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バタフライエフェクト  作者: シッピー&樽
【小学四年生】 立志編
8/10

多球練習【挿絵あり】

 翌週の火曜日。


 学校を終えたモルフォは、母に送ってもらい、青葉けやき卓球クラブへやってきた。


 モルフォが練習に来るのは、基本的に火曜、木曜、土曜の週三回。


 学校が終わってから母に送ってもらう平日の二日と、時間に余裕のある土曜日だ。


 一方、山形から通っている里緒(りお)は、土曜と都合のつく日曜を中心に週二回ほど。そのため二人が顔を合わせるのは、ほとんど土曜日だった。


 火曜日の今日は、里緒の姿はない。


 練習着に着替えたモルフォは、ラケットを手に練習場へ入った。


 前回、母の許可をもらって張り替えた新しいラバーを、早く使いたくて仕方がない。


「モルフォちゃん、今日は多球練習をするわよ」


「たきゅう?」


 天馬(てんま)の前には、大量の白い球が入った籠が置かれていた。


「土曜日に最初にやったやつよ。あの時は少しだけだったけど、今回はもっと多いわよ」


「もっと……?」


「そう。じゃあ、改めて説明するわね」


 天馬が一球を手に取る。


「普通の練習は、打った球を相手が返して、それをまた打つでしょう? 多球練習は、こうして用意した球を人や機械が次々に出していくの」


「土曜日に、里緒ちゃんがやっていたやつですか?」


「そう。里緒ちゃんは球出し機を使ってたけど、今日はアタシが出すわ」


 天馬が籠の中の球を示す。


「同じ場所へ続けて出したり、左右に振ったりできるから、フォームや足の動きを繰り返し練習するのに向いてるの。今のモルフォちゃんにはちょうどいいわ」


 前回決めたプレースタイル。


 台の近くで、早い打点を狙う前陣カウンター型。


 一球だけなら、それらしい打ち方ができることもあった。けれど、試合では一球打って終わりではない。


「今日はフォアとバックを交互に出すわ。打ったら戻る。次の球が来る前に、また動ける状態にしておくこと」


「はい」


「それと――」


 天馬が視線を横へ向けた。


 少し離れたところで、光輝がタブレットを構えている。


「光輝には撮影してもらうから、あとで自分の動きも見てみましょ」


 光輝がタブレットを軽く掲げた。


 モルフォも頷き、台の前へ立つ。


「最初は三十球ね」


「三十球……」


「そんなに身構えなくても大丈夫よ。いくわよ」


 天馬が一球目を送った。


 一球目はフォア側。モルフォは足を動かし、バウンドして間もない球を打ち返す。


 すぐに二球目がバック側へ来た。身体の前でラケットを振って返すと、三球目はフォア、四球目はまたバック。


 パァン、パァン、と一定の間隔で打球音が続く。


 最初の十球ほどは、思っていたよりも動けた。


 打つ。戻る。また動く。


「そう。その位置を保って!」


「はい!」


 十二球、十三球、十四球。


 少しずつ呼吸が速くなる。それでも、まだ足は動いていた。


 十七球目。バックを返した直後、すぐにフォアへ球が来る。


「あっ」


 一歩目が遅れた。


 身体から離れたところでラケットを振り、球が台の外へ飛ぶ。


「止まらない。次よ!」


 天馬はすぐ次の球を送ってきた。


 モルフォは慌てて構え直す。


 二十球を越えた頃には、呼吸も荒くなっていた。


「はぁ……はぁ……」


 足が重い。


 球は見えている。どこへ来るかも分かっている。


 なのに、身体がついてこない。


 最初は球の近くまで動けていたのに、次第に腕を伸ばして届かせるだけになっていく。


「モルフォちゃん、足!」


 分かっている。


 動かそうとしている。


 それでも、一歩が出るまでが遅い。


 二十六球目を返し、二十七球目は高く浮いた。二十八球目はラケットの端に当たる。


「あと二球!」


 二十九球目をなんとか返した。


 最後の一球がフォア側へ飛んでくる。


 モルフォは右足を出し、ラケットを振った。


 球はネットに当たり、そのまま自分の側へ落ちた。


「はい、終わり」


「はぁ……はぁ……」


 モルフォは大きく息を吐いた。


「……三十球って、こんなに多いんですか?」


「三十球が多いというより、モルフォちゃんの体力がまだ戻ってないのよ」


 天馬に言われ、何も返せなかった。


「とりあえず休憩。水飲んできなさい」


「まだできます」


「その息で?」


