新世界のアリア ー激突ー
ミカは親指と小指を開き、見えない弦を引くように指を動かした。
その手元に氷の矢が形作られ、ドレイクへと放たれる。
ドレイクは槍を軽く振るい、飛来した矢をあっさりと弾き飛ばした。
だが、その矢の陰には、すでにミカが迫っていた。
振り下ろされた剣を、ドレイクは槍の柄で受け流す。
金属が擦れ合い、甲高い音が響いた。
しかし、剣を受けた槍には、いつの間にか白い霜がまとわりついていた。
氷は柄を伝い、ドレイクの手へと這い上がっていく。
そのとき、槍の石突きに埋め込まれた蒼い魔石が、淡い光を放った。
ドレイクは軽く顎を引き、口をすぼめる。
ふっと息を吹き出した。
霧のように広がった蒼い火の粉が、槍と凍りついた手に降りかかる。
白い氷が溶け、代わりに蒼い炎が槍を包み込んだ。
「この歳になるとなぁ……経験が違うんだよ」
ドレイクが槍を握り直す。
次の瞬間、横薙ぎの一撃がミカを襲った。
ミカは咄嗟に剣を立て、その一撃を受け止める。
だが、蒼炎までは防げない。
剣にぶつかった槍から炎が広がり、ミカの身体を呑み込んだ。
それでも、炎の向こうに見える彼の表情は、氷のように冷たかった。
「もう三分、過ぎただろう?」
ドレイクは余裕たっぷりに肩をすくめた。
私はオニキへと目を向けた。
その身体はすでに傷だらけだった。
それでも、三人の竜騎士が繰り出す攻撃を、必死にかわし続けている。
だが、その動きには、明らかに疲労の色が見え始めていた。
私は、なんとかオニキに近づいて、傷を治そうと考えていた。
けれど、一歩を踏み出そうとするたびに、ドレイクの視線がこちらを向く。
そのたびに身体が震え、足がすくんでしまう。
私は再び、ドレイクと向き合うミカを見た。
ミカが、一瞬だけこちらに目を向ける。
その視線に促されるように、私はオニキを見た。
傷だらけの彼と目が合った。
オニキは、静かに首を横に振った。
――来るな。
そう言われた気がした。
そのとき、祭堂へ向かう前にオニキが言った言葉が、頭をよぎった。
『アーサー・ドレイクや竜騎士との戦いが始まったら、地下へ続く階段を探せ。俺たちが掴んだ情報が正しければ、そこには大量の蒼の魔石が保管されているはずだ』
『それを、お前の炎で焼き尽くせ』
『誰が倒れようが、誰が死のうが、魔石だけは必ず破壊する。それが今回の作戦の最低勝利条件だ』
『いいか、トワ。お前がやるんだ』
その言葉を思い出した、まさにそのときだった。
何が起こったのかは、分からなかった。
異能を使ったのだろうか。
オニキを取り囲んでいた竜騎士の一人が、突然、崩れ落ちた。
だが、その次の瞬間。
今度は、はっきりと見えた。
騎士の槍が閃く。
オニキの左手が、宙を舞った。
「トワッ! お前が、やれぇッ!!!」
左手を失ったオニキの怒号が、祭堂に響き渡る。
私は唇を噛み、溢れそうになる涙を堪えた。
そして、地下へ続く階段に目を向けた。
「そうだよなぁ……めんどくせえ。やっぱり魔石か。狙いは」
ドレイクの視線が、私を捉えた。
「いえ、貴方の命です」
その瞬間、ミカが踏み込んだ。
鋭い斬撃が、間髪入れずにドレイクへと襲いかかる。
一撃、二撃。
息をつく間も与えず、ミカは剣を振るい続けた。
私は走った。
振り返らず、地下へ続く階段を目指して。
アリアの鐘が鳴り響く。
まるで、五分という時間の終わりを告げるように。
私は、振り返ることができなかった。
視界の端に、オニキと戦っていたはずの二人の竜騎士が映った。
こちらへ向かってきている。
それが何を意味するのか。
考えたくもなかった。
もう、あの嫌味を聞くことはない。
それでも、私は走り続けた。
「おい、そっちのガキを行かせたら、今度はお前が三対一だぜ? いいのかよ?」
背後から声が聞こえた。
その直後、祭堂の床を白い霜が這い始める。
凄まじい冷気が広がり、床も柱も、瞬く間に氷に覆われていった。
「おいおい……マジかよ」
「ドレイク卿、危険です!」
鐘も、怒号も、遠くに聞こえた。
ただ階段だけを見つめて走り続ける。
ようやく辿り着いた階段を駆け下り、振り返った。
そこにはすでに、分厚い氷の蓋ができていた。
◇
暗闇の奥を、蒼い光がぼんやりと照らしていた。
不思議なことに、見張りの姿はなかった。
ほとんどの騎士が、すでに戦いに駆り出されているのだろうか。
光を頼りに進んでいくと、やがて少し開けた空間に出た。
そこには、大量の蒼い魔石が乱雑に積み上げられていた。
これが何なのか、私には分からない。
だけど、蒼炎教にとって、何よりも重要なものだということは理解していた。
これを壊せば、きっと。
みんなが命を懸けて戦ったことも。
オニキも……。
何も無駄にはならないはずだ。
そう信じた。
どうすればいいのかは、分からない。
それでも、強く願った。
胸の前に掲げた左手に、その願いに応えるように紅い炎が灯った。
――永劫の炎。
私がその炎を解き放とうとした、まさにそのときだった。
――コツ、コツ。
静まり返った地下に、足音が響いた。
私が来た道とは別の通路。
その暗闇の奥から、ゆっくりと何者かが近づいてくる。
紅い炎の向こうに、人影が揺らいだ。
あの鎧は……蒼炎騎士?
でも、どこか雰囲気が違う。
「姫、ようやく見つけられました」
騎士が口を開いた。
姫……?
その言葉を聞いた瞬間、千年前、私が最後に見た光景が脳裏をよぎった。
蒼い髪。
だけど、顔が違う。
それに、あれから千年も過ぎている。
「姫? 私は貴方の姫なんかじゃない。私にはやることがあるの。邪魔をしないで!」
私は騎士から目を逸らし、積み上げられた魔石へと左手を向けた。
次の瞬間、騎士が目の前に現れた。
私が反応するより早く、騎士の右手が私の左手首を強く掴んだ。
そして、もう片方の手が、炎の灯る私の左手を覆った。
その手から蒼い炎が溢れ出し、紅い炎を押さえ込むように、かき消していった。
騎士は私の左手首を掴んだまま、無造作に投げ飛ばした。
背中に凄まじい衝撃が走った。
壁に叩きつけられ、そのまま地面に崩れ落ちる。
「そうだな。貴様は姫ではない。檻だ。穢らわしい檻だ」
そう言って、騎士は冷たい蒼い瞳を私に向けた。
私は立ち上がり、短剣を抜いた。
震える脚を必死に踏ん張りながら、初めて人に刃を向ける。
それでも、私にはどうしても、やらなければならないことがあった。




