ベリーハードモード
私は渡り商人が来るまでの間、おじいさんことロイさんのもとでお世話になることになった。
この島は、ミタのあるバンシン地区の南西に位置する、クラド島というらしい。
島といっても決して小さくはなく、端から端まで歩こうと思えば、数日はかかるという。
この島での生活はとても健康的だが、ハードだった。
早朝はポチの散歩に振り回され、日中はロイさんと釣りや採取に出かける。
屋内を愛してきた私には、試練の連続だった。
そして、もう一つ。
十七年間の人生とは無縁だった日課がある。
ポチの散歩は私の担当になったのだが、その後にはロイさんによる剣術の特訓が待っていた。
なぜロイさんがそれを始めたのかはわからない。
初めてポチの散歩に出た日、ヘロヘロになって帰ってきた私に、短剣ほどの木刀を投げてきた。
その鋭い視線に逆らえず、特訓が始まった。
それから、三週間ほど経っているが、
私は相変わらず雑魚だ!
◇
早朝は少し肌寒い。
「ワンワン」
やべ、散歩を早めに切り上げようという私の浅ましい魂胆を見抜いたのか、ポチが怒っている。
もう、ヘロヘロだ。
私はポチの大きな背中に、ぐったりと上半身を預けた。
ポチは首をこちらに向け、丸い目で私を見つめた。
まるで『情けない』とでも言いたげだ。
いや、おっしゃるとおりだ。
なんとか、ポチに引っ張られ家に帰ってきた。
うわー。
すでに、ロイさんが庭で剣を振っていた。
私の推定では七十歳。
間違いなく私より元気だ。
風を切る音が響く。
木剣は淀みのない軌跡を描き、剣先は寸分の狂いもなく静止する。
剣のことなんて何も分からない私でも凄いと思う。
「トワ、帰ったか。ならば、早く準備をしろ」
鋭い視線がこちらに向けられていた。
ローブを柵に掛け、その足元に置かれた木製の短剣を手に取った。
正直、気は進まない。
だけど、自分の身ぐらいは守れないと、この時代ではやっていけない。
それくらいは理解していた。
私は右手の木剣を突き出し、構えを取った。
「脚じゃ!脚が揃っとる!」
慌てて右脚を一歩踏み出す。
「構えは剣を持つ手と逆の脚じゃ! 何度言えば分かる!」
言われるがまま、足を入れ替えた。
次の瞬間、黒い影が視界を横切った。
気づけば、右手が空っぽになっていた。
木の短剣が宙を舞っている。
「ここが戦場なら、もうお前は死んどるぞ」
私は横に立つロイさんの目を見た。
その通りだ。
私にとって死は遠い。
だけど。
私は足元に転がる木剣を拾い上げ、距離を取り、もう一度構えを取った。
「お願いします」
左足で地面をしっかりと踏みしめた。
右手の木剣を正面に構え、意識を集中させた。
再び黒い影が視界を走る。
今度は目を逸らさなかった。
迫る一撃に木剣を合わせる。
右手に衝撃が走り、腕が痺れる。
それでも、木剣の柄を握りしめた。
気づけば、ロイさんはすでに距離を取り、こちらを見ていた。
「よし、初めて生き残ったな」
その眼差しは、いつもと変わらず鋭かった。
だけど、その口元は少しだけ緩んでいるように見えた。
三週間かかって、初めて生き残った。
「よし、トワ、午後からは魔物討伐に行くぞ」
……はい?
ロイさんはすでに、家の外壁に立てかけられた剣を品定めするように眺めていた。
ポチは尻尾をプロペラのように回している。
なんでそんなに嬉しそうなんだ?
どうやら今日の難易度は、ベリーハードらしい。