「……休みます」


 ベンチへ座り、水筒を手に取る。


 しばらくすると、光輝(こうき)が隣へやってきた。


 タブレットの画面をモルフォへ向ける。


「さっきのですか?」


 光輝が首を縦に振った。


 動画が再生される。


 最初の数球。


 画面の中のモルフォは、台の近くで小さく足を動かしていた。打ったあともすぐに戻り、次の球へ備えている。


 光輝が映像を止めると、そこから画面を操作して後半へ進めた。


「……あ」


 自分でもすぐに分かった。


 台から少し離れている。


 足も止まり、球が来てから動き始めていた。間に合わなくなると、腕だけを伸ばしている。


 光輝が画面の足元を指さす。


 それからモルフォを見ると、自分で小さくステップを踏んだ。


 右、左。


 元の位置へ戻る。


「足が止まってる?」


 光輝は頷くと、タブレットを隣の椅子に置き、スマートフォンを取り出した。


『疲れると、足より先に手が出る。』


 モルフォはもう一度、タブレットの画面を見る。


 たしかにその通りだった。


 光輝がさらにスマートフォンへ文字を入力する。


『打ったら戻る。次の球が来てから動かない。』


「前にも言われました……」


 待ってから動かない。


 前回教えられたことだ。


 一球、二球なら意識できる。けれど、疲れてくると全部抜けてしまう。


「もう一回やります」


 モルフォが立ち上がろうとすると、光輝が手のひらを向けた。


「?」


 今度は手のひらを下へ向け、座るように動かす。


「……もう少し休めってことですね」


 光輝が頷いた。


 モルフォは仕方なく座り直した。


 数分後、二回目の多球練習が始まった。


「今度は早く打とうとしすぎなくていいわ。まず足を止めないこと。そこだけ意識して」


「はい!」


 一回目よりも動きは良かった。


 打ったら戻り、次の球が来る前にまた足を動かす。


 二十球を越えても、なんとか続いている。


 けれど、後半になると再び息が荒くなり、一歩目が少しずつ遅れ始めた。


「まだ足止めない!」


 天馬の声に押されるように動き続け、最後の球をフォアで返す。


「三十!」


 モルフォは肩で息をしながら、ラケットを下ろした。


挿絵(By みてみん)


 手応えはあった。


 それでも、最後まで最初と同じようには動けなかった。


「一回目よりかなり良くなったわね」


「でも、最後の方は全然早く打てませんでした」


「そこが今の課題ね」


 天馬が籠を脇へ寄せる。


「疲れてくると足が止まる。足が止まれば打点が遅くなる。そうすると、せっかく前で戦っていてもモルフォちゃんの良さが出せない」


 モルフォは自分の足を見る。


 たった三十球で、あれだけ動かなくなった。


「体力、全然ない……」


「二年間離れてたんだから当然よ」


 天馬はあっさり言った。


「だから、これから戻していくの。一球だけ上手く打てるんじゃなくて、何球続いても同じように動けるようにね」


「はい」


 できない理由が分かった。


 なら、練習すればいい。


 そう思ったところで、天馬が「あ、そうそう」と声を上げた。


「ちょうどいい目標があるのよ」


「目標?」


 天馬は練習場の端へ行き、一枚の紙を持って戻ってきた。


「一か月後に、青葉区で小学生向けの小さな卓球大会があるの」


「大会……」


 モルフォが紙を受け取る。


 青葉区内のクラブなどが参加する、小規模な大会だった。


「大きな大会じゃないし、試合経験を積むにはちょうどいいと思うわ」


「私も出られるんですか?」


「出たいならね」


 モルフォは案内へ目を落とした。


 一か月後。


 今はまだ、三十球続いただけで足が止まる。


 実際の試合なら、フォアとバックへ交互に球が来てくれるわけでもない。


「出たいです」


 すぐに答えた。


 天馬が笑う。


「そう言うと思ったわ」


 モルフォは光輝を見る。


「一か月で、もっと動けるようになりますか?」


 光輝は少し考えてから、スマートフォンへ文字を打った。


『できる。ちゃんと練習すれば、今よりもっと動ける。』


 モルフォはその文字を見つめた。


 一か月後には、復帰後初めての大会が待っている。


 今より少しでも長く、速く、思い通りに動けるようになりたい。


 モルフォはラケットを握り直した。

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