世界のかたち
傾いた陽の下、私とカイは東にあるナラの村を目指し、自然に呑み込まれた文明の跡を歩いていた。
その村にはカイ達の協力者がいるらしい。
その人に会ってどうするのかは教えてくれなかった。
私はミノアの拠点に残った人たちのことが心配だった。
カイは「……よくあることだ。拠点の戦士たちに任せれば大丈夫だ」と言った。
だが、そういう声は、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
彼がそうしているように、私もその言葉を信じることにした。
それに、きっとカイはミノアのために、その協力者へ会いに向かっているのだ。私はそう信じていた。
緑に呑まれた文明の残骸が、あちこちに点在していた。
進めば進むほど、ここが千年後の世界なのだという実感が強くなる。
私が辺りを見回していると、何かを察したのか、カイはこの世界について少しだけ教えてくれた。
――星堕の日。
私が眠ってから百年ほど後、災厄が天から降り注いだという。
その日を境に、世界は大きく変わってしまった。
それまでの文明は滅び、車やスマホは歴史の中にしか存在しない遺物だという。
夕暮れの空には、小さな竜のような生き物が飛んでいた。
翼を広げるたび、羽毛の隙間に鱗のようなものが光る。
カイはその姿を目で追い、何度も空を見上げていた。
「あれは、太古の時代には鷲という生き物だったらしい」
カイは静かに話を続けた。
星堕の日以降、人も含めた生き物は進化し、異能に目覚めた者も多くいるという。
さっき拠点に現れた魔物も、トカゲが進化した存在らしい。
ゲームでしか見たことのなかったリザードマンが、本当にいる世界。
人類の想像力って、すごい。
あの炎の剣は、カイの異能らしい。
彼の一族は代々、炎を操る力を持っているという。
だが、異能はできるだけ使わない方がいいとも言った。
理由は教えてくれなかった。
私のあの炎も、異能と呼ばれるものなのだろうか。
あまり使わない方がいいのだろうか。
疑問はいくつもあった。
けれど、今考えたところで答えは出ない。
私は昔から、深く考え込むより、ひとまず前を向くタイプだった。
ぐぅぅ……。
そう、腹の虫もそう言っている。
そういえば、あの日から何も食べていない。
……あれ?
私、千年間、何も食べてないってこと?
辺りを見渡すと、ツタに少し大きなイチゴのような実がなっていた。
「ねぇ、カイ。これって食べられるの?」
「ああ。イチゴだ。食えるぞ。」
彼はそれだけ答えると、また空を見上げた。
イチゴの名前は、千年経ってもイチゴのままだった。
私はツタから一つ実をもぎ取った。
みずみずしくて、おいしそうだ。
千年後、最初のフルーツ。
ゆっくりと口へ運ぶ。
その時だった。
「おい、生はダメだ」
カイがそう言って、私の手首を掴んだ。
「えっ!?」
思わず声が漏れる。
「イチゴって……いや、フルーツって普通、生で食べるものでしょ?」
カイは何かに気づいたように、表情を変えた。
「いいか。口に入れるものには、必ず火を通せ。死ぬぞ。」
彼が何を言っているのか、最初は分からなかった。
けれど、その真剣な表情を見て理解する。
ここは、私の知ってる世界とは違う。
リザードマンの姿や、白紅の炎が脳裏をよぎる。
全てが、変わってしまった千年後。
私は、そっと赤い果実を地面に置いた。
そして、カイの背を追う。
視線だけが、千年ぶりの果実から離れなかった。
そんな私を見て、カイは何も言わずツタからイチゴを一つもぎ取った。
一度空を見上げる。
周囲を確かめるように視線を巡らせた。
そして、まるで魔法使いのように、人差し指へ小さな炎を灯す。
逆の手に持ったイチゴを、その炎でさっと炙った。
「ほらよ」
そう言って、ぶっきらぼうな表情で、赤い果実を差し出した。
「ありがとう」
ほんのりと甘い香りがするそれを受け取った。
私は、思わず笑っていた。
まだ温かいそれを、少しかじる。
炙られたイチゴは、正直、美味しくはなかった。
それでも、その味はきっと一生忘れない。
◇
ナラを目指し、二時間ほど歩いていた。
私は運動神経がいい方ではない。
それでも歩くこと自体は苦にならない。
ただ、制服のローファーだけは、長旅には向いていなかった。
一度、大きな狼のような魔物に襲われた。
カイは一歩前へ出ると、炎の剣で一閃した。
恐る恐るその亡骸を見ると、カイの首元にあるものと同じ黒い結晶が、身体のあちこちから生えていた。
そういえば、あのリザードマンの身体にも、同じ結晶が生えていた。
気にはなった。
でも、今は考えないことにした。
◇
辺りはすっかり真っ暗になっていた。
カイが木の棒の先を燃やして作った松明だけが、私たちの頼りだった。
その炎を手にしてから、カイは何度も空を見上げるようになった。
魔物を警戒しているのだろうか。私には分からなかった。
◇
さらに少し歩き続けると、やがて暗闇の向こうに灯りが見えてきた。
その瞬間、カイは松明の炎を消し、棒を地面へそっと置く。
「トワ、ここからは絶対に火を使うな」
真剣な声だった。
私は黙って頷く。
暗闇の中、村だけが蒼く浮かび上がっていた。




