15話 精神世界?
「あぁ、その前に――」
ミランダは腰の鞘から長剣を抜き放ち、その鈍く光る刃にスッと左手をかざした。
すると――ボウッ!
何もない刃の根元から切っ先に向かって、熱を帯びた赤い炎が勢いよく燃え上がったのだ。
「うおーっ!」
「今更だが、アタシの職業は『魔剣士』だ。魔剣士ってのは、リオ、お前の『弓術士』と似たようなもんだが……こうやって武器に魔力の属性を付与して戦う。――そして」
「ギャギャ!?」
ミランダは言葉を区切ると同時に、炎を纏った剣を片手で軽々と振り抜いた。
――ザシュッ!
瀕死でピクピクしているゴブリンの一匹に対し、剣を構え直す間もなく、燃え盛る刃によってその首を切り落とされた。
ゴロン、と醜悪な頭部が地面を転がり、切断面からは炎で焼かれた肉の嫌な臭いと、黒焦げの血が噴き出す。
「……えっぐぅ」
「きもお……」
初めて目の当たりにする魔物の『死』。あまりにも生々しい光景に、リオとヒミコは揃って顔を引きつらせ、心底ドン引きした声を漏らした。
しかし、ミランダはそんな二人の反応など気にも留めず、燃える剣を構えたままリオを振り返る。
「リオ、お前もできるはずだ。さぁやれ」
「は? でもどうやって!?」
いきなり無茶振りをされ、リオが慌てて聞き返す。
ミランダは鋭い視線を向けたまま、短く、確信を持って言い放った。
「水晶で『弓術士』と己の魂に刻まれて、それを理解したのなら……自分の中に眠る魔力の感覚が分かるはずだ。頭で考えるな、己の中の自分に問いかけてみろ」
「えぇ……?」
半信半疑ながらも、リオはそっと目を閉じた。
先ほどミランダが見せた炎の剣。あの超常的な現象を思い浮かべながら、深く深く意識を沈め、己の中の自分へと問いかけてみる。
◇
己の中の自分。己の中の……。
――気がつくと、リオは真っ白な世界に立っていた。
足元にはふかふかとした雲海が広がり、見上げればどこまでも澄み渡る蒼天が広がっている。美しくも、何もない精神の奥底。
リオはその雲の上を、ひたすらに歩いた。
歩いて、歩いて、やがて――何もないはずの空間に、ポツンと『一軒の古い家』が建っているのを見つけた。
(……一軒家?)
戸惑いながらも前へ進み、おずおずと木の扉をノックする。
しばらく待つと、奥から人の気配が近づいてきて……。
ガラッ。
扉が開き、目の前に一人の老人が現れた。
白い髭を豊かに蓄えた、一見すると優しそうだが、その眼光はやけに鋭い。なんとも矛盾した雰囲気を纏う、いかにも『内なる力の化身』といった風貌の老人だ。
「はいはい、なんじゃ」
「あ、あの。力を貸してくれませんか?」
緊張しながら、リオが単刀直入に本題を切り出す。
すると、老人は「ふむ」と立派な髭を撫で――。
「また来なさい」
ピシャリ。
◇
「――すみません、断られました」
「お前は何を言ってんの!?」
パチッと目を開けたリオのあまりにも事務的な報告に、前衛で剣を構えるミランダの鋭いツッコミが森に響き渡った。
リオが先ほどの「一軒家の老人」の事情を説明するが、ミランダは青筋を浮かべて吠えた。
「それはただの妄想だろ! も・う・そ・う! 馬鹿か!? いいか、己に問いかけるってのはな、最初はまぁ苦労するもんだからしょうがねえけど、妄想とは違う! こう、内側からグワッと来て、頭の中でピキーンと繋がって……バーン!! ってことだ!」
圧倒的な感覚派。
「いい感じにやれ」という事を擬音だけで表現しきったベテランの言語化能力の低さに、リオは完全に遠い目になった。
「ふん。リオ、お主は本当にセンスが無いな」
「じゃあヒミコ、お前やってみろよ! いきなり『問いかけろ』とか言われたって、わけ分かんねえだろ!」
「仕方ないのう。ワレがお手本を見せてやろう」
◇
目を閉じ、意識を沈める。
己の中に、問いかける。問いかける。
……すると。
――いつの間にかヒミコは、眼下に遥かな雲海を見下ろす『天空都市』に辿り着いていた。
「なんじゃここは」
周囲を行き交うのは、皆一様に純白の神々しい衣を纏った、少し奇怪な格好の人々。彼らはヒミコを見るなり「に、人間!?」とギョッと目をひん剥き、慌てて道を空けていく。
そんな奇異の視線など一切気にせず、ヒミコはずんずんと都市の中心部へ向かい、一番大きな宮殿のような建物へと勝手に上がり込んだ。
奥へ進むと、美しい花々が咲き乱れる中庭に出た。
そこでは、太陽のように眩しいオーラを纏った絶世の美女が、優雅にティーカップに口を運んでいた。
やがて、闖入者に気づいた美女が、少しばかり驚いたような表情を浮かべ、やがてスッと目を細めてヒミコを見つめる。
