第八十四話「気になることは、意外なところから来た」
八十四話目です。
第五部の動きが始まります。気になることが、どこから来たか。
今回は、遠くからではなく、意外と近くから来ました。
では、どうぞ。
毎朝、ルナと一緒に集落を歩いた。
ルナが感じ取り、私が確認する。
そういう朝が続いていた。
「今日は、南側の水の流れが少し速い気がします」とルナが言った。
手を当てた。
「そうですね。昨日より少し速いです。雨の影響かもしれないですね」
「問題ですか」
「問題ではないですが、確認した方がいいです」
「どこを確認しますか」
「南の沢の入口を見てきます。何かが詰まっていると、流れが変わることがあります」
「一緒に行きます」とルナは言った。
「どうぞ」
◇
南の沢に向かった。
ルナとシロと一緒だった。
沢の入口に着いた。
見た。
「木の枝が、落ちていますね」
枝が、沢をまたぐように落ちていた。
太い枝だった。
「これが原因ですか」とルナが聞いた。
「これが詰まりを作っていますね。水が、この枝の周りを迂回しているので、流れが少し変わっています」
「動かせますか」
「動かせます。ただし、一人では重いです」
「私も手伝います」
「ルナが手伝ってくれますか」
「手伝います。二人でやりましょう」
二人で、枝を持った。
重かった。
「せーので、向こうに動かします。せー」
「の」とルナが言った。
枝が、少し動いた。
「もう一度。せー」
「の」
また動いた。
「もう一度。せー」
「の」
枝が、沢の外に出た。
水が、元の流れに戻った。
「戻りましたね」
「戻りました」とルナは言った。息が少し上がっていた。「こういうことも、やるんですね」
「気になることは、大きいことも小さいことも、あります」
「枝を動かすのも、岩を動かすのも、同じですね」
「同じです。大きさが違うだけです」
「なんか、そう考えると、難しくないですね」
「そうですね」
ルナが、沢を見た。
「水が、また元気になりましたね」
「そうですね」
「感じ取ったから、気づけました」
「そうです。感じ取らなければ、気づかなかったかもしれないです」
「毎朝やっていて、良かったです」
「そうですね」
◇
集落に戻った昼過ぎ、ガルが来た。
「凪様、手紙が来ました」
「どこからですか」
「アルドからです。カナ様からです」
「カナさんから」
「そうです。ミア様からの追伸もあります」
受け取って、開いた。
「凪さんへ。カナです。アルドに戻りました。国際調査の記録まとめが、始まっています。ベルクさんと一緒に動いています。それと、一つ報告があります。エン山の採掘が、先月から始まりました。場所は、北西の斜面です。条件付きで認可した場所です。今のところ、農地への影響は出ていないです。水脈の変化は、記録を続けて確認しています。定期的に報告します。もう一つ。ダロさんが、鉱山局の中で少し立場が良くなってきています。内部から変えようとしているようです。頑張っているみたいです。また手紙を書きます。カナより」
「追伸もありますか」とガルが言った。
「追伸があります」
読んだ。
「凪さんへ。ミアです。精霊の記録帳、ルナさんが続けてくれているか、気になっています。続けてくれていれば、嬉しいです。私は、国際調査の記録をまとめながら、別の記録帳を作り始めました。今まで凪さんが動いてきた場所の記録を、まとめたいと思っています。森の集落から始まって、ゴルの山、セルド、アルド、エルド。全部の場所の変化を、一つの記録帳にまとめます。凪さんが動いたことが、全部つながって見えるようにしたいです。ミアより」
「ミアさんが、全部の記録をまとめているんですね」とガルは言った。
「そうです。全部の場所の変化を、一つにまとめたいそうです」
「残りますね、全部が」
「残ります」
ルナが、横で聞いていた。
「ミアさんらしいですね」
「そうですね」
「私の精霊の記録帳も、いつかそこに入れてもらえますか」
「入れてもらえると思います。ミアさんに、手紙で伝えましょう」
「書きます」とルナは言った。すぐに言った。
◇
その夜、ベルクから別の手紙が届いた。
カナの手紙と同じラグル族が、両方持ってきていたらしかった。
「凪へ。ベルクだ。エン山採掘が始まった。条件通りの場所で、今のところ問題ない。カナが監視を続けている。それと、一つ別件がある。セルドのガレス王から連絡が来た。竜の卵が、そろそろ孵化するかもしれないとのことだ。オルトが観察していて、変化が出ているらしい。ガレスが、お前に知らせてほしいと言っていた。お前が来られるなら、来てほしいそうだ。私からは、無理にとは言わない。ただ、知らせる。ベルクより」
「竜の卵が、孵化するかもしれない」
シロが、私を見た。
「セルドの竜の卵です。百年間、守られていた卵です」
シロが尻尾を振った。
「気になりますね」
また振った。
「気になります」
シロが、もっと振った。
「行きたいですか、シロも」
シロが、腰を低くした。
乗れ、という姿勢だった。
「今夜は、まだ出発しないですよ」
シロが立ち上がった。
分かった、という顔だった。
でも、まだ期待している目をしていた。
◇
ルナに、手紙の内容を話した。
「竜の卵が孵化するかもしれないのですか」とルナは言った。
「そうです」
「見てみたいです」
「そうですね」
「ナギは、行きますか」
「気になります」
「言い切りましたね、気になります、と」
「気になることは、言い切れます」
「じゃあ、行くんですね」
「行くと思います。ただ、いつ孵化するか分からないです。早いかもしれないし、遅いかもしれないです」
