シャバの空気
あれから一週間ほど。
豪邸……いや、檻での生活が続いた。
ナイトプール……いや、五右衛門水風呂は二日に一回。
服が臭いとごねたら、新しいものを用意してくれた。
灰色の麻のシャツと、黒いパンツ。
どちらも少し大きい。
見張りがいるので、喋り相手にも困らなかった。
牢屋暮らしにしては、案外悪くない。
そして、一日に数人、怪我人や病人が私のもとを訪れる。
そのたびに、右手の炎を使った。
怪我人は明らかによくなった。
でも、病人には効果がないようだった。
医療も衰退しているのか?
それとも、盗賊業が危険なのか?
毎日のように、目を背けたくなるような傷を負った人がやってきた。
今は洞窟暮らしだけど、この力があれば、一攫千金。
本物の豪邸暮らしも夢じゃないのかもしれない。
◇
十日が過ぎた。
「ねぇ、そろそろ出してもらえないの?」
私は、今日の見張りのルビさんにごねてみる。
十日もいれば、見張りとも仲良くなる。
ルビさんとは、友情が芽生えてる自信がある。
「なんだ? 結構くつろいでるじゃん。それでも出たいの?」
ルビさんは、からかうように答えた。
「うん。別に出ても行くあてもないけど……」
そこまで言って、自分の口が止まった。
ルビさんは、私の目をじっと見た。
「あんた、どっから来たの?」
「私も分からないけど、遠い場所から」
「そっか」
ルビさんは、それ以上何も聞かなかった。
◇
翌日、ルビさんと一緒に、頭であるダイさんが牢へやってきた。
「お前の扱いを決めた」
ダイさんの声が響く。
私は唾を飲んだ。
「ここで働け」
「……働く?」
「怪我人を治せ。その代わり、飯と寝床は用意する」
ダイさんは鉄格子の鍵を開けた。
「出ろ」
私の足は進まない。
たしかに私は昨日までも怪我人を治してきた。だけど、改めて働けと言われると話は別だ。
ダイさんの顔を恐る恐る見る。
傷だらけで、怖すぎる。
この顔で義賊……ってことはないだろう。
どんな残虐非道なことをしているのかも分からない。
そんな人たちのために働いていいのだろうか?
一応、まだ光属性でいたい。
「どうした、早く出ろ」
ダイさんの声が怖すぎて、背筋が凍りそうだ。
「トワ? 昨日までは出たがってただろ?」
ルビさんが不思議そうに私を見る。
私は俯いた。
「私、ポイ捨てもしたことないの」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
言葉自体は伝わっているはずなのに、二人の反応はなかった。
「ねぇ、帰る場所ないんでしょ?
だったら、ここで私達を助けてほしいの」
私の視界には、ナラの村でもらったブーツと地面しか映っていない。
でも、ルビさんがどんな顔をしているのか、なんとなく分かる気がした。
私は、一歩踏み出した。
「治療以外はしないから」
私は高らかに言った。
いや、そもそも、それ以外できないのだが。
外に出ると、強い日差しが降り注いでいた。
やっぱり、夏なのだろう。
蝉のような虫の声が響いている。
でも、私の知っている鳴き声とは少し違った。
私は二人の後を追った。
◇
初めて集落の中心に足を踏み入れた。
そこには、たくさんのテントが張られている。
道行く人の中には、見たことのある顔も何人かいた。
それほど大きな集落ではないのだろう。
テントのそばには、大きな荷物や木箱が積まれている。
どこか、遊牧民みたいな雰囲気を感じる。
ふとテントの脇に目をやると、まるで干物でも作っているように、白い石がいくつも並べられていた。
少し気になったけど、声に遮られる。
「入れ」
ダイさんが、一つのテントの前で足を止めた。
私はそのテントの中に入った。
中はとにかく蒸し暑かった。
エアコンがないのだ。それはそうか。
そして、意外にも広い。
見知らぬ三人が、石の椅子に座っていた。
遅れて、ダイさんとルビさんも入ってくる。
この空間に六人、熱中症になりそうだ。
「次からはコイツも俺たちと旧界に潜る」
ダイさんの渋すぎる声が響いた。
私の仕事は怪我人を治すはずでは?
それに、旧界って?
また知らない言葉だ。
「あの、旧界って?」
私は思わず聞き返した。
「旧界も知らないのか?」
少しイケメンな男の人が、呆れたように答えた。
「安心しろ、コイツの異能は本物だ。
それに……」
ダイさんの言葉が、途中で途切れた。
「そうよ。トワの異能があれば、より安全に潜れるわ」
ルビさんが言う。
……なるほど。
とにかく、私は歩く救急箱ということらしい。
どうやら、人里を襲うとか、そういう感じではなさそうだ。
そこは、少し安心した。
「本当に大丈夫か? そんな細腕で戦えるのか? 魔物にすぐ喰われちまうだろ」
少し軽そうな男の人が、小馬鹿にするように言った。
魔物……。
旧界から、危険な匂いがする。
そんなところに行きたくはない。
もしかしたら、あの豪邸でひっそり暮らしている方がいいのかもしれない。
だけど、私の意思とは関係なく、話は決定事項のように進んでいる。
「大丈夫だよ。君は治癒さえしてくれたら……
必ず守るからさ」
綺麗な顔の人だった。
私と同じくらいの女の子かと思っていた。
でも、聞こえてきたのは男の人の声だった。
「あの、皆さん、名前……」
私は呟くように言った。
さっきから普通に話が進んでいるけど、私は誰の名前も知らない。
「僕はミカ」
……名前まで女の子っぽい。
胸は……私よりない。
たぶん、男だ。
「俺はジェドだ」
高身長イケメンが素っ気なく言う。
性格はよくないと思う。
「オニキだ。どうせなら綺麗なねーちゃんが良かったぜ」
とりあえず、ウザい。
この三人と、ダイさん、ルビさん、そして私で、旧界とやらに向かうらしい。
「これ」
ルビさんが、私に何かを渡す。
短剣?
「護身用に持ってな」
「おいおい、ルビちゃん。それ、そんなガキにやっていいのか?」
オニキが言う。
「いいのよ。私はこの子を信じてるから」
ルビさんは、何故か私に優しかった。
私も何故か、ルビさんが見張りの日は嬉しかった。
「明朝に出る。そろそろ石も尽きてきた。今度こそ成果をあげるぞ」
ダイさんが、話を締めた。
石が何のことかは分からない。
◇
私はその後、ルビさんのテントで過ごした。
そういえば、結局、旧界とはなんなのか?
誰も教えてくれなかった。
あれこれ考えていたけど、久しぶりのシャバの空気がおいしくて、日が沈むころには寝ていた。