ヒミコは堂々と胸を張り、偉そうに声をかけた。
「すまぬ、そこのお主。ちょいとばかり、ワレに力を貸してくれんかの?」
神々しい絶世の美女は、無言のままカチャリとティーカップをソーサーに置いた。
そして、ひどく冷ややかに、美しく微笑んで言い放った。
「嫌よ。――あなた、私の名前騙って詐欺したでしょ?」
「うん?」
首を傾げるヒミコに、美女はふふっと意味深な笑みを浮かべる。
「でも、前回は間に合わなかったけれど……次はちゃんと『見える』ように調整しておいてあげるわ、まぁ頑張りなさいな」
◇
「――断られたのじゃ、あと励まされた」
「だからお前ら、さっきから何を言ってんの!?」
パチッと目を開けたヒミコの事務的な報告に、今度こそミランダの悲鳴のような絶叫が森に響き渡った。
「なんだ、お前もかヒミコ……」
「うーむ。だが最後に『次は見えるように調整しておいた』などと意味深なことを言っておったぞ。何がなんやら、さっぱり分からん」
「だから何が!?」
謎の爺さんに門前払いされた青年と、絶世の美女に詐欺師呼ばわりされた自称次期女王。ミランダからすれば、新米二人が突然目を閉じたかと思えば、揃って意味不明な妄想を語り出しているようにしか見えない。
「いや――マジかお前ら。えぇ……ここからどうするか」
ミランダはガシガシと乱暴に頭を掻きむしり、すっかり破れかぶれになりかけていた。ベテランの自分一人ならゴブリンの群れなど一掃できるが、この素人二人に自分の力を体感させないことには講習の意味がない。
そんな手詰まりの空気が漂う中、リオがふと、ある記憶を蘇らせた。
「いや、でもそういえば……。ヒミコ、お前昨日なんか、虫とかカエルとか大量におびき寄せたよな? ポクルー草採取の時」
「んあ? なんだそれ」
絶望の淵にいたミランダが、一筋の光を見つけたようにリオの言葉に喰いつく。
「あぁ、もしかしてあれが魔法だったのか?」
「どれだよ。アタシにも分かるように説明しろ」
促され、リオは昨日起きた悲劇――ヒミコが「はんにゃらぺったぱ」と謎の呪文を唱えた直後、彼女の胸の辺りが神秘的に発光し、直後に森中の気持ち悪い虫やカエルが彼女を『王』として崇め奉ってきた事件――を手短に説明した。
すると、ミランダがポンッと手を打ち、謎の現象を呆気なく論理的に解き明かした。
「体が光った? ……あぁ、それそれ! なんだ、ヒミコはすでに魔法……いや、『スキル』の第一歩を経験してたんじゃねえか!」
「スキル? 魔法じゃないんですか?」
リオの疑問に、ミランダが面倒くさそうに指を立てて教える。
「いいか? 『運否天賦の巫女』ってのはヒミコの職業の名前だろうよ。で、その職業に就いてる奴が使える固有の能力を『スキル』って呼ぶんだよ。お前の『弓術士』が弓を扱うスキルを持ってるのと同じで、ヒミコの職業は『何が起きるか分からない博打スキル』を持ってたってことだろ」
「なるほど……!」
「体が発光したってのは、大気中の魔力を上手く自分の体内に取り込めた証拠だ。問題はその放出先……お前のスキルが博打だから、たまたま昨日は【虫を死ぬほど引き寄せる】っていうハズレ目を引いちまっただけのことだろ」
「じゃあ、ワレは既に自分の『職業』を使いこなし、次期女王としての第一歩を踏み出しておったということか!」
謎の納得と自信を取り戻したヒミコの目に、アブナイ光が宿る。
嫌な予感がしたミランダが、慌てて剣を下ろして手を伸ばした。
「ちょ、待てヒミコ! そんな何が起きるか分からねえ博打スキルを、こんな所でいきなり――」
「ええい、ままよ! 出よ、ワレの真なる力!」
自称・次期女王に、ベテラン冒険者の制止など聞こえるはずがなかった。
ヒミコはゴブリンたちに向けて新品の木の杖(鈍器)をビシッと突き出すと、大草原で虫の王となったあの日と同じように、思いきり腹から声を張り上げた。
「はんにゃらぺったぱぁーっ!!」
木漏れ日の落ちる緊迫した戦場に、気の抜けるような謎の呪文が響き渡る。
直後。
トクンッ……と。
「……ッ!」
ヒミコの胸の奥底――心臓のあたりから、周囲の空気を震わせるほどの強烈な魔力の波動が放たれた。
と同時に、彼女の持つ杖の先が、ギルドの水晶を光らせた時のような、そしてあの日の草むらと同じような、神秘的で眩い純白の光に包まれて輝き出したのだ。
「うおおおっ!? また光ったぞ!」
「馬鹿野郎、伏せろリオ! 何が起きるか分かんねえぞ!」
大気中の魔力『燃料』を無自覚に限界までかき集め、それをごちゃ混ぜにして放り投げる、完全なる運任せの『大博打スキル』。
神々しい光を放つヒミコの杖の先で、運命のルーレットが高速で回り始めた。




