新世界のアリア ―開幕―
雲が速い。
私は荷車の上から、静かに空を見ている。
拠点を出てしばらく進むと、比較的整備された道に出た。
普段、渡り商人たちが使っている道らしい。
木々が視界の端を流れていく。
ときおり、身体が跳ね上がるほど荷車が揺れた。
ふと道端に目をやると、朽ちた金属が土の中から僅かに覗いていた。
かつて、線路だった場所を整備して使ってるのかもしれない。
ローブのポケットから一枚の紙を取り出す。
作戦の概要は、大体この紙に書き留めてある。
どうやら、この時代にはメモを取る習慣がほとんどないらしい。
私がペンを走らせていたときも、ミカは不思議そうに眺めていた。
私が生きた時代には、スマホやタブレットにその座を奪われかけていたのだが、もしかしたら復権のチャンスかもしれない。
でも、紙は高級品だ。
復権への道は、このガタガタの道のように険しい。
勝利条件はいくつかある。
当然、完全制圧が理想だろう。
だが、アリアには騎士が二百人近くいるらしい。
対して私たちは、すでにアリア周辺で待機している人たちを含めても五十人ほど。
単純計算で四倍。しかも、相手は戦闘のプロだ。
不可能に近い。
現実的な勝利条件は、出立前にも聞かされていた魔石の破壊だ。
「うわっ!」
突然、荷車が大きく跳ねた。
危うく紙を落としそうになり、慌てて両手で押さえる。
……もう。
めっちゃ揺れる。
酔いそうだ。
私は紙をポケットにしまい、理不尽な苛立ちを込めて、荷車を引く小さな恐竜のような背中を睨んだ。
そして、再び空を見上げた。
雲は相変わらず、速く流れていた。
◇
「そろそろ、集合地点に着きます」
渡り商人の長の声が響いた。
長自らここまで同行してくれるのだから、今回の作戦には相当本気なのだろう。
木々が少し開けてきた。
そこには五台ほどの荷車と、それを引く走竜。そして十人ほどの見知った顔があった。
「頭、お待ちしてました。準備は完了してます」
ジルだ。
「よし、他の地点も準備は終えてるな?」
「はい、予定通り」
ジルと頭は、そう言い交わし、置かれた、黒い魔石を確認していた。
作戦の初手は、拠点アリアの三方向で待機する仲間たちが、それぞれ爆石を設置することだ。
爆石とは、火をつけると爆発し、周囲に炎を広げる希少な魔石らしい。
火の手が上がれば、アリアの騎士たちは必ず確認に来る。
彼らは蒼い炎以外を許さない。
私はルビさんの方を見た。
彼女は静かに上の方を見ていた。
「トワ、あそこがアリアよ」
彼女が指差す方向に、ゆっくりと目を向ける。
たしかに、木々の隙間からは、空を舞う三匹のワイバーンと建造物が覗いていた。
私は、ミカとオニキと共にあそこを目指す。
ルビさんや頭は、火の上がったこの場所で騎士を迎え撃つ。
ここで、お別れだ。
いや、必ずまた会える。
私は周りを見渡した。
いた。
他の走竜より少し小さく、肌の白い子。
準備期間中、ルビさんには何度も走竜の乗り方を教えてもらった。
正直、まだ乗りこなせていない。
だけど、あの子だけは、まだマシに乗れた。
ミカとオニキは、既に走竜に跨っていた。
よし
私はゆっくりと走竜に近づいた。
くそ、足が滑る。
なかなか乗れない。
すると、不意に身体が持ち上がった。
知ってる、優しい匂いがした。
私が走竜に跨ると、景色がぐーっと高くなる。
手綱を握り、姿勢を整える。
振り返ると、そこにはルビさんの後ろ姿があった。
「ありがとう」
小さく呟いた。
「よし、行くぞ!」
オニキの竜が走り出した。
それをミカの竜が追う。
私は手綱を強く握った。
お願い、シロ。頑張って!
