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火蜥蜴

カイやライラさん達、二十人ほどが依頼された魔物の討伐に出た。

塔に残ったのは、モメリアや私を含めて十人ほどだった。


特にやることもなかった私は、昨晩モメリアが教えてくれた書庫を訪れていた。


『マッチを売る少女』と表紙に書かれた本を、ようやく見つけた。


古びた子供向けの絵本。

それでも千年前のものにしては新しすぎる。


大晦日、裸足の少女がマッチを売っていた。

彼女は寒さに耐えきれず、一本のマッチに火を灯す。

揺れる炎の中に暖炉が浮かび、少女は束の間の暖かさに包まれる。

私の知る『マッチ売りの少女』だった。


ページをめくると、寒空の下で何かを待つ、同じ年頃の少女が描かれていた。

マッチ売りの少女は、彼女のために二本目のマッチを灯していた。


二人は小さな炎を囲み、肩を寄せ合っていた。

その炎の中に、湯気の立つ馳走が浮かんでいた。

やがて、炎を分かち合った少女は手を振って去っていった。


三本目、四本目。そして物語は、私の知る結末を迎えた。

二本目のマッチの場面だけが私の知るものと少し違った。


私はその本を棚に戻した。


昨晩、炎を見つめていたモメリアの顔が浮かんだ。

なぜか、少し口元が緩んだ。


好奇心に火がつき、本棚を見渡した。


『千年前のユートピア』

『万象の魔導士』

『東洋のヴィーナス』


どれも気になってパラパラとめくってみたが、小難しそうですぐに棚へ戻した。

この時代の文字が自然と読めるのは、今でも不思議だった。

エイオンの力なのだろうか?


読みやすそうな本を求めて、再び棚を見渡した。

『旧界に眠る者』。そう書かれた本を取り、席に腰掛けた。

ある冒険家の伝記らしい。旧界の奥で巨大な魔物を目撃したとか、そんなことが書かれていた。

無駄に武勇伝が多い。

読みやすさだけは期待どおりだった。


徐々に睡魔が迫ってくる。

そして、机に伏せて目を閉じた。


◇


ドンッ!


突然の轟音に飛び起きた。

まだ足元が微かに揺れている。


私は急いで書庫を出た。

通路は何事もなかったように静かだ。


ドンッ!!!


先ほどとは比べものにならない衝撃に、塔全体が揺れた。


私のアーカイブが警鐘を鳴らす。

モメリアだ。彼女の元へ向かわなければ。


幸い、自室はすぐ近くだった。

駆け込むなりローブを羽織り、短剣を身につけて飛び出した。


カイに教わった塔の構造を思い出し、モメリアの部屋を目指した。


階段を駆け上がる。


そこだけは、カイが念入りに教えていた。

この階だ。


通路の奥に、二つの人影が倒れていた。

その足元には、血溜まりが広がっていた。


それでも、私は真っ直ぐモメリアの部屋へ向かって走った。

奥に見える扉だ。


十字路を抜けようとした瞬間、視界の左端に黒い影が映った。

一瞬の出来事が、妙にゆっくりと見えた。

剣が斜め上から、私の首元へ迫ってくる。

剣が届くよりも早く、右手は腰の短剣を抜いていた。

腰を捻り、逆手に握った短剣を押し出すように振り抜いた。

左から迫る剣に短剣の刃が触れ、鋭い金属音が響いた。

衝撃に腕が震え、短剣ごと押し込まれる。

銀色の刃が視界に迫る。

私は刃を受け流しながら、身体を回転させた。

敵の剣は虚を斬り、石床を叩いた。


再び体勢を整え、影へと目を向けた。

黒い軽鎧をまとった男が、剣を構えてこちらを見ていた。


「玄甲流か。珍しいな」


男は小さく呟いた。

以前の私なら、震えていたはずだ。


死が遠い。

ずっとそう感じてきた。

生が遠い。

今、初めてそう感じている。


黒板に引かれた白い線。

だから、人の目には映る。


目の前の男の目には、私の生が映っているのだろうか。


「やらせない」


自分の声がやけに低く聞こえた。

左手で地面に触れた。


「火蜥蜴」

バチバチと、炎の弾ける音が響いた。


手から放たれた熱が床を巡り、やがて五つの紅い炎の影となった。

それらは静と動を繰り返しながら、床を駆けた。


男の足元で止まった一つの紅影が、バチッと音を立てた。

次の瞬間、影が燃え上がった。男の剣ほどもある炎の蜥蜴が、そこから飛びかかった。


男の剣が横薙ぎに火蜥蜴を切り裂く。だが、それは炎だ。

剣の刃が溶け、火蜥蜴は男の右腕を焼きながら背後へ回り込んだ。

そして再び紅影となり、石壁へ潜った。


男は焼けた右腕を左手で押さえた。

それでも、溶けた剣を構え直した。


だが、紅影は止まらない。床を、壁を、天井を、蜥蜴のように這い回る。


「紅い炎。まさかお前が、紅影の魔女か!?なぜここに!?」


何かを言っている。

早くモメリアの元に、行かないと。

私はその男に背を向けて走り出した。


背後で、男がまだ何かを叫んでいる。

だけど気にせずに進んだ。


「レイス王国に栄光あれ!」


その叫びと同時に、凄まじい爆発音が響いた。

背中に強烈な衝撃が走った。

私はそのまま吹き飛ばされ、床にうつ伏せで倒れた。

なんとか身を起こし、男の方を振り返った。

だが、そこには誰もいない。

壁も床も削られた十字路に、爆発の煙だけが漂っていた。

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