プレースタイル
卓球にはラケットやラバー、プレースタイルなどの要素があります。
割と簡単そうに見えますが、結構奥が深いスポーツなんです。
それでは、本編へどうぞ!
試合を終えたモルフォは、台の脇で息を整えていた。
十一対五。二年間のブランクは、思っていた以上に大きかった。
「モルフォちゃん」
天馬に呼ばれ、顔を上げる。
「ちょっと休んだら、さっきの試合の話をしましょ」
「はい」
ベンチに座って水を飲む。里緒はもう隣の台へ戻り、球を打ち始めていた。
パァン、パァン、と乾いた音が続く。
しばらくして呼吸が落ち着くと、天馬がモルフォの前へしゃがんだ。
「まず聞くけど、モルフォちゃん。自分がどんな卓球をしたいか、考えたことある?」
「どんな……?」
「プレースタイルよ。前で速く攻めるのか、少し下がって回転をかけるのか。守って相手のミスを待つ選手もいるし、里緒ちゃんみたいに強い球で押していく子もいるわ」
モルフォは隣の台を見る。
ちょうど里緒が大きく踏み込み、フォアで球を振り抜いたところだった。
「私は……分かりません。昔は、そこまで考えてなかったので……」
「まあ、そうよね。始めた頃はまだ小さかったでしょうし」
天馬は納得したように頷いた。
「今すぐ決める必要はないわ。でも、今日の打ち方とさっきの試合を見て、アタシは一つ試してみたい形があるの」
そう言って、天馬は台の近くを指した。
「前陣カウンター型」
「ぜんじん……」
「台の近くで戦って、相手の球がバウンドしてすぐから、頂点に達する前あたりの早い打点を狙うの。自分で全部の威力を作るんじゃなくて、相手の球の速さも利用して返す。さっきの試合でも何度かあったんだけど、分かるかしら?」
モルフォはさっきの試合を思い返した。
「……二本目のサーブを返した時?」
「そう。それと、三対七から四点目を取った時もね。バウンドしてすぐに返したから、里緒ちゃんが詰まったでしょ?」
「あ……」
言われてみれば、あの時は里緒の返球が浮いた。
そこへ打ち込んで、四点目を取った。
「モルフォちゃん、球を見るのは遅くないのよ。それに、身体が追いついてない今でも、近いところの球には反応できてる」
「でも、いっぱい抜かれました」
「足が止まってたからね」
「二年休んでたんだから当然よ。そこは練習すればいいわ」
天馬は立ち上がると、少し離れたところにいる光輝へ顔を向けた。
「光輝はどう思う?」
光輝はしばらくモルフォを見たあと、静かに首を縦に振った。
「じゃ、方向性は同じね」
天馬が笑う。
「モルフォちゃんは小柄だから、里緒ちゃんみたいに後ろから力で打ち抜く形をそのまま真似するより、前で早く触る方が合いそう。もちろん、これから身体も大きくなるし、変わる可能性はあるけどね」
「前で、早く……」
「そう。相手に次の準備をさせる前に返すの」
なんとなく、分かる気がした。
兄のように大きく回転をかける球とは違う。里緒のように強く振り抜く球とも違う。
自分がどんな選手になるのかは、まだ分からない。
けれど、さっき取れた二本は楽しかった。
「光輝。ほかに何かある?」
天馬に聞かれ、光輝はスマートフォンを取り出した。
少しだけ考えてから、画面へ文字を打つ。
『半歩前。足を止めない。打点をもう少し早く。』
打ち終えると、光輝はモルフォのそばまで歩いてきて、スマートフォンの画面を見せた。
「……半歩?」
モルフォが首を傾げる。
光輝は台のそばまで移動すると、モルフォが試合中に立っていた辺りを指さした。それから、そこより少しだけ前を示す。
「ああ、なるほど」
天馬が声を上げる。
「里緒ちゃんに振られた時、少しずつ台から離れてたものね。下がれば球を見る時間は増えるけど、そのぶん返すのも遅くなるし、モルフォちゃんの良さも消えちゃうのよ」
光輝がもう一度スマートフォンへ文字を打つ。
