人と火
「おい、そこじゃそこ、そこを掘れ!!」
私は森の中で、海辺で出会ったおじいさんに指示されながら何かを掘っていた。
短剣をスコップ代わりに、土をどかしていくとやがて茶色いキノコのようなものが見つかった。
「おお!先週の雨でいい感じで出てきだしておる」
おじいさんは満足気だ。
「おい」
「はい」
「次行くぞ」
凄い圧だ。
「あのー?」
返事はない。ピンピンしているのに。
「あのーーー」
「あん?なんじゃ?」
「あの、海をわたりたいんですけど」
「あー さっきも言っておったな」
「そうじゃな、渡り商人の船じゃな。
本土にいくには、それにしかないな」
渡り商人、あの人達なのだろうか?
「じゃがなぁー おめぇー 金あるのか?」
もちろん私は一文無しだ!
そもそも、この時代にはお金なんてなかったはずだ。少なくとも10年前は。
まぁいい、とにかく一文無しだ。
「お金、ありません」
清々しい。
我ながら。
「なら、もっと働け、あっちだ」
もしかしたら、このキノコ狩りにはお給料がでるのか?
よし!
「おい、トマそこだ、そこを掘れ」
トマ?誰だそれは。
まぁいい。
おじいさんは、大きな木の根元を指差している。
私は再び、短剣をスコップ代わりにして掘る。
ルビさん、あなたからお借りしている短剣をこんな使い方ばかりしてごめんなさい。
それから、日が傾きだすまでキノコ狩りは続いた。
私が担いでいる布袋には、このキノコがいっぱいに詰まっている。
ねまた茸という、この島の特産品で、スープにしても、焼いても美味しいらしい。
おじいさんの話ぶりから火は普通に使っているようだった。
「おい、トメそろそろ帰るぞ」
誰だ、さっきまでトマじゃなかったか?
まぁいい。
給料が出るはずだ。
それに、あわよくば晩御飯も。
「はい」
私はおもいっきり元気に返事をした。
◇
おじいさんと共に夕暮れの道をしばらく歩くと、高台に小さな村が見えてきた。
一人でいたときに魔物と出会ったせいか、草木の音にも少し敏感になっていた。
けれど、結局は何事もなかった。
おじいさんは普段から一人でウロウロしていると言っていた。
一応、腰には剣を差しているが、平和な森なのだろう。
「おいトワ!村についたぞ!」
あれ?トワだ。
「おまえ、本土から来たんだったな? 帰れないって、一体どうやって来たんじゃ?」
うわ、めちゃくちゃ真っ当な質問だ。
どう説明したらいいのだろう。
私は答えられず、黙り込んでしまった。
「まぁ、よいわ。人には言いたくないことの一つや二つある」
答えたくなかったわけではない。
どう言えばいいのか分からなかった。
潮風が香る。
私達は、既に村の入り口に立っていた。
小さな木造の家が十ほど見える。
「ワンワン」
おじいさんを出迎えるように、一匹の大きな犬が走ってきた。
すぐに私に近寄ってきて、匂いを嗅いでくる。
長い耳に、丸い瞳。明らかに利口そうだ。
だが、このサイズだと少し怖い。
犬は私の確認を終えると、すぐにおじいさんの方へ戻っていった。
「ポチ、お出迎えご苦労」
ポチ。
驚くほど古典的な名前だ。
私達はポチに先導されながら、村を歩いた。
潮風と共に家々から夕食の香りがしてくる。
「おっ!ロイじぃさん!元気か?」
中年の細身の男の人が話しかけてきた。
「おっ!リーホ!今日はな、このトワが手伝ってくれてた大収穫じゃ」
そう言って、私の持つ袋から三つのねまた茸をとりだし、男の人に投げた。
「おお、ありがとうよ」
男の人は、ふと私を見た。
「ロイじぃさん、孫なんていたのか?」
おじいさんは、既にポチと奥へと進んでいた。
私も小走りでその後を追った。
◇
村の奥にある木造の家が、おじいさんの家だった。
庭に建てられた木の柵のようなものに、魚が干され、その陰には、玉ねぎに似た野菜が吊るされていた。
おじいさんがドアを開けてせかせかと入っていく。
ポチもそれに続いて入る。
私はふと立ち止まった。
こんなに自然にお邪魔していいのだろうか?
「おい! トワ、何しとるんじゃ? 早く入れ!」
おじいさんの怒鳴り声が響いた。
私は慌てて家の中へ入った。
ふわりと木の香りが鼻をくすぐる。
すっかり日も沈み、家の中は薄暗い。
そんな暗がりの中、ふいに火花が散った。
ゆっくりと炎が広がり、暗闇を照らしていく。
床に設けられた囲炉裏のようなものの中で、赤い炎が揺らめいていた。
私はその炎に見入っていた。
「なんじゃ?火がそんな珍しいのか?」
おじいさんは、ほのかに赤く光る石を手に、私を見ていた。
「いや、でも、本土じゃ、火は」
私の口は自然と開いた。
おじいさんの目つきが、一瞬鋭くなった。
「アリアが燃え崩れてから十年、ほとんど蒼の目も飛んでおらん」
そうか、この人の言う通りなのだろう。
たぶん、ミタのみんなが何かを変えたのだろう。
おじいさんは、私のそばに置かれた袋を開け、ねまた茸をいくつか取り出した。
手際よく串に刺すと、囲炉裏の火のそばに立てかけた。
煙が少し目に染みる。
嗅いだことのない、でもどこか懐かしい香りが漂ってきた。
おじいさんは、囲炉裏のそばに腰を下ろした。
ポチも行儀よく、その隣に座る。
「いつまで突っ立ってるんじゃ。お前もそこに座れ」
おじいさんに促され、私も囲炉裏のそばに腰を下ろした。
「お前、ミタとかいう場所に帰りたいとか言っておったな?ワシはそこは知らん」
おじいさんは、囲炉裏の上に吊るされた鍋に、いくつかの食材を放り込んだ。
やがて、静かな室内にぐつぐつと煮える音が響き始めた。
「七年ほど前かのぉ。『不死鳥の巫女』を探していると言って、この島を訪ねてきた者がおった」
「え?」
「ミアと言っておったか?金の髪で、蒼い目の男じゃったな」
ミカだ。生きていた。
私を探してくれていた。
「それで?」
「当然、島の者は誰も知らんから、そのまま諦めて帰っていったわ」
そうか。
「他は? 一緒に誰か?」
「お前を探しておったんじゃな」
やっぱり、私の言葉が聞こえていないようだ。
この人、本当に耳が悪いんだ。
そういえば、私の名前も、一度正しく呼んでからは間違えていない。
もしかして、私の反応を見ながら、正しい音を探していたのだろうか。
「そうか、なら、お前がアリアを」
おじいさんが何を言っているかはわからなかった。
でも、その目はどこか切なそうで、優しかった。
「おまえが早く故郷に帰れる方法を探してやる。だから、とりあえず食え」
そう言って、おじいさんはこんがり焼けたねまた茸を頬張った。
私も一本の串を手に取り、ゆっくりと口元へ運んだ。
すごくいい香りがする。
あつ。
熱さが落ち着くと、口いっぱいに優しい味が広がった。
ミタのみんなの顔が、脳裏をよぎる。
あの人たちの決断と命が、赤い炎を取り戻した。
私はあの人たちを誇りに思っていた。




