蓋の下の今
「なるほど、S1の能力か。左右の均衡が取れている」
得体の知れない男は、私の顔を見ながら、独り言のように呟いている。
間違いない。敵か味方か分からないけど、結局は黒幕というタイプだ。
私に封印されたアーカイブがそう告げている。
これは当たる。
「……あなた、誰?」
「あっ、俺? 俺は、その……なんだったかな。この身体の名前。興味ないこと、覚えられなくってさ」
さっきまでの無機質な声ではなくなっている。
それに、この時代の言葉だ。
「でもさ、初対面じゃないしさ。中身のお姫様とは……53万年ぶりぐらい? まぁ、俺も姫様ほどではないけど、長生きでさ」
姫様。
その言葉に、あの銀色の瞳と、紅い炎が脳裏をよぎる。
いや、いくらなんでも、そんな途方もない年月を人が生きられるわけがない。
ふざけているだけだ。
「あれ、53万って分からない? 君の趣味に話を合わせたんだけどな」
基本中の基本だ。
そんなことは、分かっている。
53万は、宇宙の帝王様の戦闘力だ。
でも、あれは千年も昔のアニメ。
この人も、知っている……?
「千年あれば、観察対象のプロファイリングぐらいはしてるさ」
観察対象?
まるで私の心の中が全て見えているかのように、男は一人で会話を進めている。
「心を読んでるわけじゃないさ。方程式に未知数が一つ。条件が揃えば、答えは出るだろ?」
布に描かれた一つ目が、不気味にこちらを見つめている。
私は足元に目を落とした。
そこには、原形すら留めていないショーケースの残骸があった。
そして、もう一度、その一つ目を見つめる。
「教えてください。何か知ってますか?」
少しだけ、声が震えた。
「私は帰れないの? 私の知ってる場所に」
黒幕感の漂う、得体の知れない相手。
それでも、この人はたくさんのことを知っている。
今までこの世界で出会った、誰よりも。
なぜか、そう確信できた。
ずっと蓋をしてきた思いが、溢れ出した。
「君も知ってるだろ? 時間は戻らない。帰れない。いいじゃないか、君には人が羨む力がある」
男は、少しも考える素振りを見せずに答えた。
その答えは、あまりにもあっけなかった。
分かっていたはずの答えを、とうとう言葉にされてしまった。
戻らない、帰れない。
戻らない、帰れない。
頭の中で何度も反響する、その音が私を何処かへ沈めていく。
分かりたくなかったから蓋をした。
分かったはずなのに、分からない。
「力って……」
何を聞きたいのかも分からないまま、弱々しい声が漏れた。
謎の男は下を指差す。
「ほら、ここにもいるじゃないか。君の力を羨む存在が」
足元には、今にも崩れそうな床があるだけだった。
私はただ、立ち尽くしていた。
「おっ?」
エスカレーターの方から足音が響いた。
「君の友達が来たみたいだ。俺は人見知りでさ、帰るよ」
そう言うと、男は手をかざした。
目の前に、まるで亜空間へと続くようなゲートが開く。
「俺は見る者、そう呼ばれている。じゃあね、可愛いお嬢さん、また次の時代で会おう」
そう言って、男はその中へと消えていく。
戻らない、帰れない。
頭の中で響き続ける言葉に、閉じゆくゲートの無機質な音が重なる。
目の前の異様な光景を自然と受け入れている自分がいた。
そして、みんなの姿が見えた。
次の瞬間だった。
タイミングを待っていたかのように床が崩れる。
何かに引き寄せられるように落ちていく。
だめだ。この高さ、女子高生では死ぬ。
いや私は死なないのだろう。
それでも、恐怖と地面は迫る。
気づけば、誰かの腕の中にいた。
この匂い、この体温。
ルビさん。
たぶん、先に落ちた私に追いついて、そのまま着地したんだ。
まるでゲームのムービーシーンのように。
見上げると、凄い高さだ。数十メートルはある。
あの高さから着地したというのに、ルビさんは何事もなかったかのように立っている。
改めて思う。
この時代の人たちの身体能力は、私とは次元が違う。
助けられた。
それなのに、私の中には空虚だけが残る。
ルビさんは優しく私を下ろした。
みんなが岩肌を蹴り、軽やかに降りてくる。
全員そろった。
「ごめんなさい、勝手に先に行って」
「何言ってんだ。お手柄だ! これほど地下まで潜れたことはねーぞ」
頭の声が、洞窟のような空間に響く。
「なんだ? トワ、しけた面しやがって。独りで怖くて泣いてたのか?」
オニキの嫌な声がする。
その腹立たしい声が、不思議と溢れ出した思いを胸の奥へ押し戻してくれた。
目が赤いのだろうか?
