新世界のアリア ー崩落一
「姫... どうすれば私を認めてくださるのですか?」
「その檻を壊せば……もう一度、私の前に現れてくださるのですか?」
騎士は構えようともせず、私を見つめていた。
けれど、その瞳に私は映っていないような気がした。
私は両手で短剣を握り、男と向き合った。
駄目だ。
震えが収まらない。
握りしめた短剣まで、小刻みに揺れている。
それでも、どうにかして隙をつかなくちゃ。
魔石を壊さなくては。
私は短剣を逆手に握り、硬い地面に突き立てた。
スコップのように刃をこじると、地面が砕け、石片が転がった。
その幾つかをまとめて掴み、騎士の顔めがけて投げつけた。
けれど、石片は騎士の顔に届きすらしなかった。
思い切り投げたつもりだった。
なのに、腕が震えて、まるで力が入らなかった。
私は本気だ。
それなのに、騎士は興味もなさそうに佇んでいる。
「姫って、誰なの?」
私は心理攻撃に切り替えた。
「我が主人、不死のエイオン」
彼は誇らしげに答えた。
会話には応じる。
「その……エイオンは、私の中にいるの?」
銀色の瞳が脳裏をよぎる。
騎士はしばらく黙っていた。
「そうだな」
そう言うと、騎士は気怠げに右手に蒼い炎を生み出し、私に向けて放った。
まずい。
かわせない。
だが、炎は私を包む布に触れた瞬間、かき消された。
ルビさんが選んでくれたローブが、私を守ってくれた。
私は慌てて、転びそうになりながらも、なんとか距離を取った。
騎士は追ってこない。ただ、私から視線を外すことなく、黙って立っていた。
この距離なら。
私は短剣を持たない左手に力を込めようとした。
その瞬間、騎士の蒼い瞳が鋭くこちらを捉えた。
それでも、私は紅い炎を生み出した。
次の瞬間、騎士が目の前に現れた。
その手には、すでに剣が握られている。
私の左手を目掛けて、振り下ろされた。
ダメだ。
この手を失ったら。
私は左手を庇うように、必死に右手の短剣を掲げ、刃を受け止めようとした。
だが、騎士の剣は短剣を弾き、そのまま私の右手首を斬り裂いた。
カランという、高い音が響く。
短剣と共に、私の右手が地面に落ちていた。
血飛沫が上がり、そして炎が噴き出す。
そう思っていた。
だが、何も起こらなかった。
痛みを堪えながら、右手首に目を落とす。
そこには小さな火の粉が弾けているだけだった。
蒼く輝く魔石が、視界に入った。
まだ、終わっていない。
何かが私を、この時間につなぎ止めてくれている。
私には、やるべきことがある。
再び、積み上げられた魔石を見据えた。
いつの間にか、痛みが消えていた。
気づけば右手を失った場所に紅い結晶が生まれていた。
その内側には、すでに新しい手が形作られていた。
右手に力を込めると、紅い結晶が砕け散った。
私は再び、地面に落ちた短剣を拾い上げ、両手で構えた。
騎士はその様子を、どこか懐かしそうにじっと見つめていた。
「姫、どうしても現れていただけないというのなら、やはり……」
そう言って、騎士は剣を私に突きつけた。
蒼い炎が剣を包むように燃えていた。
千年前の恐怖が全身を支配する。
次の瞬間、騎士の影が私を覆っていた。
私は必死に短剣を構えた。
そのときだった。
私が来た道とは反対側の通路から、剣戟と怒号が響いてきた。
騎士はその音を気にするように動きを止めた。
次の瞬間、頭を先頭に、ジルともう一人の見知った顔が飛び込んできた。
私の目の前にいた騎士に、ジルが斬りかかった。
騎士は後方へ跳び、その刃をかわした。
ジルは間髪入れずに踏み込み、再び剣を振るう。
だが、蒼い炎を纏った騎士の剣が、それを迎え撃った。
甲高い音が響く。
ジルの剣が、折れた。
次の瞬間、蒼い炎がその身体を包み込んだ。
ジルが崩れ落ちていく。
鉄格子越しに交わした彼との会話の数々が、一瞬で蒼に染まる。
もう一人が追い討ちをかける。
しかし、一瞬で斬り裂かれ、その場に崩れ落ちた。
それでも、騎士の脚にしがみついた。
あの人は、お風呂に入りたいと言った私のために、ドラム缶を運んでくれた人だった。
騎士が剣を持たない左手を向けると、蒼い炎が噴き出し、その身体を焼いた。
あの記憶も蒼に染まっていく。
命が消えていく。
「うおおおおっ!」
頭が怒号と共に大剣を振り下ろす。
だが、騎士の一撃が、大剣ごとその身体を斬り裂いた。
それでも、頭は倒れなかった。
頭の両腕が騎士の身体を掴んだ。
そのまま大きな身体で、騎士を抱え込んだ。
頭は私を信じてくれていた。
今ならそう思う。
私の死は遠かった。
それなのに、みんなの死が転がっている。
嫌だ。
私は治癒の炎を秘めた右手をかざそうとした。
「違う……! トワ、左手だ! やれ、やれぇーー!」
騎士の全身から噴き出す蒼い炎に包まれながらも、頭は私を見て叫んだ。
その身体が焼け崩れていく。
それでも、騎士を離さなかった。
私は涙を堪えながら頷いた。
蒼い炎に呑まれていく頭が、一瞬、私を見て笑った気がした。
震えが止まっていた。
私は込み上げる気持ちを乗せて、左手を振り抜いた。
騎士が頭の腕を振りほどいた。
その影が、恐ろしい速さで迫ってくる。
だが、すでに左手から放たれた紅い炎が駆け抜けていた。
炎の奔流は騎士を巻き込み、その奥に積み上げられた魔石へと押し寄せた。
蒼く輝く魔石が、次々と紅い炎に呑まれていく。
普通の炎ではない。
それだけは、私にもわかった。
仲間が遺した灰さえも、紅い炎に呑まれていく。
何かが輝いている。
命素。
紅い炎に乗って、どこかへ還っていく。
私には、それがはっきりと感じられた。
まだ、紅い炎は消えていなかった。
その中で、蒼い炎が揺らめいていた。
鎧は溶け、皮膚は爛れている。
それでも、騎士は立っていた。
ゆっくりと近づいてくる。
その姿を見て私は覚悟した。
この時代に、別れを告げる覚悟を。
その前に、この騎士にとどめを刺さなければ。
怖いことを考えている。
でも、残った仲間を助けるために。
そして、それだけでは説明できない何かが、私を突き動かしていた。
心臓の音が、やけにはっきりと聞こえた。
炎のなか、再び騎士に短剣を向けた。
だけど、私の願いはあっさりと断ち切られた。
血が、いや、炎が見えた。
痛みさえ感じなかった。
消えゆく意識の中、冷たく蒼い瞳がじっと私を見ていた。




