末っ子の誕生日
ゴルバ商会の事務室に、羊皮紙が山を作っていた。
王宮との調整文書、農業改革に向けた各地の収穫記録、訓練所設立のための用地候補リスト——それぞれの席をランプが灯りが照らしていた。窓の外はとうに暗くなっていた。
琉架が帳簿に数字を書き込みながら、ふと顔を上げた。
隣の机のキーンが、そわそわしていた。ペンを持っているのに、羊皮紙に向いていない。視線が扉の方へ飛んでおり、すぐにでも飛ぶ出しそうな雰囲気を放っていた。
「キーン」
「は、はい!」
「今日の分、終わったか」
キーンが固まった。少しの間があって、後ろめたそうに首を振った。
「……まだっす」
「だったら終わらせてから帰れ」
「あ、あの、ちょっと頼みが.....」キーンが言いかけた。
「いいよ、俺が巻き取る」
ティスが羊皮紙に数字を書き込みながら言った。
「ティス、でも」
「いいから行け。横でソワソワされるとこっちの気が散る」
キーンがティスを見た。ティスは変わらず視線を書類に落としている。
「……ありがとう!」
キーンが荷物を掴んで立ち上がった。「明日朝早く来て取り返しますんで!」と言いながら、足音が扉の向こうに消えていった。
静かになった事務室で、琉架はペンを置いた。
「珍しいな」
「なにが」
「お前が人の分を引き受けるの。それにキーンの分はキーンにやらせるべきだろう。お前の業務量だって多いんだから」
「お前の言ってることは正しいが、俺たちもあいつ人間だ。集中できない時だってあるだろ」
「.......キーンが急いでたのはわかった。理由は?」
ティスは少し間を置いてから言った。「あいつの家族構成、知ってるか」
「兄弟がたくさんいるのは聞いた。それ以外は知らない」
「母親が3年前に病で亡くなってる。父親は製鉄所を経営してるんだが、ここ最近は王宮の再建工事で注文が増えて、帰りが遅い。それで、歳の離れた弟妹の面倒をキーンが見てる。あいつは長男で下に四人いる。一番下がまだ四歳だ」
「……四人」
「今日はその末っ子の誕生日だ。本来なら、休ませてやるべきだった」
事務室が静かになった。ランプの火が揺れた。
琉架は立ち上がった。
「ちょっと席を外す」
「どこ行くんだ」
琉架はすでに上着を手にしていた。「外」
琉架が出ていってから数秒後、トッドがティスを見た。
「俺らも、少し休もうか」
ティスは書類から目を上げた。少し間を置いて、書類を机に置いた。
「……そうだな」
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トッドとティスが事務室を出た後、ゴルバが商談から戻ってきた。
事務室を見渡した。誰もいない。机の上に羊皮紙が広がったまま、ランプだけが灯っている。
「……あいつら、サボりやがったか」
ため息をついてから、ゴルバは自分の椅子に座った。そして羊皮紙を手に取り、報告書を書き始めた。
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琉架は大通りの菓子屋へ向かった。琉架が並べられいる色とりどりのケーキを見ながらどれをを買おうか迷っていると、後ろからティスの声がした。
「一番高いやつにしろよ。ケチくさい」
「ティス、トッド、なんでここにいる」
「キーンの家に行くんだろ。人手は多い方がいいだろ」ティスがぶっきらぼうに答えた。
「そうそう、琉架さんだけサボりはずるいっすよ。それに最近キーンの奴、仕事に家事に大変そうだったから。俺らも一緒に行きます。」
「......わかった」
琉架は心の中で現在の良好な人間関係に感謝をした。前の世界の職場ではどこか殺伐としており、他人のことを気遣うことはほとんどなかった。自分のポジションを守るため、とにかく仕事をこなすことが最優先となっていた職場だった。
「すいません、この一番大きなケーキを一つお願いします」琉架が定員に向かって言って、お会計を済ませた。
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キーンの家は、商人ギルドから歩いて十分ほどの路地にあった。
二階建ての石造りで、窓から明かりが漏れていた。琉架が扉の前に立ったとき、中から子供の声が聞こえた。
扉を叩いた。
「はーい」という声がして、扉が開いた。
キーンだった。
「え」
固まった。
「これだけ渡したくて」
琉架がケーキを差し出した。
「みんな……なんでここに」キーンがケーキを受け取りながら三人の顔に順番に視線を送った。
「誕生日だろ、末っ子の」