いや、私は泣いてなんかいない。
私は、人前では泣かない。
それだけが、私の唯一のプライドだ。
オニキを睨み返そうとする。
けれど、薄暗くて顔もよく見えない。
こんな場所で……?
なに、これ?
空間に、キラキラとした白い光が舞っている。
「ねぇ、なに、これ?」
私は呟く。
「命素、見えるんだ」
ミカが静かに答えた。
「見える人と見えない人がいるんだ。違いは分からないけど。地上よりはずっと濃いよ」
「でも、さっき、命素がない場所が旧界だって」
「何かが命素を集めているのだろう。だから地上は枯れている」
ジェドがまた解説してくれる。
このイケメンはやはり物知りっぽい。
「で、珍しい魔石がたくさんあるってわけだ」
オニキはそう言いながら、足元に転がる石を拾い上げた。
彼の手には、集落で見たものによく似た、白く光る石。
「結構、ありそうですね」
ルビさんが頭に声をかける。
「ああ」
あの石が、今回の目的なのだろう。
集落では照明として使われていたから、用途はなんとなくわかる。
「この石って照明に使ってるんですよね?」
勇気を出して、イケメンに聞いてみる。
「そうだ。この光は、蒼炎教の目には映らない」
なるほど、なんとなく分かった。
たぶん、この光なら、あのワイバーンたちに見つからないのだろう。
だけど、火を使えないと、この世界で食料を確保できないのでは?
疑問は残ったままだが、頭を先頭に皆が奥へ進む。
私もその後を追う。
◇
天然の空洞なのだろう。
今更ながら、私の予想が当たった。
明らかにアンデッドタイプの魔物がたくさんいる。
しかし、適正レベル10の洞窟に対して、皆のレベルは50ぐらいに感じる。
なんとなく、一番弱そうなオニキですら余裕そうだ。
魔物たちは、まるで相手になっていない。
ヒーラーの出番はなかった。
だけど、問題があるらしい。
かなり奥深くまで潜れた。
それでも、思ったほど魔石が見つからなかった。
ミカ曰く、地上よりは濃いものの、期待したほど命素は集まっておらず、魔物も弱いらしい。
だからなのか、この辺りの魔石は採り尽くされてしまっているのかもしれない。
頭は明らかに落胆していた。
さっき、「お手柄だ!」と喜んでいた頭の顔が脳裏をよぎる。
それからしばらくして、頭は探索の切り上げを決断した。
それなりに魔石は回収できたように思う。
それでも、皆の表情は明らかに沈んでいた。
私には、分かっていた。
見る者の言葉どおり、さらに奥には何かがいる。
何故か、そう確信していた。
でも、何も言わず、引き上げていく皆の後を追った。
あのとき、もしかしたら違う選択もあったのかもしれない。
何が正しかったのかなんて、わからない。
残るのは、選んだ結果だけ。
私は知らなかった。
いや、知ろうともしていなかった。
この人たちが、どれほど必死に今を生きているのかを。
私は分かってしまったことを、再び蓋の下へ押し込めた。
そのとき、私の「今」も、ひっそりとその下に紛れ込んでいた。




