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今を生きる者

冒険?は始まった。

旧界とやらを目指して、山道を歩いている。


私は、六人パーティーの最後尾だ。


たぶん、後ろは攻撃されにくい。

大体のゲームがそうだ。


――ヒーラーから狙え。

――雑魚から落とせ。


どこからともなく、声が聞こえる……。

間違いなく、私の中に封印された数多の異世界からの神託だ。


前を歩くルビさんの背中を急ぎ足で追う。

ルビさんがちらりと私を見ると、またすぐに前を向く。


この距離をキープ。


早朝の山道は少しひんやりしている。


「トワ、おまえはそれ以上の成長は見込めねーな」


湿った空気に紛れて、嫌な声が聞こえる。

オニキが私の横に来て、いちいちそんなことを言っている。


コイツの目は明らかに私の胸を見ている。


夢を見すぎだ。

現実はこんなものだぞ。


いや……。

前を歩くルビさんだけは見ないことにした。


とにかくウザいので無視しよう。


額から汗が滴る。


それでも、山道は妙に歩きやすく、地面も平らで、坂も緩やかだった。


よく見ると、土の隙間から黒いものが覗いている。

ここは、千年前、道路だったのかもしれない。

たぶん、そうだ。


モンスターにエンカウントすることもない。

案外、安全なのだろうか?


「魔物とか、あんまりいないんだ?」


私は独り言のように呟いた。

涼しい風が吹く。


「この辺りは、ハンターが積極的に駆除してるから比較的安全だよ」


消えかけた声を、ミカが拾ってくれた。


青い目に、綺麗な金髪。

北欧の美少女みたいだけど、たぶん男だ。

腕も細い。

剣を持っているから、戦えるのだろうか?


「ハンターって?」


「魔物はお金にもなるし、それで生計を立ててる人たち。僕らもハンターだよ」


あれ?

盗賊じゃなかったの?


たしかに、盗賊だとは言われてない。

そもそも、盗賊が盗賊と名乗るのかは知らない。


でも、宝物庫とか、あの頭の顔とか。

それに、私を教団に売るとか売らないとか言ってたし。

私は、物事を冷静かつ総合的に判断したのだ。


「盗賊じゃなかったんだ」


私はそう言って笑った。

ミカが不思議そうな顔をしている。


なるほど、私たちはハンターか。

それなら、私も経験がある。

ゲームでだが。


「よし、尻尾は任せて」


そう言って、腰の短剣を握った。


「少し黙れ」


夏の音を切り裂くような、静かな声が耳に刺さる。

前の方から、無口イケメンが睨んでいる。


私は口を閉じる。


嫌な汗をかいてしまった。

お風呂に入りたい。


「頭、魔物もほとんどいないし、昼過ぎには旧界に辿り着けそうですね」


ルビさんと頭が話している。


「ああ。今回こそ成果を上げねえと。あのガキの異能も、まだ使わねーに越したことはねー」


野太い声が、虫の声をかき消す。


異能。

その言葉が気になった。


そういえば、カイが言っていた。

異能はあまり使うなって。


ゲンさんも、言っていた。

使えば使うほど、黒い石に蝕まれるって。


何度も使っているけど、私の身体には特に変化はない。


みんなの身体を、バレないようにちらちらと見る。

頭の腕。

無口イケメンの首元。


あの黒い石がある。


他の人にもあるのかもしれない。

今度はもう少し注意して、みんなの身体を見る。


「おっ、なんだ? 人のことチラチラ見て」


しまった。

ウザいやつに絡まれた。


「みんなの黒い石、気になって」


「あー。俺もあるぜ。背中。見たいか?」


私は首を横に振る。


「これはな、今を生きてるって証だ」


そう言って、オニキは笑って前を向く。


よく分からない。

身体を蝕むものが、どうして生きている証になるんだろう。


夢や目標がなくてもいい。

ただ、平凡に楽しく生きていたい。


◇


神託通り、私の背後から見たこともないほど大きな蛇が襲ってきた。


イケメンの剣が、その牙をはじき、美少女(男)の細い剣が、頭を切り落とす。


「トワ、大丈夫?」


腰が抜けて座り込んだ私に、ルビさんが手を差し出す。


その手を握る。


うわ。


蛇と目があった。


怖い。


すぐに目を逸らした。


立てない。


もう、ダメだ。


すると、ルビさんが私をおぶってくれた。


「自分で歩けるようになったら、言いなよ」


「はい」


情けない。


◇


不覚にも私は柔らかな背中で眠ってしまっていた。


目覚めたときには、景色はがらりと変わり、渓谷地帯を進んでいた。


この気温だ。

ルビさんの汗と私の寝汗で、背中は湿っぽい。

こんな中ずっと背負わせていたと思うと、申し訳なくなる。


彼女の身体が揺れる度に、湿った布の下の立派な山に何度も手が触れる。


柔らかい。


でも、硬いものがある。


分かった。

石だ。

たぶん、あの黒い石。


「おはよう、トワ」


優しい声が夏風にのる。


みんな、異能を持ってるんだろう。

そして、使い続けているんだろう。

生きるために。


この人の優しさと強さを感じるほど、寝てしまった自分が情けなくなった。


「ルビさん、ありがとう。もう自分で立てる」


そう言うと、ルビさんは私をゆっくり下ろした。


まだ腰に力が入らないのか、私は生まれたての馬みたいに、脚を震わせる。


それでも、私はなんとか自立した。


「トワ、あそこよ」


ルビさんが渓谷の下を指さす。

その先に、何かが見える。


建物だ。


崩れている。

木々にも呑み込まれている。


でも、見覚えがある。


私の知っている建物だった。


千年という時間がどれだけ世界を変えるのかは、私には実感がない。


それでも、分かる。

これは残りすぎている。


谷の下に広がる建造物は、ただの廃墟にしか見えないほど、あの時代の姿を残していた。

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