第73話 引き継ぎ
領都レスターの商工会議所で人族たちと降伏交渉――いや、人族たちに要求を飲ませた後、私は陸将のクオンと、副将のレオナの2名を呼び出した。
場所は、陸軍が占領軍の指揮所として占拠している、公設奴隷市場の所長室である。
今から40年前、リヴィアと一緒に潜入した建物だ。
「あの程度で音を上げるようなら、クオンに任せておいても良かったかもな。」
私は、目の前の応接椅子に向かい合わせで座るクオンに話しかけた。
「いえ、人族はどうやら男性社会のようですからね。女性の私では迫力不足だったでしょう。」
そうか……?
クオンが怒った時の笑顔は、中々に鬼気迫るものがあると思うが……。
とは言え、それを正直に伝えて、その鬼気迫る笑顔とやらをこの場で引き出すのは避けたいため、私は早々に実務の話をすることにした。
「知っての通り、ここから1週間、遅くても2週間が運命の分かれ目となる。私は今すぐに世界樹に向かい、例の準備を進めなければならない。」
「ええ、十分に存じ上げております。」
クオンは頷きを返す。
「コーディ殿はああ言ったものの、あの場にいなかった人族たちの中には、必ずや強制退去に抵抗する者が現れる。騎士や兵士の中には、あえて住民への説得に手を抜く場合もあるだろうしな。」
「容易に想像できますね。特に、この都市に既得権益を持つ人物の場合は。」
命あっての物種と言うが、嘆かわしいことに、人間の中には命よりも財産を優先する者も存在する。
そういう者たちには、強制的に街から出ていってもらう必要があるだろう。
「それと、レオナ。」
「―――は、はいっ!総裁閣下っ!!」
私は、クオンの隣に座る陸軍副将のレオナに話しかける。
レオナはすっかり緊張した様子で、冷や汗を流していた。
心無しか、目に渦が巻いている気さえする。
レオナはクオンの妹なだけあって優秀なのだが、何というか……私を過剰に神格視し過ぎている感じがする。
副将という立場なだけあって、これまで何度も顔を合わせているが、その度に過剰な反応が返ってくるのだ。
とは言え、一度現場に出れば、その働きぶりは申し分ないことを知っている。
「――いいか、レオナ。クオンを補佐し、強制的にでも人族を退去させるのだぞ。必要であれば、風魔法の行使も躊躇うな。これにはもちろん、人族たちの説得に当たる騎士や兵士たちの尻を蹴り飛ばす意味も含まれる。」
「ぞ、存じ上げております!総裁閣下!必ずやリヒトさまのお役に立ち、1週間以内に人族たちを領都レスターから排除して見せますっ!!」
いや、補佐するのは私ではなく、クオンなのだが……。
チラリと横を見ると、そんな妹の様子を面白そうな顔で観察しているクオンと目が合った。
まあ、この姉妹はこれでもしっかり者だ。
時間も無いし、領都レスターのことはクオンとレオナに任せるとしよう。
「それから、クオン。領都レスターの防衛施設の復旧と並行して、近郊に飛竜用の飛行場を建設してくれ。建築資材は領都レスターに残った家を解体して再利用して構わない。どうせ、我らエルフの人口では、建物全てを使うことはないからな。」
「承知いたしました。工期はどれほどを?」
領都レスターは、今後ローレシア王国に対峙する際の前線基地となる。
これから実行するとある作戦により、王国側は最低でも半年、下手したら数年は動けなくなるだろうが、それでも完成は早ければ早いほどよい。
「1か月で頼む。いつも無理を言ってすまないな。」
「問題ございません。風力自動車と風魔法を駆使すれば可能かと。」
風力自動車の良いところは、内燃機関を搭載した自動車と比べると格段にシンプルな構造をしており、軽量で部品点数も少ない。
そのため、分解して飛竜で運搬することが可能であり、今もウルスタインから運び入れた風力自動車を組み立てている真っ最中である。
風力自動車は馬や牛と違って疲れることが無く、飼料も必要ないため、風魔法を行使するエルフさえ交代すれば24時間稼働させることができる。
しかも、風魔法が使えないと利用できないため、人族側に鹵獲されても心配が要らないというオマケ付きだ。
この風力自動車がもたらす圧倒的な生産性と運搬性能により、我々エルフは人族が決して真似できない施工能力や輸送能力を実現することができる。
それは工事に限らず、農作業や兵站の補給能力についても同様である。
――と、そこまで考えたところで、私はちょっとした悪戯を思い付いた。
「レオナ」
「はっ!何でしょうか、総裁閣下!」
私は、レオナへの頼み事を口にする。
「この領都レスターだが、我々エルフの拠点となる以上、改名を予定している。新しい都市の名称はレオナ、君に一任する。」
「な、な、な―――!!」
レオナは目を白黒させた。
「我々エルフが、初めて獲得した人族の都市だ。歴史に名前が残るぞ。」
「あ、あわわ…………!」
レオナは顔を赤くしたり、青くしたりと忙しい。
すかさず、姉のクオンが助けに――いや、追撃にかかる。
「あら、レオナ。良かったじゃない!お姉ちゃん誇らしいわ。憧れのリヒトさまに褒めて貰えるよう、しっかりと考えないとね!」
「―――ふしゅ」
クオンは、とうとう頭から湯気が昇りそうな勢いで真っ赤になった後、顔を隠すように俯いた。
その様子を見て、私とクオンは互いに顔を見合わせて、初心な反応を示すクオンを笑顔で見守るのであった。




