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ずっとそこにあった

カイが去ってすぐ、その男は夕食を準備してくれた。

鍛冶場から漂う鉄の匂いが届く部屋は、蒼い炎に照らされていた。

私はただその姿をぼんやりと見ていた。


「俺はゲンだ。この村で日用品の金物を作ってる。……まあ、武器なんかもな」


それが、この人が私に向けた初めての言葉だった。


「私は……神代……トワです。」


ゲンさんは使い込まれた金属の皿を、机の上へ静かに並べていった。


「まぁ、とにかく飯にするぞ」


彼はそう言って、私へ視線を向けた。


机の上に並ぶ料理は、どれも火が通されていた。野菜ですら、生のままではなかった。


「いただきます」


私が淡々とそう言うと、ゲンさんは不思議そうに眉をひそめた。


「へぇ。千年前は、そんな挨拶をするんだな」


「はい」


私は、それだけ返した。

ゲンさんはじっと、私を見た。


「俺にも、お前ぐらいの娘がいてな。

よく、そうやって不貞腐れてたな」


彼はそう言って笑った。


私が不貞腐れてる?

そう言われて気分はよくなかった。


なぜか、「昔はもっと厳しかった」が口癖だった角刈りがトレードマークの体育の山本先生の顔が浮かんだ。

山本先生は、「お前らあまちゃんだ」「社会出たら通用せん」とかそんなことばかり言っていた。


私が、あまちゃんなことも、通用しないことも、そんなこと知ってる。


でも、もう、私には帰る場所がないんだ。

知らない世界に、たった一人。


目の前でゲンさんは豪快に肉を頬張っていた。


「はやく、食えよ、冷めちまうぞ」


彼はそれだけ言った。

私は小さく頷いた。


お箸も、フォークもなかった。

スープのためのスプーンだけがあった。


湯気の立つ、透き通った黄色いスープをゆっくり口にした。

知らない味だった。

けれど、どこか優しい味がした。


「私なんで、千年後にやってきたの?

帰れないの?」


ゲンさんは、少し手を止めて私を見た。


「トワ、お前がなんでここにいるのかは俺にもわからん。だがな、戻るとかやり直すなんてできねぇ。それはお前も知ってるはずだ。」


彼は、真剣に私の質問へ答えてくれた。

そして、その言葉が容赦なく再び現実を突きつけた。


そう、アニメやゲームみたいに異世界転移やタイムトラベルをしたわけではない。

ただ、世界は千年の時を刻んだ。

私だけが、その時間の外にいた。


気づけば私の口は空っぽで歯を噛み締めていた。

彼はそんな私の顔をじっと見た。


「お前の疑問全部に答えられるわけじゃねぇ。だが、お前に関する話なら少しだけ知ってる。」


そう言って続けた。


「千年前、この辺りで大火災があったらしい。そんとき、ミノアの連中の祖先はトワ、お前に助けられたって話だ。」


その話は、ミノアの村でも聞いていた。

その大火災のとき、私は彼らと約束したらしい。

千年後、目覚める私を助けてほしい、と。


「星堕の日のことは知ってるか?」


ゲンさんの問いに、私は小さく頷いた。


「あの日、それまでの文明は滅んだとされてる。で、それからしばらくして、異能を持つ人間が現れた。」


ゲンさんの皿は空になっていた。

彼は立ち上がると、皿を壁際に置かれた木桶の水へ浸し、布で軽く汚れを拭った。


そして、話を続けた。


「……だが、異能は万能じゃねぇ。

異能は、使えば使うほど命を蝕む。……お前も見ただろ。人の皮膚から生える、あの黒い石を」


異能やあの石は確かに見てきた。

だけど、私の話とは関係ないように感じる。


目の前の皿には、まだ料理が残っている。

話を聞きながら、少しだけ食べる手を早めた。


「だがな、ミノアの村の連中は特別だ。その蝕みが、ほかよりずっと緩やかなんだ。」


ゲンさんは木桶の水を軽く揺らした。


「だから伝説が蘇ったってわけさ。おまえに救われ、そのままあの土地に住み続けた者たちは、蝕まれにくかった。」


ゲンさんの言っていることはわかった。

でも、私の千年前はあの蒼い炎の記憶で終わってる。

それに、本当に私にそんな力があったとしても、その凄さはピンとこなかった。


私もようやく食べ終えた。

席を立ち木桶に向かった。


「……そりゃ、古い伝説だって信じちまうだろ。」


背中越しに、ゲンさんの声が聞こえた。


私はゲンさんの真似をして、皿を木桶の水へ浸し、布で汚れを拭った。


「おっ、偉いじゃねーか」


ゲンさんは嬉しそうに笑った。

だが、真剣な表情で再び口を開いた。


「まあ、今の世界は伝説にでも縋りたいような、クソみたいな世界さ。」


彼は机の上の蒼い灯りを見た。

私もそれを見た。

その瞬間、あの千年前の光景が再び脳裏をよぎった。


「私、その蒼い炎……千年前にも見たことがあるの」


何故だろう。そのことを伝えなければならないと思った。


ゲンさんは少し黙り込んだ。


「……そうか。」


小さく息をつくと、少しだけ表情を和らげて続けた。


「まぁ、続きは明日だ、今日は早く寝ろ。

奥の部屋を使え」


そう言って彼は一つの部屋を指差した。


◇◇◇


私はゲンさんからランタンのような物を受け取り、案内された部屋へ入った。


淡い蒼い灯りが部屋を静かに照らしていた。


そこは、綺麗に片付けられていた。

部屋に置かれた物や、どこか柔らかな雰囲気から、女の人が使っていた部屋なのだと、なんとなく感じた。


ゲンさんは、この部屋にある物は好きに使っていいと言ってくれた。

私の装いは、この世界では目立ちすぎる。

好意に甘えることにした。


カイが着せてくれたマントと、千年前から一緒にやってきたコートを壁際に掛けた。

そして、近くに置かれた木箱から服を一着選び、穴の空いた制服を脱いで着替えた。


少し厚手の、簡素な布で作られた服だった。

サイズは驚くほどぴったりだった。

やはり、この部屋は、ゲンさんの娘さんが使っていた部屋なのかもしれない。


一度、部屋を出た。


よく分からない硬いブラシで歯は磨けた。

歯茎が痛い。


トイレは……なんとかなった。


お風呂は、毎日入るものではないらしい。

私、臭くないのかな……。


そんなことを考えてしまうのは、平和な世界で生まれたからなのだろう。


私は部屋に戻り、ベッドに腰をかけた。

少し硬い。


実感していた。

ここは、異世界でも過去でもない。

未来なのだ。


だからこそ、文明や文化の名残が、今も暮らしのあちこちに残っていた。


この少し硬いベッドにも、あの千年前のベッドとどこか同じものを感じた。


私の帰る場所はもうない。

でも、心の中のモヤモヤがほんの少しだけ薄れているような気がした。


そうこう考えていると、急に眠気が襲ってきた。

……いや、壮絶な一日だった。

当然なのだろう。


私は眠りに落ちていた。

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