禁じられた好奇心
何事もなければ、トキの街までは三十分もかからないはずだった。
黄色い瞳。
鱗に覆われた身体に、古びた鎧を纏っていた。
私達は、少し開けた荒野でリザードマンの群れに囲まれていた。
怒号と剣戟が響く。
商人といえど、こんな世界だ。皆、武器を手に戦っていた。
カイも、少し先で戦っているのが見えた。
私は後方で、荷車と走竜を一応守っていた。
混戦を抜け出した一匹が、爬虫類のような独特の動きでこっちに近づいてくる。
あっという間に目の前まで迫ってきた。
そして、刃こぼれした斧を横薙ぎに振るった。
その動きはよく見えた。
私は半歩身を引き、右手の短剣で斧の軌道を逸らした。
バランスを崩したリザードマンを、色黒船長ことマギさんの剣が切り裂いた。
しばらくすると、カイや他の商人たちが荷車の方へ戻ってきた。
リザードマンはすべて倒したようだ。
私は右手の炎で、皆の傷を順番に治していった。
「すげーな、こんな異能みたことないわ」
一人の商人が目を丸くした。
「トワ、うちに入れよ。報酬ははずむぜ」
マギさんの表情は真剣だった。
「船代の二十円分は働きます」
「もう釣りが出るわ。相当命削ってんだろ?」
「大丈夫っぽいです」
「そうか。古の異能ってやつだな。そりゃスゲーよな」
古の異能。
たしか、堕星の日より前から存在した異能。
希少で、強力だと聞く。
一瞬、ミカの姿が浮かんだ。
だけど、私の力はたぶんエイオンの力。
私は勝手に魔法と思っているが、たしかにこれも古の異能ではあるのかもしれない。
彼女は多くのことを知っているのだろう。
だけど、私と彼女の十年は、何かを尋ねる前に終わった。
「それにしてもよ、その剣術、玄甲流だろ?
そんな細腕で、すげーな」
チョビ髭商人こと、プショさんが目を丸くして言う。
ロイさんは言っていた。
『生き物には本能的に死に対する恐怖がある。だがお前にはそれがない。だから、お前は刹那を見極められる』
脚は何度も震えた。怖いと思うことだってある。
でも、それは死ぬことへの恐怖じゃない。
だって、私は死なないのだから。
最後にカイを治癒しようと近づいた。
彼はほとんど無傷のようで、じっと立っている。
ワイバーンはもう空を支配していないはずだ。
それでも、彼の眼差しは青い空に向けられていた。
「俺は大丈夫だ」
彼はそれだけ言った。
その言葉や様子に虚勢はなかった。
「空、気になるの?」
以前は聞けなかった。
この時代について何も知らなかったから。
「ああ、龍が出たって聞いてるからな」
今は聞けた。
少しは世界を知っている。
「そんなに、怖い魔物なの?」
「魔物。そうだな」
「龍は災害だ。それに気まぐれだ。とにかく、出会ったら逃げるしかねーな」
マギさんが、軽い調子で言う。
それでも、カイは空から目を離さなかった。
その伝説の生き物が、人に危害を加えていることはわかっている。
それでも、見てみたい。
そんな好奇心が、心の奥に確かにあった。
それは、拾い上げることも、口にすることも、許せれない、禁じられた好奇心。
私はゆっくりと空を見上げた。
港を出る頃まで雪を降らせていた雲は、もうどこにもなかった。
ただ、青い空が広がっている。
その青さだけは、千年前と何も変わらない気がした。
◇
荒野から森林地帯へ入る。
すぐに木々を抜けると、先は断崖になっていた。
走竜は果てしなく続く崖の縁を駆けた。
ちらりと横を向くと、そこには巨大な何かが落ちたような、クレーターにも似た窪地が広がっていた。
そして、その底には、この世界に来てから見たこともないほど大きな街があった。
「あれがトキの街だ」
カイが呟くように言った。
私はさらに荷車から身を乗り出した。
石造りの建物がひしめく街の中心に、ひときわ大きな白い時計台がそびえていた。
この時代に来てから見たこともないほど巨大な建造物。
まるでお城のようにも見えるその時計台に、荷車の揺れも感じないほど目を奪われた。
我に返ると、走竜は崖に沿って街へと続く道を進んでいった。




