兄弟の策略③
ゴルバはマルセの店を訪れた。
「この帳簿の写しを、お前の倉庫に預けたい」
マルセが顔を上げた。ゴルバが机の上に置いたのは、ここ数日かけて仕上げてきた帳簿の束だった。
「……写しとはいえ、これはかなりの代物ですね」
「何かあった時のための保険だ。場所を変えて分散させておきたい」
マルセは帳簿をひとめ見て、それからゴルバの顔を見た。
「何かあると思っているんですね、ゴルバさん」
「勘だ」
「勘ですか。あなたの勘はよく当たる。よくないことが起きそうだ」
ゴルバは答えなかった。マルセは静かに帳簿を手に取り、布で包んだ。
「預かりましょう。ただ」
顔を上げた。
「あまり無茶はしないでください。帳簿が完成しても、あなたたちが無事でなければ意味がない」
「わかっている」
「まあ、どうせあなたのことだから無茶するんでしょうが.....」
マルセはそれだけ言って、帳簿を脇に抱えた。
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夜が深くなった。
ゴルバの商会の奥に、簡素な寝台が二つある。ゴルバが一つに横になっていた。ティスがもう一つで壁を向いている。
外は静かだった。潮の音だけが聞こえている。
二人の人影が、商会の裏手から近づいた。
一人が手に松明を持っている。もう一人が壁際に油の入った小瓶を並べ始めた。手慣れた動きだった。迷いがない。
松明がかざされた。
その瞬間。
「不審者だ!火をつけようとしてるぞ!」
通りの向こうから、野太い声が響いた。
ロンドだった。路地の入口に立って大声を張り上げている。
「おい誰かいるか!こっちだ!来いっ!」
声が連鎖した。足音が集まってきた。
二人が逃げようとした。しかし四方から人が集まり、商会の扉が開き、ゴルバとティスが飛び出した。
並べられた油瓶の一つが蹴られ、中身が地面に広がった。松明の火がわずかに燃え移りかけた。
「水!水を持ってこい!」
誰かが叫んだ。すぐに水桶が運ばれてきた。炎は広がる前に踏み消された。
「誰に雇われた」
ゴルバが二人の前に立った。荷縄で縛られた二人の男が地面に座らせられている。周りを港の男たちが囲んでいた。
二人は黙っていた。
「聞こえているか。誰の指示だ」
答えない。目を伏せたまま、口を開かない。
ゴルバはしゃがみ込んで、一人の顔を覗き込んだ。
「今お前たちを守る奴はここにいない。正直に話した方がお前たちのためだ。俺の拷問は二度と精神が戻らぬほど追い詰めるぞ」
男が顔を上げた。何かを言いかけた。
その瞬間。
風を切る音がした。
二本の矢が、ほぼ同時に飛んだ。
二人の男が、声もなく倒れた。
一瞬、誰も動けなかった。
ロンドが「なんだ」と言いかけた。トッドが「え」と言って固まった。ゴルバだけが即座に顔を上げ、矢の飛んできた方向を見た。
暗い路地。人影があった。すでに背を向け、音もなく遠ざかっていく。
「待て——」
ゴルバが走り出した。路地を曲がる。
いなかった。
石畳の上に、足音すら残っていなかった。
港の人間たちが、倒れた二人を囲んでいた。ティスが矢を見た。無骨な造りだが、精度が高い。狙いを外していない。二人とも、即死だった。
「どちらも即死ですね。普通の腕じゃない」ティスが静かに言った。
ゴルバが路地から戻ってきた。舌打ちをして、二人の遺体を見た。
「口封じだ。しゃべる前に始末した」
「雇い主に繋がる前に始末したと」
「ああ」
ゴルバはロンドを見た。
「助かった。見張りをしてくれていたおかげで家を焼かれずに済んだ」
「ひゃあ、あんたみたいな大男に礼を言われると照れくさいな」ロンドが頭をかいた。「なんか物騒なことに巻き込まれてんですね、あんたたち」
「迷惑をかけた」
「いや。うちも昔あんたに世話になったからな。おあいこだ」
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翌朝。
港の方から、整然とした足音が聞こえてきた。
先頭に立つのは、金の刺繍が入った上着を着た男だった。その後ろに、同じく上品な衣の細身の男が続く。周囲を王宮の兵士が固めている。
ドルクとソレルだ。
ドルクが港を見回し、商会の方へ目を向けた。口元に薄い笑みがある。
ソレルはただ真っ直ぐ前を見て歩いていた。




