第74話 約束の結末
クオンとレオナに引き継ぎを済ませ、公設奴隷市場を後にした。
これから世界樹へと向かう訳だが、飛竜が飛べなくなる夕方まであと2時間程度あるため、私はエルフ社会の責任者として為すべきことの1つ――領都レスターで救出された同胞たちの見舞いをすることにした。
救出されたエルフたちは、公設奴隷市場の隣にある公衆浴場に集められており、そこで必要な治療を受けている。
治療が終わった者から順次、飛竜や一角獣でエルフの森へと帰還させる。
しかし、その数は膨大で、おそらく全員を帰還させるのには早くても数か月を要するだろう。
人族たちに囚われていたエルフたちは、当然のことながらエルフ社会に起きた変化を知らないため、総裁である私が見舞いに訪れて声をかけても、ポカンとした顔で曖昧に頷くのみだ。
しかし、その顔には故郷に帰れる嬉しさが滲み出ており、その顔を見られただけでも私は非常に嬉しかった。
そのまま数十人のエルフたちと抱擁や握手を交わした後、私は最後に公衆浴場の隣にある建物に入った。
「―――っ!!総裁閣下!」
「こ、このような所にまで!?」
その建物を見張っている兵士が私に気がつき、一斉に敬礼をした。
そんな兵士たちに敬礼を返しつつ、口を開く。
「まだ戦闘の疲れも貯まっている中、警備の任に就いてくれて助かる。だが、“このようなところ”という言葉は聞き捨てならないな。私に気を遣ったのだろうが、ここは総裁である私が必ず訪れなければならない場所だ。」
「し、失礼いたしました……!」
恐縮する兵士たちに無言で目を合わせ、建物の扉を開けてもらった。
すると、そこには多くのエルフたちが横たわっていた。
「領都レスター内で発見された、エルフたちの遺体です。現在のところ、合計で256名ございます。」
「―――そうか」
私は一度目を瞑ってから、その建物――遺体収容所に入った。
ここには、色々な遺体がある。
その多くは、エリクサーの材料として人族に殺された者たちだが、先の領都レスターの戦闘に巻き込まれた者たちもいる。
私たちが、領都レスターの占領と引き換えに奪ってしまった、同胞たちの命だ。
全軍の責任者である私は、その事実から目を反らしてはならない――反らすことは許されない。
私は、その事実を胸に、時間の許す限り1人1人の遺体に跪いて、彼ら彼女らの魂が無事に導かれるよう、世界樹に祈りを捧げた。
そして、次の遺体に目を向けた時、彼女の姿が目に入った。
それは、顔に大きな火傷跡のある女性エルフだった。
私は、その女性エルフと、過去に直接会ったことがある。
「―――ミレイ殿」
それは、今から約40年前、私とリヴィアが領都レスターに潜入した時に奴隷市場で対面した、ハイライン氏族の女性だった。
名前は、ミレイ=アルル・ハイライン。
約40年前、私が領都レスターに置き去りにした女性だ。
自然と、彼女と別れる時に交わした会話が脳裏に蘇る。
『―――50年……いや、40年です。』
『今から40年後、私は力を付けて、再びこの街にやって来ます。もし、その時にあなたがまだこの街にいたら、今度こそお助けしましょう。』
私は、ミレイ殿の遺体の側に膝を付き、その顔を覗き込んだ。
あの時は目隠しをしていて分からなかったが、このような顔をしていたのだな。
後ろから、見張りの兵士が声をかけてくる。
「その女性は、その……我々が領都レスターを占領する直前まで生存していたようです。しかし、襲撃の混乱に乗じて逃げ出すことを恐れた主人が、せめてエリクサーの材料として心臓だけでも持ち出そうと、その命を奪ったとの報告が……共に囚われていたエルフから上がっています。」
「…………そうか」
あと、少しだったのか。
あと少し。あと数時間で、ミレイ殿は生きて故郷に帰れたのだな。
私は、事切れて目を見開いたままでいるミレイ殿の顔に手を当てて、その目蓋を閉じた。
「私は、約束を守ることができなかったよ。無様なものだ。」
「―――総裁……閣下……?」
私の様子がおかしいことに戸惑ったのだろう。兵士が動揺する。
これ以上、心配をかけてはいけないな。
「いや、何でもない。どうか、彼女のことは手厚く弔ってあげてほしい。」
「……もちろんです。必ず、世界樹の御元にお送りいたします。」
任せたぞ、と声をかけて、私は建物の外に出た。
私はこれから、サリアに騎乗して世界樹へと直行し、為すべきことを為さなければならない。
もう、後戻りはできないのだ。
犠牲となった全ての同胞たちのためにも。
そして、これから犠牲となるエルフたちを、少しでも減らすために。
私は、領都レスターの外で待っていたリヴィアたち警備隊と合流し、サリアに騎乗して領都レスターを後にした。
人族から奪還した世界樹へと向かうために。