キーンが琉架を見た。目が赤くなりかけたのを、慌てて誤魔化すように「あがってってください!」と言った。「今から飯なんで!」
中に入ると、食卓に肉を焼いた良い匂いがした。
机の上にステーキ、サラダ、蒸したじゃがいもが並べられている。四人の子どもが椅子に座って待っている。一番下の子だけ椅子が高くて、足がぶらぶらしていた。名をミィという。食事を待ち切れないのかジャガイモに手を伸ばし、それを長女のリナに止められていた。
三男のガズが、こっそり肉に手を伸ばした。
「こら、待て!」
キーンが即座に叫んだ。男の子が手を引っ込めて、知らん顔をした。
「バレてるぞ」
「べつにー。見てただけだし」
「これ、お兄ちゃんの仕事仲間がくれたぞ。みんなありがとうを言え」
「わあー、ケーキだ」
四人の子供たちが目を輝かせた。ミィが立ち上がって、ケーキを指差した。
「おっきい!」
「ミィちゃん、今日誕生日なんだってね。おめでとう」とトッドが言った。
「ありがとう!!」
ミィ綺麗に編まれた三つ編みを垂らしながら三人に向かってお辞儀をした。
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食事が始まった。
ステーキは思ったよりうまかった。子供たちは自分の肉が少ないと喧嘩をしては、キーンに怒られた。食事の後分けられたケーキの取り合いが始まり、キーンが「仲良く分けなさい」と繰り返した。
「もっと食べたい」ミィが皿についたクリームを綺麗に掬いながら言った。
「四等分だから、それだけだ」
「じゃあ琉架さんの分も」
「人のものを取ろうとしない!」キーンが厳しい目でミィを見た。
ミィが口を尖らせていると、
「俺のも食べていいよ。もともと食べてもらおうと思って買ってきたから」
そう言って琉架は自分に分けられたケーキをみぃに差し出した。
「わあ、ありがとう」ミィがケーキを一心不乱に食べながら言った。
「琉架さん、すいません。こいつら食い意地がすごくて」
「兄の真似をしてるんじゃないか」トッドがニヤニヤしながら言った。
「うるさい、俺は人のものまで取らない」
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食後、キーンが片付けを始めた。トッドとティスが手を貸す。そこに長女のリナが手伝うと洗い物を始めた。
「みんな仕事があるのに、今日俺の家に来て大丈夫なのか。俺の分の仕事も任せちゃったし」リナが洗った皿を受け取り、キーンが布巾で拭いていく。
「終わらせてきた。心配するな」
本当は終わっていないことを知っているトッドは一瞬何かをいいかけて口をつぐんだ。
「兄弟の面倒見ながら、あれだけの仕事をこなしてるのはたいしたものだ」ティスが続けた。「ただ——もう少し周りを頼っていい」
キーンの目が、じわりと滲んだ。
「……っす」
それだけ言って、顔を俯けた。
そこへ、リビングから「琉架さん、あそぼー」という声が飛んできた。
ミィと4男のデルが琉架のところへ駆け寄った。
「おじさん子供の相手は得意じゃないんだが........」
「いいから!」
「何をやればいいの?」
「まもの役やって!」
「魔物役!」
「そう! あたしが倒すの!」
「……魔物役って何をすれば良いんだ」
「出たな、マモノめ。おりゃー」ミィとデルが琉架に飛びかかった。
琉架は四つん這いになったところで二人がで乗っかってきた。想定外の重さだった。デルが「たおしたー」と叫んだ。
「たおれてるから、もう勘弁してくれ」
「もっかいやって!」
ティスがその光景を見て、声を上げて笑った。
「国をお救いになった琉架殿も子供には勝てないんだな」
「次はお兄ちゃんがマモノやって」デルがティスの手を引っ張った。
「いや、俺じゃなくて、そこのおっさんに....」そう言いかけたティスにデルとミィが飛びかかった。
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帰り道、三人は並んで歩いた。
月が石畳に三人の影を伸ばす。しばらく誰も喋らなかった。
「キーン、あれだけの状況でよく仕事こなしてますよね。あいつ自身も母親の死で辛いだろうに。それに家事までやって.......」
トッドが言った。
「そうだな」ティスが言った。「俺らもちょっとずつ支えよう。できる範囲で」
琉架は月を見ながら言った。「今日の分の仕事がまだ残ってるから俺は事務室に戻る」
トッドが「俺も戻るっす」と言った。ティスも「俺も」と言った。
三人の足が商人ギルドの方向へ向いた。
今回はちょっと短めの幕間回。次回もお楽しみに。




