残響
どさっ!
お尻に衝撃が走る。
ああ、この展開、前にもあった。
目覚めたんだ。
目が重い。
景色がぼやける。
潮の匂いがする。
波の音が聞こえる。
手のひらには、いつもの結晶と、細かな砂の感触。
……砂?
だんだんと目が光に慣れてきた。
ぼやけていた景色が、輪郭を取り戻していく。
一面に広がる白い砂浜が見えてきた。
そして、そのすぐ先には、波が打ち寄せていた。
海だ!
だが、しかし、どこだ?
改めて辺りを見渡した。
海の向こうには、別の陸地が見える。
だけど、私の水泳力では確実に渡れないだろう。
反対側に目を向けると、少し先には木々が生い茂っていた。
十年後。
エイオンはそう言っていた。
確かに、目の前の景色はさっきまでの世界とさほど変わらないように見える。
それに、空を見渡しても、あのワイバーンの姿が見当たらない。
頭やオニキの顔が浮かんだ。
だけど、私は、それ以上考えるのをやめた。
アリアでの作戦は成功したのだろう。
そう信じたい。
とにかく、ミタに戻ろう。
ルビさんやミカの顔が脳裏をよぎる。
きっと、あの戦いを生き延びた仲間がいるはずだ。
そう信じた。
よし、とりあえず人を探そう。
まずは情報を入手する。
それが、ロープレから得た生きる術だ。
◇
私は森を彷徨っていた。
いかにも魔物が出そうな雰囲気だ。
武器はあの短剣一本。
エイオンがしっかり拾って、身につけてくれていたのだろう。
気温的に、たぶん秋ぐらい。
着込んでいた防寒着はすべて脱いで、砂浜に置いてきた。
人生初めてのポイ捨てな気がして、罪悪感はあったが……。
ローブは少し暑かった。
でも、このローブは脱ぎたくない。
大切な物だ。
確実に斬られたはずなのに、ローブには傷一つ残っていなかった。
それに引き換え、インナーはすべてズタボロだ。
そういえば、商人が言っていた気がする。
魔石から作った糸で織られているから、修復機能があるとかなんとか。
真剣に聞いていたのはルビさんだけだったから、詳しくは分からない。
暑いけど、ローブの前をしっかり閉めた。
私にも羞恥心はある。
◇
ガサガサ。
まずい、わかるぞ!
これは、エンカウントだ。
緑色の皮膚に、黄色い瞳。
私ぐらいの背丈がある異形の生物が、棍棒を構えて木の陰からこちらを睨んでいた。
やはり、人類の想像力は凄すぎる。
未来を見ていたに違いない。
あれは、ゴブリンだ。
どうする?
戦う。
逃げる。
脳裏にコマンドが浮かぶ。
戦う
武器
魔法
召喚
私は召喚を入力した。
もちろん、コマンドなんて存在しない。
全部、私の妄想だ。
エイオンは私の身体で、あれほどの炎を操っていた。
私だってやってやる。
『万獣の炎舞』
あの瞬間を思い出しながら、左手を前に突き出す。
「万獣の炎舞!」
万の炎獣は、現れなかった。
代わりに現れたのは、手のひらサイズの炎のトカゲが五匹。
炎の舌をチロチロと出し入れしながら、地面を這い回っている。
一応、足元の草は焦げていた。
「キーッ!」
火蜥蜴たちは、ゴブリンを威嚇しているようだ。
ゴブリンは興味なさそうにしていた。
なんでもいい、経験値稼ぎだ。
「行け、火蜥蜴!」
私は叫んだ。
すると、火蜥蜴たちは地面を這い、一気に距離を詰めてゴブリンに飛びかかった。
しかし、棍棒で薙ぎ払われ、四匹が頼りない声を上げて消えた。
だが、一匹がゴブリンの黄色い片目にクリティカルヒットした。
「ぐぉあーーー!」
ゴブリンは片目を押さえながら、もう片方の目で私を睨んでいる。
戦う
逃げる
逃げる。
私は逃走した。
息を切らして走った。
しばらくは追ってきたようだが、何度も「逃げる」を入力したおかげで、どうやら逃げ切れたらしい。
うーん。
なんでだ?
技に熟練度とかあるのだろうか?
エイオンに戦い方を聞いておけばよかった。
そんなことを考えながら歩いていると、やらかした。
波の音が聞こえる。
潮風が香る。
白い砂浜が見えた。
海に戻ってきてしまった。
おっ?
案外、やらかしてないかもしれない。
砂浜に人影が見える。
ボロボロの茶色い服を着たおじいさんが、海を見つめていた。
いや、あれは絶対に物知りだ。
オーラが見える。
私はインドアだけど、それなりにコミュ力には自信がある。
話す
コマンド入力だ!
私はじっと海を見つめるおじいさんに近づいた。
気づいていないのだろうか?
無反応だ。
「あのー、すみません?」
無視された。
「あのー、ここどこですか?」
「誰だ?」
鋭い視線がこちらへ向けられた。
「あっ! 私、神代トワって言います」
「あ? なんだ?」
そうか、耳が悪いのか!
「トワです! トワ!」
「あー、トラか、トラ。珍しい名前じゃな。で、なんだ?」
トラ?まぁ、なんでもいい。
それより。
「あの、私、ミタってとこに行きたいんですけど、遠いですか?」
「あっ? ミタ? 知らんな」
うーん。
確実に情報社会ではない。
ミタは有名な場所ではないのだろう。
そうだ、アリア!
あそこからなら帰れる。
「アリアって遠いですか?」
「そこはもうない。不死鳥の騎士とかいう奴らと、その魔女が燃やした」
不死鳥の騎士って、ミタの人たちのことだろうか?
魔女?
アリアを燃やしたのは私……いや、たぶんほとんどエイオンだ。
「で、そのアリアってどっちの方ですか?」
おじいさんは何も言わず、海の向こうを指差した。
海面から顔を出す崩れたコンクリートの塊が視界の端に映る。
そうか。
私は、帰るためにはこの海を越えなければならないのだと理解した。




