおかげです」
竜が、また少し動いた。
「お前は、いつも誰かのおかげと言う」
「本当のことなので」
「受け取れ」と竜は言った。
「ガレス王と同じことを言いますね」
「ガレスは、正しいことを言う」
「受け取ります」
シロが、卵を見ていた。
「シロも、来ましたよ」
竜が、シロを見た。
「あの小さい獣か」
「シロは、ラグル族です。大きいですよ」
「竜から見れば、小さい」
「そうですね」
シロが、少し背を低くした。
竜の前では、そうなるらしかった。
「怖くないですよ、シロ」
シロが、少しだけ背を戻した。
「怖い」とシロが言えるわけはなかったが、そういう顔をしていた。
◇
オルトが、テントを張った。
「泊まる準備をします」
「泊まるんですか」と私は言った。
「いつ孵化するか分からないので、山で待ちます。ガレス王の指示です」
「ガレス王も来ますか」
「明日、来ます。孵化が近いと分かって、来ることにしたそうです」
「ガレス王が、山に来ますか」
「珍しいことですが、来ます。百年に一度のことだから、と言っていました」
「そうですね」
夜になった。
竜が、卵のそばで眠っていなかった。
ずっと、起きていた。
「眠らないんですか」と竜に聞いた。
「眠れない。もうすぐだから」
「緊張していますか」
「緊張、という言葉が合うかどうか分からないが、落ち着かない」
「そうですね。百年間待ったものが、もうすぐ始まるから」
「始まる」と竜は言った。「終わりが、始まりになる」
「ガルさんと同じことを言いますね」
「ガルというのは」
「集落の長です。終わりと始まりはつながっている、と言っていました」
「そうだな」と竜は言った。「つながっている」
「全部がつながっていますね」
「そうだ」
「竜も、そう思いますか」
「川も、山も、卵も、お前たちも、全部つながっている。だから、卵が孵化すれば、全部が少し変わる」
「全部が、変わるんですか」
「少しずつ、変わる。竜が生まれれば、山の空気が変わる。山の空気が変われば、川が変わる。川が変われば、農地が変わる。全部がつながっているから、一つが変われば、全部が少し変わる」
「そうですね」
「お前が来たときも、そうだった」
「私が来たとき、ですか」
「お前が来て、竜の事情を聞いてくれた。卵を助けてくれた。それで、嵐が減った。川が戻った。農地が良くなった。全部がつながって、変わった」
「ありがとうございます」
「お前が、礼を言う必要はない。つながっていることが、理由だ。お前が来なくても、いつかは変わっていたかもしれない。ただ、お前が来たから、早く変わった」
「そうですね」
竜が、卵を見た。
「この子が生まれれば、また変わる。今度は、もっと大きく」
「どのくらい大きく変わりますか」
「分からない。でも、新しい竜が生まれれば、山に新しい力が来る。その力が、どう広がるか」
「楽しみですね」
「そうだな」と竜は言った。「百年間、楽しみにしていた」
◇
夜中、卵の光が強くなった。
「光が強くなっています」
「そうだ」と竜は言った。「もうすぐだ」
「今夜ですか」
「今夜かもしれない」
オルトが、起きてきた。
「光が強くなりましたね」
「そうです」
「記録します」とオルトは言った。記録帳を出した。
「夜中に、書けますか」
「小さな明かりがあります。ミアさんのやり方を真似しました」
「オルトさんも、記録するようになったんですね」
「ガレスに言われました。大事な場面は、残しておけ、と」
「ガレス王が、そう言ったんですか」
「そうです。凪さんの話を聞いてから、記録の大切さを、ガレスが言うようになりました。影響が、ガレスにも来ています」
「全部つながっていますね」
「つながっていますね」
シロが、卵を見ていた。
眠らなかった。
「シロ、眠れますか」
シロが、首を振った。
眠れない、という意味だった。
「気になっていますか」
また首を振った。
「眠れないのは、気になっているからですか」
シロが、卵を向いた。
気になっている、という顔だった。
「竜も、私も、シロも、眠れない夜ですね」
竜が、少し動いた。
卵が、また光を強くした。
「また強くなりました」
「そうだ」と竜は言った。「来る」
「今ですか」
「もうすぐだ」
オルトが、書き続けた。
卵の光が、さらに強くなった。
岩の影に、光が届いた。
夜の山が、昼のように明るくなっていった。
「明るいですね」
「百年分の光だ」と竜は言った。
「百年分」
「百年間、この卵が持っていた力が、外に出ようとしている」
「そうですか」
「もうすぐ、出てくる」
光が、最大になった。
山全体が、光った。
シロが、目を細めた。
私も、目を細めた。
オルトが、片手で顔を覆いながら、もう片手で書き続けた。
竜が、卵に鼻を当てた。
光の中で、竜が静かにしていた。
百年間、そこにいた竜が、静かにしていた。
何かが、割れる音がした。
小さな音だった。
でも、山全体に響いた。
八十五話目、書きました。
卵が割れる音で、終わりにしました。次話で、生まれる場面を書きます。この話は、その前夜と前の瞬間の話でした。
「竜から見れば、シロは小さい」という場面。シロが背を低くした。普段は堂々としているシロが、竜の前では少し小さくなった。竜の大きさが、シロの反応で伝わりました。
竜の「全部がつながっている」という言葉。山の精霊でも、岩人でも、竜でも、同じことを感じ取っている。凪だけが言う言葉ではなく、自然の中にいるものが共通して感じていることだった。
「オルトも記録するようになった」という場面。ガレスが「大事な場面は残しておけ」と言うようになった。記録の文化が、セルドにも広がっていた。
「百年分の光」という竜の言葉。百年間、卵が持っていた力が外に出ようとしている。長い時間が、一瞬で形になる場面への準備でした。
オルトが「片手で顔を覆いながら、もう片手で書き続けた」場面。記録係の本能が出た場面でした。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




