再会
ぽーん
木製の短剣が私の手から弾き飛ばされ、視界をよぎって地面に落ちた。
ロイさんが鋭い視線をこっちに向けている。
私は急いでその木剣を拾った。
玄甲流
今の時代に存在する、歴史ある流派の一つだと聞いている。
なんでも、三千年の歴史があるというのだから、私の生まれた時代にも既にあったということだ。
本当かは知らない。
後の剣、つまり相手の攻撃に応じて返す剣術としては、現存する流派の中でも最高峰らしい。
私はカードゲームでも後攻のまくりが性に合っていた。
ちなみに、この辺の情報は家にあった本から得たものだ。ロイさんはそういう座学的知識は何も教えてくれない。
この島に来てからというもの、生きる術を学んだ。
おかげで、サバイバルには強くなった。
でも、目の前の老人が見ず知らずの私になぜこんなにも色々と教えようとしてくれるのかは分からなかった。
「ねぇ、ロイさん。なんでこんなに親切にしてくれるの?」
私は剣を構えずに、ふと尋ねた。
「この歳になると、色んな後悔もあるんじゃ。はよ構えろ」
何も答えてくれないと思っていたけど、妙に深くて、よく分からない答えが返ってきた。
「私が一本とったら、ちゃんと教えて」
「ああ、一本とれたらな」
おっ!やる気が出た。
が、私の手にした剣は一瞬で宙を舞っていた。
◇
渡り商人は前触れもなくやってくる。
すでに、季節は冬になっていた。
辺り一面は真っ白だ。
どうやら、地球温暖化はこの世界線では問題なかったようだ。
寒い。
私の剣の腕も少しはマシになったようで、ゴブリンの棍棒はほぼ流せるようになっていた。
大きな狼の魔物の牙も、十回に八回くらいは受け流せる。
私の身体能力はこの時代の人々には遠く及ばない。それでも、以前と比べれば妙に身体のキレがいい。
生活改善の結果だ。たぶん。
ロイさんは魔物の討伐に出かけていた。
最近、近隣で割と強力な魔物が見つかったらしく、私とポチは留守番だ。
私は居候としての務めを果たすべく、家事に勤しんでいた。
「ロイさん、いるのかい?」
庭先から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
私が外に出ると、ご近所のおばちゃん、マーサさんが立っていた。
「マーサさん、おはようございます。ロイさんは出掛けてて」
「あら、トワちゃん。ちょうど良かった。あんた、本土に行きたいのよね? 今ね、渡り商人が来てるわよ」
「え?本当ですか?」
「そうよ。今、浜辺で荷を下ろしてるわよ」
本土に戻れるチャンスだ。
だけど。
「早くしなさいよ、いつまでいるのかもわからないんだから」
そう言って、マーサさんは帰っていった。
私は部屋に入った。
囲炉裡の炎の近くで、ポチが寝ていた。
よく見ると、黒い毛に白いものが混じっている。
こんなに元気だけど、十二歳だと聞いている。
私がその寝顔を見ていると一瞬目を開けて再び目を閉じた。
奥の棚に置かれた布袋が目に入った。
あの中には金を砕いた通貨が入っている。
船が来たらそれを使えとロイさんが準備してくれたものだ。
次でもいいんじゃないのか?
またすぐに来るだろう。
私は、家事に戻ろうとした。
「すみません。ロイさん、いますか?」
外から聞こえてきたのは、どこかで聞き覚えのある声だった。
私は、声の元へと向かった。
ゆっくりと横引きのドアを開ける。
外からは冷たい風と雪が吹きこんできた。
炙ったイチゴの味が記憶の底から蘇った。
銀髪に漆黒の瞳。この世界で何も分からない私を、必死に助けてくれた人。
カイ。
「トワ」
以前より少し大人びた顔のカイが、目を大きく見開いて私を見ていた。
「トワ、どうして……いや」
「私はここでお世話になってて。
カイこそどうしてここに?」
「いや、俺は、ロイさんに用があって」
ロイさんはカイと知り合いなのか?
「ロイさんは、今は出掛けてて」
「そうか、なら出直す」
カイは背を向け、ゆっくりと歩き出した。
「待って!家で待ってたら?」
気づけば、私の横でポチが少し警戒しているような目でカイを見ていた。
だけど、私は知っている。
あの背中が、どれほど優しかったか。
「そうか、なら庭で待たせてもらう」
この人は無駄に頑固だった。
こんな寒い中、外で待たれたら、こっちが気まずい。
とはいえ、私の家でもないので、軽く頷いた。
◇
彼は本当に外で待っていた。
私は囲炉裏の火でスープを温め、木の器によそった。
それを手に、カイのもとへ向かった。
カイの横に立った。
彼はどこか遠くを見ていた。
「はい」
私が木の器を差し出すと、軽く頭を下げて受け取った。
カイがスープをすする音だけが、静かな庭に響いた。
「ロイさんに何の用なの?」
「少し力を借りたくて」
めちゃくちゃ曖昧な言葉が返ってきた。
「ナラの件はすまなかったな」
「ううん、別にカイが悪いわけじゃないし」
私はカイを恨んでなんかいなかった。
いや、当時は置いていかれたことを恨んでいたかもしれないが。
「ミノアは大丈夫なの?」
「そうだな。みんな散り散りになったが、元気にやってると思う」
そうか、やっぱりあの場所は失ったのか。
「カイは今何をしてるの?」
あれから十年は経っているはずだ。
ならば、彼も三十近いはず。
それにしては、隣に立つカイの顔は妙に若く見えた。
「俺は、灰の下で動いている」
灰。
ライラさんの顔が脳裏をよぎった。
「アリアを落としたのは、お前なんだろ?」
彼は私の目を見た。
「私は、何もできなかった。ミタの人たちが……」
「そうか、彼らも彼らなりに責を全うしているということか」
カイは木の器から立ちのぼる白い湯気を、ぼんやりと見つめていた。
私には彼が何を言っているのか分からなかった。
「火、取り戻したんでしょ? ミタの人たちが」
自分でも、少し棘のある言い方になったと思った。
「そうだな、彼らは彼らの正義を貫いた。
だが、正義なんてものは、人によって違うんだろうな」
彼の言葉が静かに響いた。
アニメなのか、偉人の言葉なのかはわからない。
それは私にとって、どこかで聞いたチープな言葉だった。
足音が近づいてきた。
雪の中、コートを深く着込んだ老人がゆっくりと歩いてくる。
私は深い皺が刻まれたその顔を見て、ただ安堵していた。




