第72話 退去要求
「この領都レスターに住む、軍民問わない全ての人族に対して、1週間以内の完全退去を求めます。この条件が飲めない場合、我々は人族たちを強制的に排除することになります。」
私が2つ目の要求を口にすると、会議室内は静まり返った。
だが、すぐに劇的な反応が返ってくる。
「ば、馬鹿なことをっ!?」
「完全退去など、できる訳がないだろうっ!」
「しかも、たった1週間で!!」
人族たちの発言はどれもバラバラではあるが、全員が同じ意見に集約される。
――到底、飲める条件ではない、と。
まあ、無理もない。
私も正直、かなり無茶な要求をしているという自覚がある。
占領地の住民を強制移住させることは、私の前世においても、まだ国際法で禁じられてこそいなかったが、非人道的な行為という認識が一般的であった。
おそらく、この世界においてもそれは同様だろう。
しかし、この領都レスターは、エルフの森に最も近い都市として、地政学上の価値が極めて高い。
即ち、エルフの森に対する最終防衛ラインとして、そしてローレシア王国に対する橋頭堡としての役割である。
そんな重要拠点に、人族を野放しにしておく訳にはいかない。
何としても、エルフ側が完全に占領する必要がある。
「失礼ながら、私は代表者であるコーディ殿にお尋ねしています。いかがですか?コーディ殿。」
私は、周囲で騒ぐ人族たちを無視して、目の前のコーディ殿に目を向ける。
すると、コーディ殿は口を開いた。
「リヒト閣下。周りの者たちが言うように、それは無茶な要求です。住人たちが保有している家や土地はどうなるのですか?」
それに対して、私は間髪入れずに答える。
「当然、我々エルフ側が接収します。ただし、我々も鬼ではありません。自発的な退去を促す意味でも、奴隷のエルフを除いた私有財産の持ち出しは認めます。」
「そういう問題では……!」
コーディ殿が反論しようとするが、私はそれを遮るように言葉を重ねた。
「忘れないでいただきたい。」
コーディ殿は押し黙る。
「貴方がた領都レスターは、我々に戦争で敗北したのです。生殺与奪の権利は我々にあります。もし、我々の要求を拒むのであれば、仕方ありません。戦争を再開し、領都レスターの全てを灰にするまでです。」
「そ、それは……!」
コーディ殿は、私の強気な態度に冷や汗を流した。
だが、その時――
「ふざけるなよ!“長耳”風情がっ!!」
コーディ殿の3つ隣に座る人族――格好からして騎士と思われる男が立ち上がり、私を指さした。
「―――失礼ながら、長耳とは私のことでしょうか?」
明らかにエルフに対する蔑称だろうが、念のために確認を取る。
「ああ、その通りだよ!総裁だか何だか知らないが、数か月もすればローレシア王国軍がこの都市を奪いにやってくる!生殺与奪の権利を握られているのはお前たちの方だ!!」
なるほどな。
まあ、彼の言うことはもっともだ。
領都レスターは辺境とは言え、ローレシア王国における主要都市の1つ。
王国側のメンツにかけても、そのまま放置することはあり得ない。
おそらく、エルフ狩りを兼ねて大規模な軍隊を編成して奪還に動き出すはずだ。
もちろん、ローレシア王国が通常どおり機能していればの話だが。
「なるほど、一理ありますね。」
私は、立ち上がった男に顔を向ける。
「しかし、もしそのような自信があるのであれば、なおさら今だけでも都市を明け渡してみてはいかがでしょうか?どうせ数か月後には、奪還して元通りになるのでしょう。」
そのように伝えると、男は激昂した様子で前のめりになった。
「ふざけるな!お前たち長耳どもが汚した都市に戻れるものか!この“神を持たない民”たちめ!!」
その男の様子を見て、リヴィアたち警備隊のエルフが立ち上がろうとするが、私は無言で手を挙げてそれを制した。
どうやら、この男は熱心な光の女神の信徒らしい。
“神を持たない民”とは、人族が我々エルフを蔑視する際に用いる言葉だ。
男はよほど頭に血が昇ったのか、そのまま机を乗り越えかねない勢いで上半身を近づけてきた。
私は、そんな彼を冷静に見つめた後、古代エルフ語で世界樹に呼びかけた。
『ラー・エリス・ル・クロースレー (世界樹の風よ、目の前の物を切らせ給え)』
すぐさま風魔法が発動し、激昂する男の《《右耳》》を根元から切断した。
「―――は?何を……って、い、痛っづゔゔゔぅぅぅ……!?」
男は切断された右耳を両手で押さえ、床に蹲った。
ボタボタと床に赤い染みができる。
「おっと、お気に召しませんでしたか?どうやら、長い耳がお嫌いのようでしたので、短くして差し上げました。」
そんな私の言葉が聞こえないのか、男は荒い呼吸をしながら体を震わせている。
私は、仲間の身に突然訪れた暴力に対して、唖然とした顔で固まっている人族たちに告げた。
「忘れているようなので言っておきます。この室内には武器の持ち込みは禁じられていますが、そもそも我々エルフには武器など必要ありません。」
目の前のコーディ殿が恐る恐るといった形で、耳を抑えて蹲る男から、私に視線を移した。
「我々は、存在自体が武器なのです。つまり、我々にとって、この部屋にいる貴方がた全員の命を奪うことなど造作もありません。」
人族たちは、お互いに非武装だと勘違いしているようだが、それは大きな誤解だ。
この部屋にいるエルフは全員が風魔法の熟練者であり、つまりは完全武装状態にある。
私は最初から、彼らと交渉するつもりなど無かった。
我々は、ただ彼らの命を握り、命じるだけだ。
「それとも、コーディ殿――」
私の呼びかけに、コーディ殿の顔が青ざめる。
そして、私が立ち上がると、室内にいる他のエルフたち全員が立ち上がり、感情の籠もらない瞳で人族たちを見つめた。
「――この場にいる貴方がたの内、半分程度の首を落とせば、ご納得いただけますか?」
そんな私の言葉に、コーディ殿は腰を抜かしたように椅子から崩れ落ちると、絞り出すように言葉を発した。
「―――条件を……受け入れます。どうか……命だけは……ご勘弁を……」
こうして、領都レスターにおける降伏交渉は、わずか30分で終了することになった。




