三本の柱
レオナールがすでに座っていた。その隣にイザベラが背筋を伸ばして座っている。少し離れた位置にベルーナが深緑の上着のまま腰を落とし、手帳を卓の上に置いた。アーシュリが隣の椅子にどかりと座り、まだ目が半分閉じていた。
「隊長、会議が始まりますよ。シャキッとしてください」とミーナが言った。
「うるさいなー。昨日も前線で疲れてるんだからもう少し寝かせてよ」
アーシュリが片目で睨んだ。ミーナが隣で「おはようございます」と全員に向けて言った。誰かが小さく返した。
「みなさん、おはようございます」ベルーナが目尻の皺を深くした。それぞれが軽く挨拶を返した。
琉架は円卓についてから、手元の羊皮紙の束をもう一度見た。書き直しの跡がいくつもある。
「では始めようか。、琉架頼む」
レオナールが言った。
全員の視線が琉架に向いた。
「国をより発展させるために、三つの柱が必要だと考えました」
琉架は言った。声が、思ったより落ち着いて出た。
「最初に断っておきます。これは提案です。この国の専門家ではないので、おかしな点があれば遠慮なく指摘してください」
レオナールが頷いた。ベルーナが羽根ペンを構えた。
「一つ目。戦士と魔法使いを増やすこと、そのための教育機関を作ること」
「……いきなり金以外の話題からか」
ゴルバが言った。
「いいえ、金に関係あります」琉架は続けた。「エドガー王の時代から北の壁への予算配分がどう変わったか、それはベルーナさんの記録と突き合わせればわかります。先王の時代と比べて、前線への支出は大幅に削られていた。届くべきものが届いていなかった時期がある、ということが数字から読み取れます」
ベルーナが手帳から顔を上げた。
「……正確です。私が三十年で見てきた中で、最も前線が苦しかったのは、直近の数年でした」
「それに加えて」琉架は続けた。「以前、航路でガイウスという前線の傭兵と話す機会がありました。魔法使いが一人前線にいるだけで、戦士が数十人かかる場面を一人で片付けられる局面があると言っていた。にもかかわらず、先王の王命で魔法使いは王都防衛に固定されていた」
アーシュリが腕を組んだまま、少し目を細めた。
「……あたしたちのことだね。そこは責任を感じてる。本当は王命なんて無視して前線に出るべきだった」
声が低かった。その言葉に十二年何もできないじぶんを責める重みがあった。
「今後クロヴィスが来たとき、敵の大群が押し寄せてくると想定すべきです。今の戦力で足りるかどうか。教育機関があれば、才能のある者を早い段階で見つけて体系的に育てられる。今は師弟の縁がなければ埋もれるだけです」
ドヴァンが、ゆっくりと口を開いた。
「訓練所の話——俺は賛成だ。ただし教える側に相応の実力がいる。そこをどう確保するかが、これから考えるべきことになる」
「今日はその枠組みを確認したかっただけです。中身は今後詰めていければと」
「二つ目。農業改革です」
場が少し静まった。農業という言葉は、この卓に集まった面々には、いくぶん距離のある響きがあった。
「教育機関を作り、維持するには金がかかります。建物、教師、訓練に専念する人間の食い扶持。それを賄うためには、まず食料の安定が必要です」
「現状、食料が不安定ということか」ゴルバが言った。
「帳簿を見る限り、この国は一定量を外から仕入れています。それ自体は問題ない。ただ、もし本格的に軍備に金を使うなら、今の農業では必ず限界が来ます」
「先王エドモン様はその点を非常に気にかけておられました」ベルーナが静かに言った。「農村への視察を欠かさず、収穫状況を直接確認していました。琉架さんの言うように、国はまず食料がどれだけ自国で賄えるかで地力が違ってくると」
「農業を改革して食料自給の割合を上げれば、その分の人手が農業以外へ回せるようになります。それが訓練所に通える若者の数を増やすことに繋がります」
「農業と訓練所が、一本で繋がっているのか」トッドがメモを取りながら言った。
「繋がっています。食料が安定しなければ、訓練に専念できる人間は増えない」
イザベラが静かに手を挙げた。
「農業改革の件ですが」イザベラは言った。「ノルマン王国でも数年前に行いました。最初の二年は収穫量が落ちます。農民の方々が新しい作物に慣れるまでの間、食料が不足するリスクがある。その間の手当をどうするか、考えておく必要がありますわ」
琉架は羊皮紙を取り出した。
「その点は考慮できていませんでした」
「ノルマンでは、備蓄を三年分用意してから始めました。時間はかかりましたが、その方が結果として早かっと早かっと専門家が仰っていました。農業担当の者を何人か呼ぶこともできます。ただ、あの航路を越えるという条件付きですが....」
レオナールが苦い顔をした。「イザベラ——」
「有益な情報を提供しているだけでございます」
イザベラは微笑んだ。ゴルバが少し肩を揺らした。
「三つ目です。新しい販路の拡大——というより、この国の立ち位置を変えることです」
