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全部かすり傷

パリン。


何かが割れる音が響く。

足元が揺れる。


視界が開ける。


ここは?

どこだろう?


暗い。


ぽた、ぽた。

水の滴る音が聞こえる。


目が少しずつ慣れてくる。

周りは、天然の岩肌だ。


……洞窟?


さっき切られた左腕がある。

傷一つない。

だけど、服の袖は途中からなくなっている。


さっき――

その言葉に、なぜか違和感がある。


身体中に何かが付いているのが分かる。

濡れた犬みたいに、ぶるぶると身体を震わせる。


ぱらぱらと、その何かが落ちる。


足元を見る。

あの結晶だ。

私の周りに、いくつも転がっている。


3回目だった。


なんとなく分かった。

私が死に近づくと、炎が出て危険を退ける。

そして、この結晶が私の身体を治す。


ライラさんは?

竜騎士は?


どうなったのだろう?

どれぐらいの時間が過ぎたのだろう?


◇


私の周りには、ゲームに出てくる宝箱みたいなものや、財宝らしきものが並べられていた。

……もしかして、結晶になった私を誰かが財宝と間違えて拾ってきた?


……まさかね。


洞窟の奥に、わずかな光が見える。

とりあえず、あそこまで行ってみよう。


私は光を頼りに、外を目指すことにした。


洞窟の入り口は、鉄格子で塞がれていた。


出られない。


鉄格子の隙間から、外の様子を見る。


幾つかのテントが並んでいる。

集落のような場所だ。


「うわ、なんだ? お前、どうやって入ったんだ?」


鉄格子の向こうに、若い男の人が立っていた。

目を丸くして、私を見ている。


「あのー、出してもらえませんか?」


私は笑った。


三度も死にかけたからだろうか。

少し、メンタルが強くなった気がする。


いや、もとに戻ったと言うべきか。


私は、臆病なくせにマイペースで図太い。

周りからも、昔からそう言われてきた。


よく分からないけど、私はもう、自分が死なないことをほとんど確信していた。


妙に気持ちが楽になっていた。


一人になったのは本当に辛かった。

死ぬのも怖かった。

でも、あれこれ考え続けるのにも疲れていた。


何かから解放された気がした。


別に、あの世界に戻れたわけじゃない。

それでも少しだけ、あの頃の自分に戻れたような気がした。


「出してくれませんか? ……無視ですか?」


私はもう一度声をかけた。

男の人は困ったような顔をしている。


「ちょっと待ってろ」


そう言い残して、どこかへ行ってしまった。


昔、何かのアニメのキャラが言っていた。

死ぬ以外はかすり傷。

じゃあ、死なない私は全部かすり傷だ。


三度も死にかけて、それでも私は生きている。


それに、ミノアの人たちは私を不死鳥の巫女と呼んでいた。


間違いない。

私は不死身だ。


それにしても、なかなか戻ってこない。

日差しが強い。


暑くなってきて、マントと厚手のアウターを脱いだ。


さっきは冬だったはず。


また、時間が過ぎているのだろうか?

外の景色は、そこまで変わっていないように見える。


さすがに、また千年過ぎたということはなさそうだ。


しばらくして、さっきの人と、少し強面の男の人がやってきた。

いかにも、山賊か盗賊の頭という感じの人だ。


「おい、ガキ。どうやって宝物庫に入ったんだ?」


強面の男の低い声が響く。

私は、拾っておいた結晶を取り出した。


「この中に、入ってました。たぶん」


「…………」


強面の男は結晶と私を交互に見た。


「頭、もしかしてこのガキ、あれじゃないですか? 蒼炎教が探してるっていう……なんでしたっけ?」


若い男の方が、声を潜めて言った。


「なるほど」


強面の男が頷く。


「教団に売りましょうよ」


「いや、それはダメだ。

奴らと接触するのは危険だ」


まずい話をしている。

どうしよう。

……倒すか?

いや、ゲームのやりすぎだ。

私の戦闘力は皆無だった。


結局、しばらくして強面の男は去っていった。

見張りだけが残った。


◇


宝物庫が私の牢屋になってから、何日も過ぎた。


水と食事は与えられた。

トイレのときだけは、言えば外に出してくれた。

この人たちは、案外優しいのかもしれない。


あの若い男の見張りとは、少し話すようになった。

彼はジルというらしい。


この人たちは、ミタという場所を拠点にしている盗賊?らしい。


結晶になった私は、山に落ちていたところを拾われたらしい。

そのまさかだった。

どうして山に落ちていたのかは分からない。


あの強面の男は、この盗賊たちの頭で、ダイというらしい。


◇


一週間ほど経った。

お風呂に入りたい。


夕暮れどき。


「あの、トイレ。できたら、お風呂も」


私は、呟くように言った。


「ったく、めんどくせ。便所だけだ」


そう言いながら、ジルは牢を開けた。


「早く済ませろよ」


気怠そうに言われる。


私も一応、レディーだ。

失礼な奴だ。

まあ、この時代にはそんな価値観もないのかもしれない。


トイレも酷いものだった。

地面に穴を掘っただけだ。


洞窟の脇に作られたトイレらしき穴から戻り、ジルの元へ向かった。


すると、見知らぬ男の人が、子供を背負って走ってくるのが見えた。


「ラピが崖から落ちた! まずい!」


男の人に背負われた子供は、頭から血を流していた。


ぐったりとして、動かない。


「ラピ!」 


ジルが駆け寄る。

私も、その後を追った。


頭から流れた血が、頬まで赤く染めている。


自分の右手を見る。

この力なら、治せるかもしれない。


そして、夕暮れの空を見た。

どうしてか分からない。

でも、カイがそうしていた。


炎を見る者がいないのを確認する。


右手から、白い光をまとった紅い炎が生まれる。


二人の男が、驚いたように私を見た。


「大丈夫」


自分でも、誰に言ったのか分からなかった。

私は小さな炎を、その子の傷に当てた。


ラピと呼ばれた子が、ゆっくりと目を開けた。


「……異能か?」


ジルが言った。


「魔法」


私は答えた。


「なんだ、それ?」


ジルは不思議そうな顔をする。


男は何度も私に頭を下げると、ラピを背負ったまま走っていった。


◇


その夜、私の豪邸に屈強な男の人が二人やってきた。

何事かと思って見ていると、横に大きなドラム缶を置き、水を張ってそのまま帰っていった。


……これは。


なんと、私の願いが叶った。


お風呂だ。


この蒸し暑さなら、水でも耐えられる。


「おーい! 姫さま、ご所望のお風呂の時間だ」


女の人の声が響いた。

見ると、今日の見張りは男の人ではなく、ルビという女の人に代わっていた。

やはり、そういう価値観はあったのだ。

安心した。


月明かりを頼りに、ドラム缶の陰で服を脱ぎ、一気に飛び込んだ。


冷たい!


でも、豪邸に備え付けられたナイトプールは最高だった。


この豪邸は、集落の高台にあるようだった。

水に浸かりながら、初めて夜の集落を見渡す。


暗くてほとんど何も見えない。


炎は、人類がかなり早い段階から使っていたと歴史で習った。

それなのに、灯りがない。


どれぐらい眠っていたのかは分からない。

でも、少なくとも、まだあの蒼い炎が支配する時代は続いているのだろう。


空を見上げる。

星が綺麗だ。

そういえば昔、友達とそのお姉ちゃんの運転でこうやって星を見に行ったことがあった。


再び集落に目をやる。

気のせいだろうか。

暗闇の中に、ほんの小さな光が見える気がする。


その瞬間、無性に、ネオンの光とおしゃれなレモネードが恋しくなった。

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