紅の時間
竜騎士。
ワイバーン。
あの槍も、あの牙も、私を狙っている。
あの人たちは、私を「穢れ火」と呼ぶ。
でも、その意味を私はまだ知らない。
どうして私が狙われているのかも。
「灰か……」
騎士はライラさんを見た。
「好都合だ。二つの任務が、一度に片付く」
「あんたらが出張ってくるってことは、トワは本物ってこと……」
ライラさんの言葉に、騎士は応えない。
「穢れ火は鹵獲の命だ。だが――」
騎士の槍先が、ライラさんへ向く。
「灰は見つけ次第、処刑する」
冷たく言い放つ。
次の瞬間、ライラさんが地を蹴った。
短剣の刃が、騎士へ迫る。
だが――
騎士はあの巨大な槍を軽々と振るい、その一撃を弾いた。
彼女は弾かれた勢いを利用して、騎士との距離を取った。
短剣を持たない左手が、赤く光る。
次の瞬間、小さな火球が放たれた。
しかし、騎士は大槍を薙ぎ払った。
巻き起こった風圧に、火球が弾け飛ぶ。
飛び散った炎と熱波が、こちらまで押し寄せた。
「っ……!」
熱が頬を掠める。
ライラさんは――?
彼女の黒いマントが、炎に焼かれて崩れ落ちた。
その下から、革の軽装と細い肩が露わになる。
次の瞬間、騎士の大槍が彼女を襲う。
ライラさんはなんとか身をひねり、その一撃をかわした。
そのまま地面を蹴り、私の前へ降り立つ。
だけど――
露わになった肌は赤く焼け、片方の肩には槍が掠めた傷が走っていた。
「トワ、あんたは逃げな」
私の脚は震えていた。
「見ての通り、あいつは強すぎる」
ライラさんは傷ついた肩を押さえながら、それでも短剣を構えた。
「でも、あんた一人ぐらい――逃してみせる」
息を切らしながら言った。
私にも分かった。
この騎士は、他の騎士とは違う。
ふと、右手が目に入った。
永遠の炎。
あの力を使えば、ライラさんの傷は治せる。
でも――
それだけだ。
傷を治しても、また傷つけられる。
何度治したって、きっと同じ。
このままじゃ、ライラさんが殺される。
彼女は、再び地面を蹴った。
騎士は大槍を振るう。
まるで、子供をあしらうみたいに。
短剣が弾かれる。
それでもライラさんは踏み込み、もう一度刃を振るった。
届かない。
何度やっても、届かない。
蒼い鎧が月光を映す。
私には、一つの可能性が浮かんだ。
あの夜、私は貫かれた。
蒼い鎧の騎士の剣に。
そして、あの瞬間――
炎が目の前の騎士を焼いた。
溶けていく蒼い鎧。
最後に見た、あの目。
私に向けられた、憎しみに満ちた目。
もし、私があの槍に貫かれたら。
また、炎が出るかもしれない。
あの竜騎士を、焼けるかもしれない。
でも、本当にまた炎が出るの?
今度こそ、本当に死ぬんじゃないの?
分からない。
ライラさんの短剣に、赤い炎が宿る。
それでも、その一撃は大槍に弾かれた。
彼女の身体が仰向けに倒れる。
立ち上がらない。
騎士は大槍を手に、ゆっくりと彼女へ近づいていく。
私は走った。
騎士が大槍を振り上げる。
怖い。
また炎が出る保証なんてない。
今度こそ、本当に死ぬかもしれない。
それでも、脚は止まらなかった。
振り下ろされる槍の下へ飛び込む。
咄嗟に、左腕を構えた。
次の瞬間――
その腕が、私の身体から離れた。
切り落とされた左腕が、視界を横切る。
痛い。
でも、左腕が飛んだのだ。
どうしてこの程度の痛みで済んでいるんだろう。
死が遠い。
果てしなく、遠く感じる。
切断された左腕から吹き出したのは――
やはり、炎だった。
「ライラさん、逃げて!」
私は叫んだ。
「私は死なない!」
彼女は私の目を見ると、すぐに地面を蹴って距離を取った。
炎が槍を伝う。
そして、騎士を焼く。
闇夜に、紅い炎が舞う。
ただの博打だった。
ライラさんは少し離れた場所から、私を見ていた。
大丈夫そうだ。
よかった。
目の前で、騎士は炎を払うように暴れていた。
その足元で、大槍が赤く溶けていく。
切り口から炎が溢れ続ける。
熱い。
ないはずの左腕が、熱い。
炎に包まれた騎士が、それでも私を見る。
逃げないと。
そう思ったときには、炎はすでに私の周りまで燃え広がっていた。
なのに、この炎は不思議と熱くない。
まるで、私を守っているみたいに。
とにかく、逃げるべきだ。
分かっている。
それなのに、意識が遠くなっていく。
大きな羽音が聞こえた。
ワイバーンが近づいてくる。
主を守ろうとしているの?
それとも、私を狙っている?
……分からない。
考えることさえ、もうできなかった。
視界が紅く染まっていく。
そして、私の意識は炎の中へ溶けていった。
◇
ここはどこ?
左腕がある。
さっき、確かに失ったはずなのに。
無機質な部屋。
大きな窓。
そとの景色は暗い。
ここを知っている。
白い床や壁。
いや、よく見ると金属のような質感をしていた。
あの人が、窓の前に立っていた。
長い銀色の髪。
漆黒のドレス。
彼女は窓の向こうを見つめている。
「今日が、この星の最後の日」
静かに、彼女が言った。
「あなたは……誰なの?」
彼女は少しだけ黙った。
「ごめんなさい。もう、忘れてしまったわ」
そう言って、彼女は振り返り、右手を掲げた。
その手のひらに、あの紅い炎が揺れている。
私は、その美しさに目を奪われた。
「命を燃やすなら、手にしたもの全てを捨てる覚悟をしなさい」
彼女は窓へと視線を戻した。
紅い炎と世界が重なる。
「貴方と世界の時間は違うのだから」
静かすぎるこの部屋に、彼女の声が響く。
それは、私が生まれた時代の言葉だった。
その意味を考えようとすると、意識が遠のいていく。
視界が紅く染まっていく。
「ありがとう」
薄れゆく意識の中、彼女の声だけがぼんやりと耳に残った。




