第71話 降伏交渉
「私の名前は、リヒト=ローネル・アドランシェ。エルフ社会の全てを統括する総裁にして、エルフの全軍を掌握する総司令官です。人族の皆さま――どうぞ、末永くよろしくお願いします。」
私は、目の前に立ち尽くす人族の代表者へと大陸共通語で名乗った。
事前の報告によると、彼の名前はコーディ・オルコット。
領都レスターにおける騎士団の第2騎士隊長を務めている人物だ。
この領都レスターにおける本来の代表者は、もちろんマーシャル辺境伯になるが、彼は一昨日の奇襲にて既に死亡している。
そして、辺境伯の嫡男、騎士団長、副騎士団長も同じであり、彼は急ごしらえで用意された代表者ということになる。
少々気の毒ではあるが、遠慮は一切しない。
「………………」
「おや、私の大陸共通語は拙かったですか?そこにいるクオンと同じくらいには、使いこなしているつもりでしたが?」
私は、いつまでたっても返事をしないコーディ殿に対して話しかけた。
すると、彼は我に返り、慌てたように口を開いた。
「―――っ!失礼しました!リヒト閣下!私は、現在この領都レスターの代表者代理を務めている、第2騎士隊長のコーディ・オルコットと申します。」
「これはご丁寧にありがとうございます、コーディ殿。」
しかし、彼は私に対して名乗ったは良いものの、そのまま固まってしまった。
数秒間、沈黙が流れる。
「―――座っても?」
「―――っ!もちろんです!どうぞ、お座りください。」
彼はやはりこういった場に慣れていないのか、あるいは本来の職責に見合わない重責に押し潰されているのか、どうも心ここに有らずといった様子だった。
「では、失礼します。」
私が着席すると、クオンを始めとした陸軍の幹部や、ウルスタインから呼び寄せた事務官も両側に着席した。
ちなみに、クオンの妹であるレオナ副将については、クオンに代わって領都レスターの占領軍の指揮を執るため、この場にはいない。
そして、私の後ろに総裁警備隊長であるリヴィアが立ち、その横に警備隊員たちが並んだ。
私たちエルフ側が着席した後、コーディ殿をはじめとした人族側もゆっくりと着席する。
「リヒト閣下は、その――ずいぶんとお若いのですね。」
目の前に座ったコーディ殿が話しかけてくる。
人族は年功序列の傾向が強いので、エルフの中でも極めて若い私が代表者だというのが信じられないのだろう。
最も、それを言うならば、この場にいるエルフのほぼ全員がそうだが。
エルフは成人後、500歳くらいまでは見た目にほとんど差がないためだ。
「そうですね。と言っても、年齢はもう60歳を超えています。エルフとしては若いですが、人生経験はそれなりに積んでいます。」
実際のところは、前世の年齢も合わせると90歳くらいになる。
「そ、そうでしたか……。それは何というか、羨ましい話です。」
コーディ殿は面食らったような顔をして呟いた。
よく見ると、周りの騎士たちも同様の反応をしている。
やはり、エルフの長寿は人族にとっては魅力的に映るのだろう。
通常であれば、交渉前の前座として、このままコーディ殿と世間話を続けても良いのだが、今の我々は時間が何よりも惜しい。
さっさと本題を切り出して、この領都レスターに関する作戦に終止符を打つとしよう。
「それでコーディ殿。早速ですが、降伏にあたって、我々が領都レスター側に要求することをお伝えします。」
「―――お聞きしましょう……」
コーディ殿は、私がいきなり本題に入ったことでまたしても動揺を見せるが、さすがに覚悟はしていたのか、すぐに落ち着きを取り戻して背筋を伸ばした。
「ありがとうございます。それではお伝えしましょう。」
その場にいる人族たちは、私がどんな要求を口にするのか固唾を飲んで見守っている。
私は、そんな彼らをゆっくりと見回した上で、要求を伝えた。
「我々からの要求は2つです。1つ目は、領都レスター内にいる我々の同胞――エルフを全て解放していただきます。」
1つ目の要求は、ある意味で当たり前の内容であり、人族側も十分に予想していた内容なのか、顕著な反応は無かった。
もちろん、既にクオンとレオナ率いる占領軍が大多数のエルフを救出済みだが、それでも民間を中心として、まだ密かに囚われているエルフがいるはずだ。
彼ら、彼女らを何としても救う必要がある。
「そして、2つ目は――」
私の言葉に、その場にいる人族たちの目が集まる。
そんな彼らの目を見据えながら、私は2つ目の要求を口にした。
「この領都レスターに住む、軍民問わない全ての人族に対して、1週間以内の完全退去を求めます。この条件が飲めない場合、我々は人族たちを強制的に排除することになります。」




