帰郷
前に来たときは白い砂浜だった。
今は雪が積もっている。
その先に停まっていた船は、想像していたものとはかなり違った。
数十本の丸太を組み合わせた船体に、大きな帆が一枚。
その周りでは、十人ほどの商人が荷を降ろしていた。
アニメに出てくるような大きな帆船が来ていると思っていた。
だけど、この時代の文明を考えれば、これでも立派なのかもしれない。
それにしても、この船で目の前の海を本当に渡れるのだろうか。
「カイもこれで来たんだよね?」
「ああ」
「これ、本当に大丈夫なの?」
カイは何故かキョトンとした顔をした。
不安はあるけど、彼のこの反応を見る限り、大丈夫なのだろう。
砂浜にいる人々を見渡した。
商人の中に見知った顔はいない。
買い出しに来た村人たちは、みんなどこかで見た顔だった。
私は村人たちから目を逸らした。
また、寂しくなってしまうから。
それでも、声は聞こえてくる。
村人たちが欲しい物を伝えているようだった。
次にこの船がやってくるのは、いつになるかわからない。
だからこそ、必要な物を今のうちに注文しているのだろう。
私の横でカイはじっと海を見ていた。
その横顔はたしかに以前より大人びていた。
「カイはあんまり、変わんないね」
「そうだな。もう三十になるんだが、周りほど歳をとった気がしない。黒石化もほとんど進んでいないしな」
たしかに。
はっきりとは覚えていない。
だけど、彼の体にはあの黒い石があった。
今は見当たらない。
「お前のおかげかもしれないな」
彼が潮風にかき消されそうなほど、小さな声で呟いた。
そういえば、彼を治癒したことがあった。
だけど、そんなことはないだろう。
やがて、用事を済ませた村人たちは散っていった。
私は一人の商人に近づいていった。
立派なチョビ髭の中年男性。
私の勘では、この人が一番偉い。
「あのー、本土まで乗せて頂けませんか?」
「おっ?構わねーが、島の子か?」
「いいえ、本土の方の生まれで」
「へー、珍しいな。一律20円だが払えるのか?」
20円? 私の感覚ではびっくりするほど安いけど、たぶんお金の価値が違うんだろう。
私は、背負った布袋から巾着を取り出した。
その中に、砕かれた金色の魔石が詰まっていた。
これで足りるだろう。
そう思って勘定してもらおうとすると、カイが身を乗り出した。
「俺の連れだ。一緒に乗せてくれねーか?」
「へー、カイの連れね?じゃあ、灰の人か?
なるほど。船長ーーいいか?」
あっ、私の勘は外れたみたいだ。
「あー、町に戻るまでの護衛が増えるってことだろ?ラッキーじゃねーか」
中年の色黒男がこっちを見ていた。
私を護衛としてカウントするあたり、適当そうな人だ。
「魔石の命素も溜まったし、そろそろ出るぞ」
色黒の船長が気怠げに言う。
商人たちが、砂浜に乗り上げていた船を押していく。
やがて船体が海に浮かんだ。
一人、また一人と船に乗って行く。
その度に、船体が揺れた。
不安になる。
ついに、カイが船に乗った。
その背を追い、私も勢いよく飛び乗った。
足の裏で、一本の丸太がぐっと水に沈み込むのを感じた。
けれど、乗ってしまえば案外安定していた。
波打ち際に残った三人の商人が船を押し、勢いがついたところで、その人たちも飛び乗った。
三人はポチのように濡れた身体を震わせ、水滴を飛ばした。
この気温で海水浴とは、見てるだけで凍えそうだ。
船はゆっくりと、いや、案外速く島から離れていく。
丸太を組んだだけの船なのに、不思議だ。
「カイ、この船なんでこんなに速いの?」
カイは船尾へ歩いていった。
そして、丸太の先端を指差した。
「この魔石だ」
確かに、丸太のそれぞれの先端には魔石のようなものがついていた。
そこからは、たくさんの泡が吹き出している。
どういう仕組みなのかはわからないけど、これが船を進めているらしい。
気づけば、さっきまでの浜辺は遠くなっていた。
ここからでも、あの村が見えた。
私は雪に包まれるその景色を心に焼き付けた。
◇
不安しかなかったけど、思いのほかあっさりと本土に戻ってこられた。
そこは港というには寂しい場所だった。
雪をかぶった小さなテントがいくつかと、走竜が目に入った。
少し先で、商人達とカイが何かを話していた。
断片的にしか聞こえない。
「西の動きもきな臭ぇ。おまけに、この辺りには白龍まで現れたって話だ」
「今の灰の戦力じゃ……」
龍?そんな生物がいるのか?
やはり、人類の想像力は凄すぎる。
「これだったら、蒼炎教がいた頃の方がマシだったかもしれねーな」
そんな言葉が聞こえてきた。
そうか。
ただ、カッコいい生き物じゃないんだ。
危険な生き物。
私が招いた結果。
カイがこちらへ歩いてきた。
何かを察したような顔をしている。
「どうした、トワ?」
「うん、ちょっと船酔いかも」
口にした言い訳が、自分でも白々しかった。
「マシになったさ。別の問題が出てきただけだ」
カイは静かに呟いた。
私は何も答えられなかった。
「ミタの奴らを見つけたいが、彼らが今どこにいるかは分からない」
「まずは、商人と共に、トキの街へ向かう。いいか?」
私は頷いた。
準備が整った。
五匹の走竜が、それぞれ荷車を引いている。
私とカイはそのうちの一台に乗り込んだ。
炎の跡に築かれた十年後の世界。
私は進みだした。




