表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/7

蒼き灯火の村

暗闇の中、村から漏れる蒼い光。

――私は、この蒼を知っている。

千年前、私を焼いたあの炎。


あのときの恐怖が蘇ったからなのか、それとも冬空の冷たさのせいなのか、私の脚はかすかに震えていた。


そんな私を見ていたのか、カイが口を開いた。


「その格好じゃ、目立つな」


彼は、蒼い光に照らされた私を見つめた。


「これ、羽織っとけ」


そう言って、彼はフード付きのマントを脱ぎ、私へ差し出した。


私はそれを受け取り、羽織った。

少し大きなマントが、この世界では目立ちすぎる制服とコートを覆い隠した。


「ありがとう、なんか、冒険者になったみたい」


ゲームの主人公になったみたいで、少しだけ胸が躍った。

カイは私が何を言っているのかわからない様子だった。


「村に入りすぐ、協力者に会う予定だ。」


カイはそう言うと、蒼い灯火が揺れる村へ歩き出した。

私はフードを少しだけ深く被り、その背を追う。


◇◇◇


目の前の村を囲むように、外との境界を主張する石積みの壁が静かに伸びていた。


その壁には、人が行き交えるほどの小さな門が一つだけ設けられていた。


「どこの村の者だ?」


私は声のする方を見た。

石壁の内側には木でできた見張り台があり、その上に、蒼い炎を灯した松明を手にした男が立っていた。


また、あの蒼。


「……カイ・アサギだ。」


見張りの男は一瞬だけカイを見つめると、高台から降り、錆びた鉄の門を開いた。


「村で問題は起こすなよ」


気怠そうにそう言い残し、男は私たちを中へ通す。

私の目には、彼の持つ松明の蒼だけが焼き付いていた。


◇◇◇


私はカイの背を追いながら、通りを歩いていた。

石造りの建物。木と布だけで作られた簡素なテント。滅びた文明の残骸を利用した建物。

統一感はない。それでも、この村は確かに人々の暮らす場所だった。


夜だからか、人影はまばらだった。

たまに見かける人たちは、皿のような浅い器に蒼い炎を灯して歩いていた。


そして、建物の隙間から漏れる光は、どれも蒼かった。


私は、ついに口を開いた。


「なんで、灯りが全部青いの?」


カイは真剣な表情をしていた。

そして、静かに答えた。


「あれを見ろ」


そう言って、通りの先にそびえる大きな建物を指差した。

それは、周囲の建物とは異質だった。

どこか洗練された石造りの教会のような建物。


「あの聖堂の中には、蒼炎の炉がある。この村で使われている炎は、すべてそこから分けられたものだ。」


カイが何を言っているのか、理解できなかった。

電気がないのはなんとなくわかっている。

でも、火なんて、自分で起こせばいい。

ライターやマッチがなくても、テレビで見たことがあるように、木を擦って火を起こすことだってできるはずだ。


それに、前を歩くカイは、まるで魔法のように火を生み出していた。


そして、私も――。


「なんのために、わざわざ火を分けてもらうの?」


「あの蒼い炎だけが、穢れなき炎とされているからだ。」


カイは、それ以上何も語らなかった。

私は黙って、蒼い灯りを見つめた。


村をしばらく進んだ。


薄暗い路地を抜けると、少し開けた場所に出た。

その奥でカイは、一軒の古びた石造りの建物の前で足を止めた。


「着いたぞ」


彼がそう言う。建物の脇には、大きな炉のようなものが据えられ、その周囲には鉄くずや黒く煤けた道具が並んでいた。


彼は何も言わず、石造りの建物の扉を開けて中へ入っていく。

私もその背を追った。


蒼い炎に照らされた室内。

壁際には、蓋の閉められていない木箱がいくつも並び、その中には剣や槍が乱雑に詰め込まれていた。


「カイか。ノックぐらいしろ。相変わらず無礼な奴だ」


奥から、太い男の声が響いた。


「ゲンさん。コイツを匿ってやってほしい。あんたしか頼れる人がいねぇんだ。」


カイの声が部屋に響く。


奥から、大柄で髭を蓄えた中年の男が姿を現した。

革のエプロンを身につけ、その太い腕には無数の傷跡が残っていた。


その鋭い視線が私へ向けられる。

その圧に、私は思わず目を逸らした。


「へぇ、そいつがねぇ。俺なんかに頼ってくるってことは、ミノアの連中は大丈夫なのか?」


「魔物の襲撃は、よくあることだ。だが、そろそろ、あの場所は限界だ。」


私は何か言おうと口を開きかけた。

けれど、結局何も言えず、マントの裾をぎゅっと握った。


「そうか。最近はここも大変でな。奴らの好き放題さ。」


男はそう言って、卓上の燭台で静かに揺れる蒼い炎を見つめた。


この世界で、何度目だろう。


また、何もわからないまま。

私は黙って二人の話を聞いていた。


「カイ、お前はどうすんだ? これから」


男の声が響く。


「今夜は宿をとって明日にはミノアに戻る。拠点のみんなが心配だしな」


カイは静かに答えた。


彼は、ミノアの人たちは大丈夫だと私に言った。

だけど今、目の前では「心配だ」と口にしている。


そうか。

当たり前だ。

彼にとって、私は、本当の気持ちを打ち明けてもらえるような存在じゃない。

ついさっき出会った、ただの他人なのだから。


そう思った瞬間、この千年後の世界には、私の居場所なんてどこにもないのだと思った。


「……ったく。しゃあねぇな。厄介ごとは昔から俺んとこに集まる」


男はそう言うと、木箱から一本の剣を取り出し、カイへ放った。

彼はそれを受け取り、静かに頭を下げた。


カイは剣を腰に差すと、私へ視線を向けた。


「トワ、安心しろ。ゲンさんに任せとけば、安全な場所に逃がしてくれる。……元気でな」


彼はそれだけ言うと、背を向けて扉へ向かった。 


私は、ようやく気づいた。


いや、カイは最初から言っていた。

私を逃がすと。

ミノアを助けるために、ここへ来たのだと。

そう思い込んでいたのは、私だけだった。


私の口は、開かなかった。

指先だけが、マントの裾を強く握っていた。


たった数時間、追い続けた背中が遠ざかっていく。


彼らが私を助けたのは、千年前の約束だと言っていた。

私が知らない恩を返し、それで終わる。


ただ、それだけの関係。

そう思おうとした。


私は、彼の背を見送った。


扉が静かに閉まる。


そのとき、不意に、彼が炙ってくれたイチゴの味を思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