玉座の問答と反撃の火種
謁見の間は、昨日と同じく冷たい空気をしていた。
ゴルバはためらいなく敷居をまたいだ。トッドがその後ろに続く。ティスは一拍遅れて、静かに入室した。
三人がひざまずく。
「面を上げよ」
玉座のエドガー三世が三人を順番に見た。その視線がゴルバで止まった。
「……ゴルバか。久しいな」
「はっ。覚えていていただいておりましたか」
「忘れるものか。兄上の親衛隊にいたものだろう。今は商人をしていると聞いた」
「剣も商いも、同じ覚悟でやっております」
「かつての国の英雄が今は一介の商人か。落ちたものだ」
王はゴルバをしばらく眺めた。それから視線をゆっくりと動かした。
トッドを一瞬見て、ティスで止まった。
ティスは正面を向き、王の顔を見ていた。その目は怒りと恐怖が入り混じった色をしていた。
間が続いた。探るような、値踏みするような沈黙だった。
「……名は」
「ティスと申します。ゴルバの商いを手伝っております」
「どこの出だ」
「.........南の方です」
王はしばらくティスを見ていた。それから視線を外した。
「……そうか」
それ以上は聞かなかった。ただ、玉座の横に立つ二人が、わずかに反応していた。
右側に立つのは、二十代半ばと思われる青年だった。上品な衣に身を包み、金の飾り紐を腰に下げている。目元が王に似ているが、そこに父親の凄みはない。うっすらとした笑みを浮かべたまま、絶えず父の顔色を伺っている。
——ソレル。王の長男。
左側に立つのは、ソレルより少し若い男だった。体格はいいが立ち姿が悪く、腕を組んでティスたちを上から見下ろしている。
——ドルク。次男。
「ゴルバとやら」
ドルクが口を開いた。
「貴様のところの小僧、随分と図々しい面をしているな。王を睨み付けるとは。商人は部下の礼儀の教育もできぬのか」
ゴルバは王に向けたまま視線を動かさず、静かに言った。
「ご無礼をお許しください。仲間が捕らわれたことで少々我々も動揺しております」
ドルクが「言い訳がましく——」と言いかけたところで、ソレルが低く言った。
「控えよ、ドルク。陛下の御前だ」
ドルクは口をつぐんだ。不満そうに腕を組み直したが、それ以上は言わなかった。
「用件を述べよ」
王が言った。
「昨日捕縛された男、琉架を解放していただきたく参りました。帳簿は商人が数を管理するための書き物に過ぎず、呪術とは一切関係がございません」
「既に判決は下した」
「判決を覆せとは申しません。ただ、王都の商人ギルドとして正式に異議を申し立てる権利があるはずでございます。無期限の投獄はあまりに重い求刑かと」
「ギルドが朕の決定に口を出すか」
「ギルドは王都の経済を支えております。そこで起きた不当な逮捕は、商業全体への圧力と受け取られます。商いが滞れば、王都にも影響が出るかと」
謁見の間が静まり返った。
ソレルが父の顔色をちらりと見た。ドルクは鼻を鳴らした。
「貴様ら、いつからそんなに偉くなった。国のために民が働くのは当然であろうが。貴様のごとき商人ギルド、その気になればいつでも潰せるのだぞ」
王はしばらくゴルバを見ていた。それからゆっくりと玉座に背を預けた。
「下がれ。王の決定は覆らぬ」
「でしたら、せめて一度会わせてください」
「ならぬ。お前たちはあいつに会って何か呪術の類のものを持ち出す可能性がある」
廷臣が前に進み出た。謁見の終わりを告げる合図だった。
ゴルバは一礼し、踵を返した。
ティスが最後にもう一度だけソレルとドルクを見た。長男は視線を逸らした。次男は睨み返してきた。
ティスは何も言わず、扉の外に出た。
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廊下に出ると、壁際に人影があった。
「待っておったよ」
ベルーナだった。深緑の上着に、杖を手に持っている。衛兵から少し離れたところで、三人をひっそりと待ち構えていた。
「……ベルーナ樣。我々にご用ですか」
老人はくしゃっと目を細めた。「正面から突破しようとする。それがゴルバ殿の持ち味じゃが、今日は少し違う手が要る」
「琉架の件で何か」
「今朝、あの子に会ってきた。ピコを渡してある。わしのもう一匹はここにおる」
ベルーナは懐から小さな生き物を取り出した。手のひらに収まるほどの大きさで、丸い黒目がゴルバを見上げた。
「ただし、ピコの声が届くのは王宮の外ギリギリあたりまでじゃ。港じゃ遠すぎる。門を出たら、すぐ左に荷運び用の裏路地がある。人通りはほとんどない。そこで話すといい」
ベルーナはピコをゴルバの手に乗せ、踵を返した。
「わしにできることは限られておる。じゃが、内側からできることをする。あんたは外から頼む」
それだけ言って、衛兵の方へ歩いていった。
正門を出ると、石畳の冷気が足元から上がってきた。
ゴルバは迷わず左へ曲がった。積み上げられた木箱と石壁の間、人一人がやっと通れる狭い裏路地だ。
「ここでいい」
三人が身を入れた。ゴルバが両手でピコをそっと包む。頭の房がじんわりと橙色に光り始めた。
しばらくして、ピコの体が震えた。房の色が青白く変わった。
「……聞こえるか。琉架」
牢獄の中で琉架が服の中に隠していたピコが反応した。
