蒼き灯火の村
暗闇の中、村から漏れる蒼い光。
――私は、この蒼を知っている。
千年前、私を焼いたあの炎。
あのときの恐怖が蘇ったからなのか、それとも冬空の冷たさのせいなのか、私の脚はかすかに震えていた。
そんな私を見ていたのか、カイが口を開いた。
「その格好じゃ、目立つな」
彼は、蒼い光に照らされた私を見つめた。
「これ、羽織っとけ」
そう言って、彼はフード付きのマントを脱ぎ、私へ差し出した。
私はそれを受け取り、羽織った。
少し大きなマントが、この世界では目立ちすぎる制服とコートを覆い隠した。
「ありがとう、なんか、冒険者になったみたい」
ゲームの主人公になったみたいで、少しだけ胸が躍った。
カイは私が何を言っているのかわからない様子だった。
「村に入りすぐ、協力者に会う予定だ。」
カイはそう言うと、蒼い灯火が揺れる村へ歩き出した。
私はフードを少しだけ深く被り、その背を追う。
◇◇◇
目の前の村を囲むように、外との境界を主張する石積みの壁が静かに伸びていた。
その壁には、人が行き交えるほどの小さな門が一つだけ設けられていた。
「どこの村の者だ?」
私は声のする方を見た。
石壁の内側には木でできた見張り台があり、その上に、蒼い炎を灯した松明を手にした男が立っていた。
また、あの蒼。
「……カイ・アサギだ。」
見張りの男は一瞬だけカイを見つめると、高台から降り、錆びた鉄の門を開いた。
「村で問題は起こすなよ」
気怠そうにそう言い残し、男は私たちを中へ通す。
私の目には、彼の持つ松明の蒼だけが焼き付いていた。
◇◇◇
私はカイの背を追いながら、通りを歩いていた。
石造りの建物。木と布だけで作られた簡素なテント。滅びた文明の残骸を利用した建物。
統一感はない。それでも、この村は確かに人々の暮らす場所だった。
夜だからか、人影はまばらだった。
たまに見かける人たちは、皿のような浅い器に蒼い炎を灯して歩いていた。
そして、建物の隙間から漏れる光は、どれも蒼かった。
私は、ついに口を開いた。
「なんで、灯りが全部青いの?」
カイは真剣な表情をしていた。
そして、静かに答えた。
「あれを見ろ」
そう言って、通りの先にそびえる大きな建物を指差した。
それは、周囲の建物とは異質だった。
どこか洗練された石造りの教会のような建物。
「あの聖堂の中には、蒼炎の炉がある。この村で使われている炎は、すべてそこから分けられたものだ。」
カイが何を言っているのか、理解できなかった。
電気がないのはなんとなくわかっている。
でも、火なんて、自分で起こせばいい。
ライターやマッチがなくても、テレビで見たことがあるように、木を擦って火を起こすことだってできるはずだ。
それに、前を歩くカイは、まるで魔法のように火を生み出していた。
そして、私も――。
「なんのために、わざわざ火を分けてもらうの?」
「あの蒼い炎だけが、穢れなき炎とされているからだ。」
カイは、それ以上何も語らなかった。
私は黙って、蒼い灯りを見つめた。
村をしばらく進んだ。
薄暗い路地を抜けると、少し開けた場所に出た。
その奥でカイは、一軒の古びた石造りの建物の前で足を止めた。
「着いたぞ」
彼がそう言う。建物の脇には、大きな炉のようなものが据えられ、その周囲には鉄くずや黒く煤けた道具が並んでいた。
彼は何も言わず、石造りの建物の扉を開けて中へ入っていく。
私もその背を追った。
蒼い炎に照らされた室内。
壁際には、蓋の閉められていない木箱がいくつも並び、その中には剣や槍が乱雑に詰め込まれていた。
「カイか。ノックぐらいしろ。相変わらず無礼な奴だ」
奥から、太い男の声が響いた。
「ゲンさん。コイツを匿ってやってほしい。あんたしか頼れる人がいねぇんだ。」
カイの声が部屋に響く。
奥から、大柄で髭を蓄えた中年の男が姿を現した。
革のエプロンを身につけ、その太い腕には無数の傷跡が残っていた。
その鋭い視線が私へ向けられる。
その圧に、私は思わず目を逸らした。
「へぇ、そいつがねぇ。俺なんかに頼ってくるってことは、ミノアの連中は大丈夫なのか?」
「魔物の襲撃は、よくあることだ。だが、そろそろ、あの場所は限界だ。」
私は何か言おうと口を開きかけた。
けれど、結局何も言えず、マントの裾をぎゅっと握った。
「そうか。最近はここも大変でな。奴らの好き放題さ。」
男はそう言って、卓上の燭台で静かに揺れる蒼い炎を見つめた。
この世界で、何度目だろう。
また、何もわからないまま。
私は黙って二人の話を聞いていた。
「カイ、お前はどうすんだ? これから」
男の声が響く。
「今夜は宿をとって明日にはミノアに戻る。拠点のみんなが心配だしな」
カイは静かに答えた。
彼は、ミノアの人たちは大丈夫だと私に言った。
だけど今、目の前では「心配だ」と口にしている。
そうか。
当たり前だ。
彼にとって、私は、本当の気持ちを打ち明けてもらえるような存在じゃない。
ついさっき出会った、ただの他人なのだから。
そう思った瞬間、この千年後の世界には、私の居場所なんてどこにもないのだと思った。
「……ったく。しゃあねぇな。厄介ごとは昔から俺んとこに集まる」
男はそう言うと、木箱から一本の剣を取り出し、カイへ放った。
彼はそれを受け取り、静かに頭を下げた。
カイは剣を腰に差すと、私へ視線を向けた。
「トワ、安心しろ。ゲンさんに任せとけば、安全な場所に逃がしてくれる。……元気でな」
彼はそれだけ言うと、背を向けて扉へ向かった。
私は、ようやく気づいた。
いや、カイは最初から言っていた。
私を逃がすと。
ミノアを助けるために、ここへ来たのだと。
そう思い込んでいたのは、私だけだった。
私の口は、開かなかった。
指先だけが、マントの裾を強く握っていた。
たった数時間、追い続けた背中が遠ざかっていく。
彼らが私を助けたのは、千年前の約束だと言っていた。
私が知らない恩を返し、それで終わる。
ただ、それだけの関係。
そう思おうとした。
私は、彼の背を見送った。
扉が静かに閉まる。
そのとき、不意に、彼が炙ってくれたイチゴの味を思い出していた。