『待ってから動かない。少し難しいけど、相手が打つ瞬間には足を動かし始める。』
「……やってみます」
「じゃあ、次は用具ね」
天馬が手を叩いた。
「さっき言った通り、今のラバーは交換が必要よ。二年経って、かなり劣化してるからね」
「はい……」
モルフォは近くに置いてある自分のラケットを見る。
「でも、ラバーってそんなに違うんですか?」
「かなり違うわよ。弾みやすいもの、回転をかけやすいもの、硬いもの、柔らかいもの。合わないものを使うと、打ち方まで変になることがあるわ」
「へえ……」
「里緒ちゃん、ちょっと来て」
「また?」
隣の台から不満そうな声が返ってきたが、里緒はラケットを持ってやってきた。
天馬がそのラケットを指す。
「たとえば里緒ちゃんは、フォアを中心にラケットをしっかり振って、回転と威力を出すタイプ。だから、ある程度弾んで、強く振った時に球を持ってくれる攻撃向けのラバーを使ってるの」
「球を持つって何ですか?」
「当たった瞬間にすぐ飛んでいく感じじゃなくて、一度つかんでから飛ばす感じ。実際に手でつかむわけじゃないけどね」
「私が使ってるラバー、けっこう硬めだよ」
里緒が横から言う。
「モルフォにも使わせてみたら?」
「今は勧めないわ」
「なんで?」
「同じ十歳でも打ち方も身体も違うから」
即答され、里緒が「ふーん」とラケットを引っ込めた。
「用具は強い選手と同じにすれば強くなる、ってものじゃないの。里緒ちゃんには里緒ちゃんのもの。モルフォちゃんにはモルフォちゃんのものを選ぶ」
その言葉に、モルフォは自分のラケットへ目を落とした。
「私には、どんなのがいいですか?」
「今なら、適度に弾んで、回転もかけやすい攻撃型ね。硬すぎなくて、扱いやすいもの。両面とも同じのでいいと思う」
天馬が光輝を見る。
「どう?」
光輝はスマートフォンへ短く打ち込んだ。
『重すぎないもの。』
「アタシも同意見」
天馬は売り場の方へ歩き、モルフォたちも後を追った。
棚には、色々なラバーの箱が並んでいる。値札を見ると、思っていたより高いものもあった。
「……高い」
思わず声が漏れた。
天馬が笑う。
「上を見ればいくらでもあるわ。でも、今のモルフォちゃんに一番高いものは必要ない」
いくつかの箱を見比べ、その中から一つを取り出す。
「この辺りね。性能も十分だし、値段も抑えめ。無理に高いものを選ぶより、今はこれでしっかり打てるようになる方が大事」
光輝も箱の説明を確認し、少し考えてから首を縦に振った。
「これ?」
「ええ。両面とも同じので始めていいと思う。厚さも、いきなり一番厚いものにはしない。まずはコントロールしやすいところから」
「もっと高い方が強く打てるんじゃないの?」
里緒が口を挟む。
「高いラバーに替えるだけで強い球が出るなら、コーチなんていらないでしょ」
「それはそうだけど」
「それに、モルフォちゃんはまず足と打点。ラバーに助けてもらうのはそのあとよ」
モルフォは、さっき見せられた文字を思い出した。
半歩前。
足を止めない。
打点をもう少し早く。
「これにします」
「あら、即決?」
「だって、二人がいいって言ってるから」
天馬は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。
「じゃあ、お母様が迎えに来たら相談しましょ。勝手に買ったら怒られちゃうもの」
「……はい」
そこは忘れていた。
「今日は残りの時間、基礎をやって終わり。モルフォちゃんは復帰初日なんだから、張り切りすぎない」
「まだできます」
「そう言うと思ったわ」
天馬が苦笑した。
モルフォはもう一度、台の方を見る。
前で、早く打つ。
まだ自分のプレースタイルと言われても、ぴんとはこない。
けれど、早く試してみたいと強く思った。




