商人ゴルバの悩み
ゴルバに連れられて街の外れまで歩いた。
市場の喧騒から離れると、石造りの大きな建物が見えてきた。一階が倉庫、二階が居住スペースになっているようだ。商人の職場兼家、といったところか。
「入れ」
中は広い。壁には大きな地図が貼られており、海岸線といくつかの航路が線で結ばれていた。棚には書類や帳面が積まれている。本当に遠くから仕入れをしているらしい。
「お前らちょっと来い」
奥に向かって声をかけると、三人が出てきた。
……待て、なんで俺ここにいるんだ。
最初に出てきたのは爽やかな青年だった。
「ゴルバさん、その方は?」
「ここで働くことになった琉架だ。いろいろ教えてやってくれ。」
は?聞いてないぞそんな話。
「はじめまして。トッドといいます。よろしくお願いします」
綺麗な歯が見えた。見るからに好青年。屈託のない笑顔はアイドルを彷彿とさせる。この人はどこに行っても好かれるタイプだ。
次に出てきたのは眼光の鋭い若者だった。腕を組み、琉架を上から下まで眺め回す。
「……ティスだ」
最後に出てきたのはぽっちゃりとした男だった。
「キーンでっす! よろしくお願いしまーす!」
元気よく頭を下げた拍子に、持っていた書類の束を盛大にばらまいた。
「あちゃー、すいません」
慌てて拾い始める。トッドがすかさず手伝い、ティスは見なかったふりをした。
……三者三様の人柄がよくわかった。
「こいつは琉架だ。経理の専門家らしい」
ゴルバが短く紹介した。
「経理……?」とトッドが首を傾げる。
「お金の流れを管理する仕事です」
「へえ、そんな仕事があるんですね」とトッドが素直に感心する。ティスは「ふん」と小さく鼻を鳴らし
た。キーンは書類を拾いながら「なんか難しそう。おいらの頭じゃ理解できないかも。」と言った。
「お前らは持ち場に戻れ。琉架、こっちに来い」
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奥の部屋に通されると、テーブルの上に地図が広げられていた。海岸線に沿って複数の港が記されており、航路を示す線が何本も引かれている。
「座れ」
向かいに腰を下ろすと、ゴルバは重い口を開いた。
「先日、船が一隻やられた」
「そうなんですね。原因はなんですか?嵐とか?」
「魔物だ」
琉架は聞き返しそうになって、堪えた。
魔物。そうか、ここは異世界だ。嵐や座礁ならまだしも、魔物に船を沈められる可能性がある世界らしい。
「被害はどれくらいなんでしょうか」
「船は大破した。乗組員は全員生還したが、船と積み荷はほぼ全滅した。南方から仕入れた香辛料と染料で、金貨にして500枚分。全て含めると800枚近い損失だ。おまけに船を失った」
「……それで、ご相談というのは」
ゴルバは地図の一点を指で叩いた。
「船を買い足したい。今の一隻では南方との取引量が半分以下に落ちる。商売にならん」
「船の購入費用は」
「新造なら金貨1000枚。中古でも700枚はかかる」
「手元の資金は」
「600枚ほどだ」
つまり、どう転んでも今すぐは買えない。
「毎月の仕入れや人件費など、固定費の把握はできていますか」
ゴルバは少し間を置いてから答えた。
「……大まかにはわかる。正確には把握していない」
正確には把握していない。
ロンドの店と同じだ。規模は全然違うが、根っこは同じ問題だった。どれだけ稼いでいるか、どれだけ出ていっているか、誰もちゃんと数字で見ていない。
「資金が足りているかどうかは、帳簿全体を把握しないと判断できません」
「だから困っている」
「ではまず、毎月の帳簿を作ることから始めましょう」
「帳簿か」
「収入と支出をすべて書き起こします。例えば毎月の仕入れが金貨200枚、売上が300枚なら、差し引き100枚が手元に残る計算です。そこから人件費や諸々の経費を引いた額が本当の利益です。それが毎月100枚残るなら、今の600枚に積み上げていけば7ヶ月後には中古の船が買えます。50枚しか残らないなら14ヶ月かかる。逆に支出が収入を上回っているなら、船どころか今の商売自体が危ない」
ゴルバの目が少し動いた。
「……そこまでわかるのか」
「数字を並べれば見えてきます。勘ではなく、根拠のある見通しが立てられます。それが帳簿の力です」
ゴルバはしばらく黙った。
「俺は何十人も雇っている。そいつらにも家族がいる。なんとか金を工面したい。」
.....体育会系であまり得意なタイプではないと感じていたが、結構いい上司だな。
琉架は羊皮紙を取り出した。
また激務が始まる予感がした。だが不思議と、嫌な気分はしなかった。
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