「聞こえます。ゴルバさん、王宮までわざわざ来ていただいたみたいで、謁見はどうでしたか」
「だめだった。全く聞く耳を持たない」
「そうですか。……ベルーナさんにも会えましたか」
「ああ。ピコを預かった。ベルーナ様は何かと協力をしてくれるだろう」
「わかりました。こちらから一つ報告があります」
「言え」
「ライガーという人物が前の房にいます。先王時代のことを詳しく知っていました。先王のお子さんたちのことも」
ゴルバの手がわずかに止まった。
「……そうか。まだ牢の中にいたのか」
「ゴルバさん、彼のことをご存知ですか」
「知っている。かつて俺と一緒に先王に支えていたものだ。話すと長くなる。詳しくはまた話す」
ティスがゴルバの横から身を乗り出した。
「琉架、お前は大丈夫か」
「ティス、お前も来てくれたのか。こっちは問題ない。飯は出てくるし、寒いけど死ぬほどじゃない」
「そうか」
「琉架さん!」トッドが声を上げた。「俺、琉架さんが捕まるなんて信じられないです。あんなに港の人たちのために尽力してきたのに。俺、多少魔法も使えるんで、逃げ出す手助けぐらいできますよ」
「落ち着いて、トッド。無茶するな」
「でも——」
「今は動くな。焦って全員捕まったら終わりだ。今は情報を集める時期だ」
トッドは唇を噛んで、黙った。
少し間があって、琉架が続けた。
「ゴルバさん、聞いてもいいですか。王の息子が二人いるそうですが——ソレルとドルクについて教えてもらえますか」
「ソレルは父親の顔色を読むことだけが得意な男だ。自分では何も決めない。王が喜ぶことを選び続けてきた」
「ドルクは?」
「ソレルの腰巾着だ。頭は悪いが自尊心だけは高い。権力に守られて育ったから、自分の力で何かを成し遂げたことがない。それを本人は気づいていない。常に横暴で自分は生まれながらに偉くて当然だと思っている。王の器のかけらもない男だ」
「そうですか......」
それだけ言って、琉架はすぐに次の話に移った。
「ゴルバさん、次の手を考えたいんですが。突然俺を捕まえたことには理由があるはずなんです。つまり、帳簿を広められると都合が悪いんじゃないでしょうか」
「……続けろ」
「ベルーナさんの方でも今探りを入れてもらってますが、王宮には次男ドルクが管轄している税の出入記録があるそうです。だが、この部屋は厳重に警備されていてそうそう入ることはできない」
「奴らが不正の証拠をそう易々と渡すわけがないからな」
「そこで全体の税収の中から適切な税収を差し引きして残りの残額を出すことはできないでしょうか。適切な税収はベルーナさんが管理しています。それ以外にどれほどの税収を割いているかが見えれば民の王権への不信感は高まる筈です」
「数字を実際に見せるわけだな。確かに税収がどう使われているのか、民が把握する術は現状ない。だがそんなことは可能なのか」
「詳細な数字は出せなくても概算では出せる筈です。ただ、それにはこの国の税収全体を把握する必要がある........
「琉架、ちょっと待て。いったいお前は何を始めようと言うのだ。お前を牢屋から出すためにそこまで手の込んだ事が必要なのか」
「俺はおそらく今の王政の元では一生日の目を見ることはできません。奴らが帳簿が広まることを恐れているのは明白です。帳簿を広める可能性のある危険分子を牢から出すことはないでしょう。
「ではいったい何をやろうというのだ」
「現体制では出れないなら、王政ごとひっくり返すしかない」
ゴルバ、ティス、トッドが顔を見合わせた。
琉架がいつにも増して力強い言葉で語りかけた。
「この国の腐敗を正すには今の王政を変えるしかない。そのために奴らの不正を俺たちで暴きましょう」
ゴルバは呆気に取られた表情から、少し口角を上げピコに話かけた。
「これまた大勝負に出たな。見かけによらず大胆なやつだ。いいじゃねーか。俺も現王のことは反吐が出るほど嫌いだ。お前の夢物語に乗ってやる。で、具体的には何をやればいい」
「国全体の戸籍を盗み出してくれませんか。それがあれば税収が把握できる。この国は国民全員に税をかける仕組みですから。それからベルーナさんから税の使い道の詳細を聞き出しておいてください。それを帳簿に起こすんです。おそらく4人でやっても相当の時間を要するでしょう。
あと、不正の証拠を掴めるならそれに越したことはないですが、王宮内を探索するのは無理ですから、こちらはベルーナさんに協力を得ようと思っています」
「わかった。まずはベルーナ様に税の正常な使い道を聞き出すところから始めよう」
「ありがとうございます』
「琉架さん……あと何日持ちますか」
トッドが真剣な顔で聞いた。
「.......牢獄も住んでみればそこそこ快適だぞ。今まで働き詰めだったからな。今のうちに睡眠を確保しておくよ」
琉架が強がりを言っていることのは明白だった。
「……無理だけはするなよ」
ゴルバが何かを察したように琉架に言った。
ピコがぶるっと震えて、房の光がふっと消えた。
通話が切れた。
路地の奥で風が鳴った。石壁の向こうに、まだ王宮の影が伸びている。
「……帳簿で戦うか」ゴルバが静かに言った。「あいつらしい」
ピコがひとつあくびをして、前足で顔を拭った。
いよいよ反撃の狼煙!ですが、琉架の劣勢は変わりません。
次回もお楽しみに!