「いつ出発しますか」
「できるだけ早く行きたいです。孵化の瞬間を、見たいので」
「孵化の瞬間を見たいんですか」
「見たいです。百年間、守られていた卵が、孵化する瞬間は、一度しかないです」
「一度しかない、か」とルナは言った。「だから、気になるんですね」
「そうです」
「じゃあ、行ってください。早く」
「ルナは、怒らないんですか」
「怒らないです。竜の卵が孵化する瞬間を、逃してほしくないから」
「ありがとうございます」
「でも、石を渡してから行ってください」
「渡してください」
ルナが、ゴルの石を出した。
重くて、硬い石だった。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「帰ってきたら、全部話してください」
「話します」
「竜が生まれる瞬間を、ちゃんと見てきてください」
「見てきます」
「言い切りましたね」
「見てきます、それは言い切れます」
ルナが、少し笑った。
「分かりました。行ってきてください」
◇
出発は、翌朝にした。
夜、ガルと話した。
「セルドに行きます」
「竜の卵のことですか」
「そうです」
「孵化が、近いんですか」
「近いかもしれないです。ただ、竜の卵が孵化するのに、どのくらいかかるか、誰も知らないです」
「百年間、守られてきた卵ですね」
「そうです。百年前に産まれて、百年間、竜が守ってきた」
「孵化すれば、百年越しのことが、一つ終わります」
「そうですね」
「でも、終わりは始まりでもあります」とガルは言った。
「そうですね。生まれれば、また新しい命が始まります」
「集落も、そうでした」とガルは言った。「凪様が来て、一度終わりかけていたものが、また始まりました。終わりと始まりは、つながっています」
「そうですね」
「竜も、きっとそうです」
「そうだといいですね」
「凪様、気をつけていってください」
「気をつけます」
「集落は、任せてください」
「お願いします」
「ルナが、感じ取ってくれます。私が、記録します。クロとキョロが、見回ります」
「全員で、守ってくれますね」
「守ります」とガルは言った。「凪様が帰ってくる場所を、守ります」
「ありがとうございます」
「礼はいいです。これが、私の気になることなので」
「ガルさんも、気になることに向かっていますね」
「凪様から、うつりました」とガルは言った。静かに言った。
◇
翌朝、出発した。
ルナが、入口で待っていた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「竜が生まれたら、名前をつけてきてください」
「名前を、ですか」
「ルミに、私が名前をつけたみたいに。竜にも、名前があった方がいいと思います」
「竜に、名前をつけてくれますか」
「私がつけたら、おかしいですか」
「おかしくないですが、竜の親が決めることかもしれないです」
「じゃあ、親の竜に、提案してきてください。ルナが名前を考えているから、と」
「考えているんですか」
「考えます。帰ってくるまでに、考えておきます」
「分かりました。親の竜に、伝えます」
「よし」とルナは言った。
シロが、先を歩いていた。
「急いでいますね、シロが」
「竜が生まれる瞬間を、シロも見たいんだと思います」
「シロも、気になっているんですね」
「そうです」
「全員、気になることに向かっています」とルナは言った。
「そうですね」
「行ってきてください」
「行ってきます」
「早く帰ってきてください」
「帰ります」
「条件なし」
「条件なしで、帰ります」
ルナが、手を振った。
今日は、少し大きく振った。
「竜が生まれる日だから、大きく振りましたか」
「そうです。特別な日には、大きく振ります」
「そうですか」
「行ってきてください」
「行ってきます」
シロが、もっと速くなった。
「シロ、急ぎますね」
シロが振り返らなかった。
「分かりました、急ぎましょう」
セルドへの道を、走り始めた。
竜の卵が、百年ぶりに孵化するかもしれない。
その瞬間を見に行く。
「気になりますね」と空に向かって言った。
シロが尻尾を振った。
「急ぎましょう」
また振った。
「一緒に、急ぎましょう」
春から夏、夏から秋へ。
季節が変わっていた。
でも、気になることがある限り、動き続けた。
それだけだった。
八十四話目、書きました。
「気になることが、意外と近くから来た」というタイトルの通り、枝が沢を詰まらせていた、という小さな問題から始まりました。岩を動かすのも、枝を動かすのも、大きさが違うだけで同じこと。ルナがそれを言った場面が、この話の序盤の核でした。
ミアが「全部の場所の変化を一つの記録帳にまとめたい」と書いてきた場面。凪が動いてきた全部の場所が、一つの記録帳で見えるようになる。これは、この物語全体の地図になる記録です。
ベルクからの手紙で、竜の卵の孵化が近いという知らせ。第二部で竜に会って、卵を助けた。その卵が孵化する。第二部のことが、第五部で実を結ぶ形になります。
「ルミに名前をつけたみたいに、竜にも名前を考えておく」というルナの申し出。ルナが、自分から関わろうとしている。集落にいながら、遠くの出来事にも関わっていこうとする姿が、ルナの成長でした。
「特別な日には、大きく振ります」というルナの見送り。小さな日と特別な日を、ちゃんと区別しているルナでした。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




