宇宙にある正義
光魔石の淡い光に、少女の白い肌が浮かび上がっていた。
整った顔立ちに、思わず見入ってしまっていた。
「この方が、紅炎の魔女ですか?」
おそらく私の知らない私の異名なのだろう。
見た目に違わず、綺麗な声だ。
「モメリア様、彼女の力は本物です。必ず我らの力になります」
ライラさんが言う。
少女の青い目が私を見た。
「モメリア・フローリナです。よろしくお願いします」
淡々とした挨拶が響く。
「えっと。神代トワ。よろしくお願いします」
どうにも調子が狂う。
「どうかされましたか?」
しまった。
さっきから、ジロジロ見すぎた。
「いや、すごく可愛いので」
「可愛い、とは?」
失言だったのか?
「いや、綺麗だなって」
「そうですか。確かに容姿が整っていることは否定しません。ですが、それが何か?」
かなり、話しづらい子だ。
「ジロジロ見てごめんなさい」
「いえ、謝る必要はありません。ですが、貴方にとって、私の容姿に何か価値があるのでしょうか?」
分かり合えないかもしれない。
「いや、だって、可愛いって正義だし」
それでも、分かり合うためには、ここで折れてはいけない。
モメリアは不思議そうに瞬きをして、少しだけ眉を寄せた。
「なるほど、貴方にとって容姿が整っていることは正義なのですね。覚えておきます」
綺麗な顔をしているけど、なかなか癖の強い人なのかもしれない。
「しかし、どうするつもりだ?北剣をモメリア様の護衛につけるという話だったが、彼女に務まるのか?」
私たちのやり取りを遮るように、低い声が響いた。
大柄な男が、ライラさんに詰め寄っていた。
どうやら私は護衛をするらしい。もちろん未経験だ。
勝手に話が進んでいるけど、私もやめた方がいいと思う。
その後も、話が続いていた。
なんでも、クレーター内でも魔物が増えていて、その討伐依頼が来ているらしい。
「蒼炎はまだ多くの民の心にある。血だけでは我々の言葉は届かない」
大柄な男が声を張り上げた。
モメリアを同行させ、民の信を得るべきだとか、ちょっとよく分からない話をしていた。
不意に私の名前が聞こえた。
顔を上げると、皆がこちらを見ていた。
結局、私の力に疑問を持つ者も多く、モメリアは討伐に同行しないことになった。
私はただ黙って聞いていた。
うん、正しい選択だと思う。
話し合いの間、モメリアは一度も口を開かなかった。
ただ、伏せられた青い瞳には、何か思うところがあるように見えた。
「トワ、今回はお前もここに残れ」
カイが言う。
ここにいる誰よりも、私はカイを信頼していた。
だから、彼と離れることには少し不安があった。
それでも、魔物の討伐で私が役に立つとは思えず、素直に頷いた。
話が終わると、皆は次々に部屋を出ていった。
モメリアも大柄な男と共に姿を消した。
私もライラさんに案内され、用意された部屋へ向かった。
◇
部屋に運ばれてきた質素な夕食を食べ終え、私は隅に置かれたベッドに腰掛けていた。
少なくとも、この地域では蒼炎教の影響力が弱まっている。
ミタの人々は、ただ自分たちが生き延びるためにアリアで戦った。
ここでは、不死鳥の騎士として英雄のように語られているが、あの人たちの願いが叶ったのか正直分からない。
死んでしまった人にはもう何も聞けない。
でも、生き残った人達が、今何を思っているのか知りたい。
ふと窓に目を向けると、月明かりが差し込んでいた。
私は誘われるように部屋を出た。
この辺りは、カイと来た道とは違い、分かりやすい作りになっていた。辺りをキョロキョロ見回しながら歩いていると、通路を歩いていた大柄な男と目が合った。
「あのー」
「ヒアサだ、何をしている?」
「ヒアサさん、ここ屋上とか出られますか?」
「見張りとは感心だが、この暗さでは意味がない」
彼はそう言って、通路の先を指差したので、私は軽く頭を下げ、奥に見えた階段へ向かった。
あの部屋では、ヒアサさんの視線を何度も感じた。まるで何かを見定めようとしているようだった。たぶん、私の力を信用してないのだろう。
聡明だ。
階段を上りきると、冷たい風が頬を撫でた。
塔の屋上に出た。
昼間なら、四方の見晴らしが良さそうだ。
暗くてよく見えないけど、ここから周囲を見張るのだろう。
空を見上げた。
夜空を遮るものは何もなく、黒い宇宙には、見たこともないほどの星々が散りばめられていた。
私の思った通りだ。
だけど、白い息まで輝きそうなほど寒い。
これは想定以上だ。
私は暖を取るため、左手の人差し指から小さな炎を出した。
私だってこの時代に目覚めてから色々と試していた。
こういった普通の炎の扱い方も、なんとなくだが覚えていた。
風に煽られ、指先の炎が揺れた。
ふわりと、石鹸のような香りが漂ってきた。
千年前を思い出させる、どこか懐かしい香りだった。
ふと、小さな炎の向こうに人影が浮かんだ。
私と同じように無意味な見張りをしている人がいるのだろうか?
いや、あれは。
私はゆっくりとその人影に近づいた。
石鹸のような香りが、少し強くなった。
暗がりに金色の髪が揺れていた。
「寒くないの? 風邪引くよ」
私は右手で風を遮りながら、人差し指に灯した炎をモメリアへ近づけた。
「あら、ありがとうございます。マッチを売る少女みたいですね」
こちらを振り向いた彼女の口から、思いがけない言葉がこぼれた。
「えっ? マッチ売りの少女、知ってるの?」
「ええ、こちらにある書庫で拝見しました。興味深いものがたくさんありました。あなたも覗いてみてはいかがですか?」
そうか。あれだけ探しても見つからなかったのに。
あるところにはあるんだ。
「どうしましたか?顔が緩んでいますよ」
「ううん。別に」
少し眠たげな青い瞳が炎を見つめていた。
やがて、彼女は宇宙を見上げた。
「貴方にとっては、その炎もあの星々も正義なのですか?」
なんだか、すごい解釈をされている気がする。
「うん。そうなるのかな」
「そうですか。では、貴方の忠告に従い戻ります」
そう言って、彼女は金色の髪をなびかせ、階段へ向かった。
そこまでは言っていないと思いつつも、私も寒さに抗えず、正義を後にした。




