兄弟の策略②
羊皮紙が、机の上に広がっていた。
何枚もの記録が並んでいる。マルセが商人の伝手で集めた各地の税支払記録、ベルーナがピコ越しに伝えてきた正規の税収使途。それらを一枚一枚突き合わせ、数字を拾い上げ、帳簿の形に落とし込んでいく。
「キーン、南部三区の税、合計どうなった」
「えっと……金貨一万二千四百枚です。あ、待って、四百じゃなくて」
「ちゃんと確認してから言え」
「す、すみません。金貨一万二千八百枚でした」
「正規の使途と照らしたら差分はいくらだ」
「三千二百枚……です」
トッドが羊皮紙を手に取り、数字を目で追った。
「三千二百枚って、相当じゃないですか。一地域でこれって」
「全部足したらどうなるか」ティスが静かに言った。「考えたくもないな」
ゴルバは腕を組み、広げた帳簿を見下ろした。数字が並ぶにつれて、輪郭が見えてくる。国ぐるみで、長年にわたって行われてきた収奪だ。
表通りに面した窓の外。
クロヴィスは路地の影に立っていた。動かない。息も殺している。ただ窓枠の隙間から、室内を見ていた。
羊皮紙の山。数字を照らし合わせる人間たち。帳簿の形に整理されていく記録。
(国全体の税収を、まとめているのか。商人ギルドが何かを策略しているとは思っていた。しかしここまで大規模なものとは。このままでは私の計画も頓挫してしまう.........面倒なことをしよって)
室内でゴルバが顔を上げた。
ほんの一瞬、窓の方へ目が向いた。
「……」
「どうしたんですか」キーンが顔を上げた。
「いや」ゴルバは視線を戻した。「気のせいだ。続けろ」
作業が再開した。
ゴルバは帳簿に目を落としながら、もう一度だけ窓の方へ意識を向けた。
気のせいではなかった。
「少し外の空気を吸ってくる」
ゴルバが立ち上がった。
「俺も——」とトッドが言いかけた。
「いい。お前たちは続けろ」
一人で扉を出た。
表通りに出ると、昼の港の喧騒が戻ってきた。潮の匂い。荷運びの声。行き交う人々。
ゴルバはゆっくりと歩きながら、目だけで周囲を見た。
路地の影。人の流れ。不自然に止まっている者はいないか。どこかに視線を感じないか。
(誰かいた気がするが)
確信はない。しかし長年、剣と商いで生きてきた勘が言っている。誰かが部屋の中を見ていた。
(近々、何かを仕掛けてくる気か)
ゴルバは悟られぬよう普段通りの足取りで、港の方へ向かった。
港には顔見知りが多い。荷運びの男たち、船乗り、荷捌きの職人、小さな屋台を出している老人。ゴルバが一人ずつ、さりげなく声をかけていった。
「最近この辺、見慣れない顔が増えていないか」
「商いの荷が不審な扱いを受けたら教えてくれ」
「うちの事務所の周りで何かあったら、すぐに言いに来い」
港の人間はゴルバを信用している。長年ここで商いをしてきた。困ったときに助けてもらった者も多い。誰も理由を聞かなかった。頷いて、それだけだった。
最後に、船乗りの一人が低い声で言った。
「ゴルバさん、昼頃、見慣れない男が事務所の裏路地に立ってましたよ。じっと動かなかったから妙だと思って」
「どんな男だった」
「目立たない色の服。年は三十くらい。表情がなくて、ちょっと気味が悪かった」
「……そうか。ありがとう」
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クロヴィスは王宮に戻ると、まっすぐソレルの部屋へ向かった。
「報告です」
ソレルは椅子に座ったまま、窓の外を見ていた。振り返らずに言った。
「聞こう」
「商人ギルドの事務所で、帳簿の作成が行われています。内容を確認しました。複数の地域の税支払記録を照らし合わせ、国全体の税収を帳簿にまとめようとしています」
ソレルが初めて振り返った。
「国全体の……税収を」
「はい。かなりの量の記録が集まっていました。完成が近いかと」
ソレルはしばらく黙っていた。指先が、椅子の肘掛けをゆっくりと叩いている。
「それが完成したら」
「正規の使途との差分が、誰の目にも見える数字として出ます」
部屋に沈黙が落ちた。
扉が開いた。ドルクが入ってきた。
「クロヴィスか。何か掴んだか」
クロヴィスが同じ内容を報告した。ドルクの表情が変わった。
「帳簿だと?あの男が牢の中にいるのに、まだそんなことを——」
ソレルは立ち上がり、窓の外を見た。王都の街並みが広がっている。
「帳簿が完成したら、民に広める気だろう。証拠を見せて王権を揺さぶる。奴の考えることは読める」
「ならどうする。揉み消すか」
「ちょっと静かにしろ。考えている」
ドルクが思考を巡らすよう目を閉じた。
「帳簿が一番厄介なら、帳簿ごと……」
ドルクが途中で止まった。何かを思いついたように、ゆっくりと口角が上がった。
「……偶然、燃えてくれればいいんだがな」
ソレルは窓の外を見たまま動かなかった。少し間があった。
「……そうだな」
静かに言った。
「偶然燃えることも、ありますな」
クロヴィスが、抑揚のない声で言った。
「クロヴィス、お前は動くな。金で何人か雇え。お前は今後も色々と使える男だ」
ドルクがクロヴィスを見ながら言った。まるで物を見るような目で。
「は、承知いたしました」
クロヴィスは頭を深く下げた。下げた顔の口角は上がっていた。
ドルクがゆっくりと笑った。
港の方向に、夕暮れの光が伸びていた。
19話です。兄弟の性格の悪さが皆さんに伝わるといいのですが。。。次回もお楽しみに。




