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時の魔女

集落に戻ってから、一か月ほどが過ぎた。

私は、平和な日々を過ごしていた。

実は昔、ゲームデザイナーや漫画家に憧れたことがあった。

もっとも、本気で目指していたわけじゃない。

でも、絵を描くのは好きだった。

それなりに練習もしたし、そこそこ上手い方だと思う。

ただ、ストーリーを考えるのは、からっきしだった。

そんな私が、今、子どもたちの前で紙芝居を披露している。


【時の魔女】


昔々、あるところに、綺麗な綺麗なお姫様がいました。


お姫様には、一つだけ不思議な力がありました。


それは、どんな怪我をしても、どんな病気になっても、決して死なない力でした。


その噂を聞きつけて、悪い王様がやってきました。


「その力を、わしによこせ!」


恐ろしい魔法使いもやってきました。


「その力があれば、世界は私のものだ!」


しまいには、大きな大きなドラゴンまでやってきました。


「グオオオオッ!」


けれど、お姫様には、勇敢な騎士たちがついていました。


騎士たちは剣を振るい、悪い王様を追い払い、魔法使いをやっつけ、ドラゴンさえも退けました。


こうして、お姫様は守られました。


けれど、一年、十年、百年と時が過ぎていくうちに、騎士たちは一人、また一人といなくなってしまいました。


お姫様だけは、いつまでも昔の姿のままでした。


やがて、お城には誰もいなくなりました。


お姫様は、たった一人で、長い長い時を生き続けました。


そして、いつしか人々は彼女を「時の魔女」と呼ぶようになったのです。


さて。


お姫様は、幸せだったのでしょうか?


パチパチパチ。


子どもたちが楽しそうに手を叩いている。

中には、涙を浮かべている子もいた。

私が作ったしょうもない紙芝居を、こんなにも楽しんでくれる。

……ちょっと、嬉しい。


「はい、見てくれたおまけ」


そう言って、私は一人ひとりに手作りのカードを渡した。

紙芝居とカードのモデルは、あの夢に出てくる黒いドレスの女の人。

我ながら、結構うまく描けたと思う。


「トワちゃん、絵上手い!」

「お姫様、名前なんていうの?」


それは、私も知らなかった。

彼女は教えてくれなかった。


「でも、この人トワちゃんに似てる!」

「じゃあ、時の魔女トワだ!」

「えー、トワってこんなに胸ないぞ!」


何か不愉快な雑音も紛れていたが、子どもたちは楽しそうにはしゃいでいる。

この子たちに言われるまで、似ているなんて思いもしなかった。

だけど、改めて絵を見つめると、ほんの少しだけ、彼女と私は似ているような気がした。


昔見たドラマでは、紙芝居の後に子どもたちへ飴を配っていた気がする。

でも、この世界で飴なんて簡単には手に入らない。

だから、代わりにこのカードを作ってみた。

子どもたちは、それを大切そうに服の中へしまっている。

ただの紙切れなのに。

……こんなに喜んでもらえるなんて、思わなかった。


ラピが紙芝居の片付けを手伝ってくれる。

彼は集まった子たちの中では一番年上で、七歳。

そして、なんとこの集落の頭であるダイの息子だった。

……なるほど。

もしかして、私が牢屋から出してもらえたのって、この子を助けたから?

つまり、恩赦というやつだろうか。

……いや、そもそも何もしてないんだけど。


「トワちゃん! 明日、渡り商人が来るって親父が言ってた!」


ラピが嬉しそうに言う。

この集落には、頭と馴染みの渡り商人が、二週間に一度くらいやってくる。

取引は、基本的に物々交換。

ちなみに、私にもあの旧界遠征の報酬が出ていた。

……何もしてないけど。

本当に。

この紙やペンも、その報酬でもらった光石と交換したものだ。


穏やかな日々だった。

だけど、少しずつ何かが変わり始めていることは感じていた。


◇


翌日の昼。

私はルビさんと一緒に、渡り商人のところへやって来た。

そう、私は彼女の家の居候である。


集落の入り口には、人だかりができていた。

大人たちが荷物を運び、子どもたちがその間を駆け回っている。

その中心には、五台の馬車が並んでいた。

……いや、馬車?

荷車を引いているのは、馬ではない。

二本の太い後ろ脚に、長い尻尾。

全身を細かな鱗に覆われた、小型の恐竜のような生き物だった。

走竜というらしい。

今は大人しく立ち止まっているが、時折、長い尻尾をゆっくりと揺らしていた。

……恐竜が荷車を引く時代か。

千年後の世界、まだまだ知らないことだらけだ。


ルビさんは、食糧を中心に買っていた。

この集落では、穀物や肉などの食糧は基本的に配給制で、その多くを渡り商人から仕入れているらしい。

少し奥には、さらに十台ほどの荷車が並んでいた。

やはり、配給されるものだけでは味気ない。

だから、ルビさんは念入りに品定めをしていた。


そのときだった。


「約束の量と違うだろ!」


声の主はジルだった。

以前、私が宝物庫住まいだったとき、見張りをしていた男だ。

彼は頭の側近の一人だった。


「こっちにも事情があるんだ。お前らも知ってるだろ。奴らがどれほど恐ろしいか」


どうやら、商人と揉めているらしい。

最近よく耳にする噂は、本当なのかもしれない。


渡り商人は、蒼炎教に認められた存在らしい。

当然、蒼炎教に認められていないこの集落と取引するには、それなりのリスクがある。

そして、そのリスクに見合う対価を要求されるのだ。

光石などの魔石である。

あの旧界で大量の魔石が見つかれば、集落の安定した収入源になるはずだった。

だからこそ、あの旧界遠征の結果は重要だった。

けれど、あの旧界の魔石は、すでにほとんど掘り尽くされていたらしい。

期待していた成果は得られなかった。

取引の打ち切りまで話に上がっていると聞いた。


「約束が違うじゃねーか。こっちも、300人の命がかかってるんだ」


また、ジルの声が響く。

その声に不安を煽られたのか、周囲の人々がざわめき始めた。

私は、不安げな人々の顔をただ見つめていた。


今は、別の旧界を求めて、集落ごと移動するかどうかという話まで出ているらしい。

けれど、仮に魔石が豊富な旧界を見つけたとしても、その付近に蒼炎教の目を盗んで取引してくれる渡り商人がいるかどうかは分からない。


前回、渡り商人が来たときは、まだそんな事情を知らなかった。

だから、何も考えずにペンと紙を買った。

でも、今は少し複雑な気持ちだ。

結局、私は何も買わずにルビさんと帰った。


◇


夕食どき。

ルビさんが用意してくれた料理は、豪華だった。


火を自由に使えないこの世界。

部屋を照らすのは、ぼんやりと白く光る光石だけだ。

食卓に並ぶ料理のほとんどは、渡り商人から買った加工食品を使ったものだった。

どこかの工程で火を通されたものばかりだ。

それでも、ルビさんができる限り手を加えてくれたことは分かる。


「ねぇ、トワ」


「ん?」


「あなたは、私の味方をしてくれる?」


何について言っているのかは、分からなかった。

だけど、悩まなかった。

今のこの時代で、誰よりも私を大切にしてくれる人。

そして、私にとっても、誰よりも大切なお姉ちゃんのような人。


「もちろん。私は何があってもルビさんの味方だよ」


それだけは、本心だった。


「ありがとう。……ごめんね」


その二つの言葉を口にしたときの、お姉ちゃんの表情。

私はきっと、あの顔を一生忘れない。

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