琉架は地図を引き寄せた。
「リベルタは港を持ち、北にはノルマンへの航路、南には産地への航路がある。今はそれぞれの取引が点で繋がっているだけです。北の物が南に行くとき、南の物が北に行くとき、一度どこかを経由しなければならない。その中継地になれれば、通過する荷が動くたびに収入が生まれます」
「中継拠点、か」レオナールが地図を見ながら言った。
「今まではその役割を果たせなかった。航路が不安定だったし、王宮が商人に協力的でもなかった。でも今なら違う。レオナール様がノルマンとの航路を実際に通ってきた。その実績があります。そこに定期航路を整備して、リベルタを通る荷に対して適正な手数料を取る仕組みを作れれば、単品の商品に頼らない安定した収入源になります」
「商人が集まる、ということか」ゴルバが言った。
「集まれば、さらに集まります。人が集まれば市場が育ち、市場が育てば税収が増える。訓練所の維持費に回せる額も変わってきます」
ゴルバは腕を組んだまま、しばらく地図を見ていた。
「……一週間でここまで出すか」
褒めているのか呆れているのか、どちらとも取れる声だった。
「そして、新たな航路も模索したいと考えています。以前から気になっていたんですが、東の方にあるコルデア王国との航路を開拓するのはいかがでしょうか。多少距離はありますが、取引先として増やすのは.....」
琉架がコルデア王国の名前を出したところ、ゴルバとティスの顔が曇った。
「琉架、その話は後で帰ってしよう。多少込み入った事情がある。今回具体的に話す必要もないだろう」
ゴルバが険しい顔で答えた。一同が何かを察して口を注ぐんだ。
「......わかりました。以上が三つです。繰り返しますが、叩き台です。各専門の方からの意見で肉付けしてもらわないと形にならない」
琉架は羊皮紙を揃えた。
円卓に、少しの静寂が落ちた。
最初に口を開いたのは、ベルーナだった。
「……ルカさん」
老人は手帳から目を上げた。
「私はね、三十年ずっとこの国の金を見てきました。どこに金が必要か、どこが足りないか、ずっと見えていた。ただ——どうすれば良くなるか、こういう形で並べられたことは、一度もなかった」
ベルーナは少し間を置いた。
「嬉しいですよ。本当に。本当にありがとう」
琉架は少し困った顔になった。
「私はただ、帳簿と人の話から考えただけです」
「そのただ、が難しいんじゃよ。誰でもできることじゃない」
「うむ。ベルーナの言うとおりだ。琉架、まずは感謝を申し上げる。」レオナールが琉架に頭を下げる。
「一旦整理しよう」
レオナールが席を立った。
「三つの柱——教育機関と戦力強化、農業改革、航路の拡大、整備。これを軸に進める。ベルーナ、ゴルバ、それぞれの立場から肉付けを頼む。ドヴァンには訓練所の設計に加わってほしい。イザベラはノルマンの農業改革の経験を整理しておいてくれ」
それぞれが頷いた。
「ルカには、全体の数字を管理し続けてほしい。各施策にいくら使い、どれだけの見返りが望めるのか、それを追い続ける者が必要だ」
「……それは確かに、私の管轄です」
琉架は認めた。過去のデータをまとめるのは経理部員の得意分野だった。
「一週間後にまた集まろう」
椅子を引く音が重なった。
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廊下を出たところで、アーシュリが琉架の横に並んだ。
「さっきの話」
「はい」
「あたしたちを前線に出さなかったのって、王の命令だったじゃん。あたしは行きたかった。ずっとずっと、行きたかった。だから自分の休みの日にバレないように前線に行ってた」
「知っています」
「だから——訓練所の話、あたしは賛成。早くやった方がいい。師匠が戦えなくなった今、数で補うしかない」
それだけ言って、アーシュリは先へ歩いた。
横からミーナがついていきながら、振り返って琉架に小さく頭を下げた。
ティスが廊下の途中で並んできた。
「どうだった」
「すごく疲れた。みんな眼圧が強すぎる。経営者会議を思い出したよ」
「なんだそれ。まあ、うまく行った方じゃないか」
「……まあ、悪くはなかったかと」
ティスが少し笑った。「兄上が満足してたぞ。表情には出さないが、ああいう顔をする時は大体満足している時の顔だ」
「十二年ぶりに会って、顔でわかるのか」
「兄弟だからな」
それだけ言って、ティスは先を歩いた。
琉架は廊下の石畳に朝の光が落ちているのを見た。羊皮紙の束を抱えたまま、しばらく立っていた。
あとどれだけ脳が擦り切れるほどこの国のことを考えなければならないのだろう。
答えは、まだ誰にもわからなかった。琉架は重圧を感じながらも、どこか誇らしいさを感じていた。
ルカが初めて「国のため」に頭を使う回でした。経理部員が税配分を考えるなんて完全に管轄外なのですが、断りきれないのがルカらしいといえばルカらしい。*経理部員は基本言われたことをやってしまう性質を持っています。
次回もお楽しみに!