その横腹を蹴る。
景色が動き出した。
ミカの背を追って、竜が坂を駆ける。
しばらくすると、爆音が響いた。
手綱を強く握りながら、ちらりと後ろを見る。
森が燃えている。
アリアの上空から、ワイバーンの雄叫びが聞こえた。
見上げると、五匹のワイバーンが炎の方へ向かっていた。
その瞬間、遠くから爆音が響いた。
それに重なるように、また別の方向から爆音が響いた。
三箇所すべてで爆発が起きた。
空では十匹以上のワイバーンが、どこへ向かうべきか戸惑っているかのように旋回していた。
ゴーン、ゴーン。
アリアから、重々しい鐘の音が響いてきた。
それは、私が想像していた緊急事態の音とは違っていた。
圧倒的な支配の音。
私たちの竜の足音とは違う、何かが駆ける音が聞こえてきた。
やがて、その姿が見えてくる。
騎馬?
いや、私の知っている馬とは少し姿が違う。
脚は太く、荒れた道をものともせず駆けている。
その背には、蒼い鎧をまとった騎士がいた。
騎士たちは、既にこちらに気づいている。
三人?
槍を構え、こちら目掛けて駆けてくる。
先頭を走るオニキが、背負っていたククリ刀のような武器を抜いた。
一騎がオニキに急接近した。
間合いに踏み込んだ瞬間、騎士が槍を突き出す。
オニキは走竜の背から高く跳び、それをかわした。
そのまま、空中で身をよじり、手にした歪な形の剣で騎士を切り裂いた。
騎士は馬上から崩れ落ち、そのまま坂を滑っていく。
オニキは着地することなく、近くの木を蹴った。
その勢いで走竜のもとへ跳び、宙で手綱を掴む。
そして、再び竜に跨り駆け出した。
いつも、嫌味な人だ。
でも、間違いなく星5キャラ級の強さだった。
思わず、目を奪われた。
「貴様ら、何者――」
騎士の叫びが、途切れた。
私が前方へ目を向けた瞬間、残る二人の騎士は、既に馬から落ち、地面に倒れていた。
ミカの竜が、いつの間にか先頭を駆けていた。
いつ、斬った?
オニキとも距離が開いている。
私は鱗に覆われた硬い横腹を蹴る。
ダメージを受けているのは足の方な気もするが、シロは速度をあげ、二匹の竜を追ってくれた。
血に塗れた騎士の横を、シロが駆け抜ける。
一瞬、目が合った。
私の脚は、震えていた。
空を見上げると、ワイバーンの数が増えていた。
混乱は収まったようで、三つの群れに分かれて飛んでいる。
かなりの数だ。
みんなは大丈夫なのだろうか。
しばらくすると、木々の隙間に隠された洞窟のような場所に辿り着いた。
ここが、渡り商人から聞いていた物資の搬入口の一つらしい。
表沙汰にできないものを運ぶときだけ使われる道らしく、内部は狭い。
馬も通れないため、警備も手薄だろうと、商人はここからの侵入を勧めてくれた。
ミカとオニキが走竜から降りた。
私もかっこよく、いや、せめて普通に降りようとした。
だが、お尻から落ちることになった。
シロが急に動いたせいだ。
……たぶん。
腹が立つ。
ミカが手を差し出してくれる。
その手を掴んで立ち上がった。
「しゃんとしろ、こっからだぞ」
洞窟の奥を見ながらオニキが口を開く。
「向こうは四倍いるんだ。一人四殺。でもまぁ、ガキは無理だろうから見てろ。ミカ嬢が三十やるから、お釣りがくるぜ」
私の血の気が引くような話を、オニキは平然と口にする。
さっき見た騎士の顔が、頭から離れない。
でも、彼らにとっては、これが当たり前なのだろうか。
モニターの中の敵を倒すのとは違う。
また、脚が震えている。
それでも、みんなとまた笑うために、できることをやらなければ。
私は暗闇へ進む二人の背を追った。




