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紅炎の魔女

「誰だ?」


ロイさんは庭に飛び出してきたポチの相手をしていた。


「カイだ」


ロイさんは、カイの顔をじっと見た。


「わしはもうミノアとは関係ない。なんなら、お前らにとっちゃ裏切り者じゃろ?」


「確かに、族長はあんたを良くは言ってなかった。だが、あんたにも、あんたなりの正義があったんだろう」


ロイさんは、興味なさそうに家に向かって歩いていく。


「トワ、何をやっとる? 船が来とるじゃろ。行かんのか?」


「次でも、いいかなって。みんなを探すの」


気づけば、そう口にしていた。


「なんじゃ、帰りたい帰りたい言っておったのに。なら、はよー入れ。風邪引くぞ」


いつもより少しだけ、ロイさんの声が優しく聞こえた。


私は一瞬カイを見たが、ロイさんの背を追おうとした。


「ロイさん、頼む。力を貸してくれ。俺たちの故郷を助けてくれ」


カイが必死に叫ぶ。


「わしは凡人じゃ。せいぜい、この手の届くものを守るので精一杯よ。

それが、わしの答えじゃ」


どうしても何かが気になって、私は足を止めた。


「今は、前より大変なの?」


一瞬、あの蒼炎が脳裏に過ぎった。


「ああ、蒼炎教の勢力はこの一帯から引いた。だからこそ、魔物が勢いを増している」


やっぱり、何を言っているのか分からない。


「皮肉にも奴らの力が、人の世を守っていたってことだ」


違うはずだ。

あの蒼い炎は、人々を支配し抑えつけていた。

だから、ミタのみんなは戦って……。


カイだって空を見上げて、常にあのワイバーンを警戒していた。

私は覚えている。


「ミタの奴らは、いつからか『不死鳥の騎士』と呼ばれるようになった。誰がそう呼び始めたのかは知らない。奴らが何を考えているのかも、俺にはわからない。だが、今も戦っている。自分たちが招いた結果と」


そうか。

十年前、アリアで私が放った炎が、何かを招いた。


「私が、炎を放ったの。アリ……」


足を止め、こっちを見ていたロイさんの気配が変わった。


「トワ! お前は、お前が守りたいものを守ったんじゃ!」


そうか。ロイさんは何かに気づいていたんだ。

あの海辺に、たった一人でいた私を見て。

そして、たくさんのことを教えてくれた。

『お前は悪くない』

ロイさんは、そう言って私を庇おうとしてくれているんだ。

でも、私はそんなに弱くない。

いや、あなたのおかげで、少しだけ強くなった。


私が焼いた。

その結果と、大切な人達は十年間も向き合ってきた。

そして戦い続けている。

私だけが、逃げていていいはずがない。


この島も、ミタのみんなも、ミノアのみんなも。みんな、私の守りたい人たち。


「カイ、私も一緒に行きたい」


思いとは裏腹に、自分でも驚くほど弱々しい声だった。


ロイさんがこちらを見ている。

たぶん、私の言葉は聞こえていない。

カイも、じっと私を見ていた。


怖い。

でも。

あのとき、アリアで命を落とした仲間たちの顔が脳裏をよぎる。

私の中にある小さな焚火を一緒に囲んでくれた仲間たち。

その生きた意味を紡いでいけるのは、私だけなんだ。

それが私の不滅の炎の意味。


「カイ、ロイさんの代わりにはならないけど、私が行く」


今度は、はっきりとそう告げた。


カイは何かを迷っているようだった。

雪が一段と強くなってきた。

いつの間にか家に戻っていたロイさんが、外へ出てきた。


大きな袋を私の足元に放り投げ、こちらを見た。

袋の中を覗くと、ローブや短剣、それに、あのお金が入った小さな巾着まで収められていた。

私は、そのローブと短剣を身につけてカイを見た。

カイもじっと私を見た。


「不死鳥の巫女、よろしく頼む」


彼は静かに呟いた。


私はロイさんとポチの方へ振り返った。


「ロイさん、わがままな孫娘でごめんなさい。でも、あなたに教えてもらったこと、絶対に忘れないから。ありがとう」


泣きそうになるのを、ぐっと堪えた。


ロイさんからは何も言葉が返ってこなかった。


カイはロイさんに軽く会釈をして歩き出した。私も振り返り、その背を追った。


柵に立てかけられた木剣には雪が積もっている。

ポチの背中の感触が蘇る。

少し癖のあるねまた茸の匂いまで、ふと蘇る。

トワと呼ぶあのしゃがれた声が耳に残る。


もう二度と会えないかもしれない。

足を止めた。

ロイさんはどんな顔で私を見ているのだろう?

ポチもまだ、私の背中を見送ってくれているのだろうか?


それでも、振り返らなかった。

私はかつて追えなかった背を静かに追った。

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