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王との謁見

馬車が石畳を踏む音が、低く響いていた。


 格子窓から外を覗くと、城壁が迫ってくるのが見えた。高さは優に十メートルを超える。切り出した白石を積み上げた城壁は、夕闇の中でも鈍く光を放っていた。


 正門をくぐると、視界が一気に開けた。


 王宮だった。

馬車を降りると、ガルフが短く言った。

「ついてこい」


 二本の巨大な柱が入口の両側に立ち、その先に続く石畳の広場は、琉架が今まで見た市場の何倍もの広さがあった。広場の奥に構える本館は四階建て。窓の一つ一つに金細工の枠が施されており、夜の闇の中でも燭台の明かりが漏れてきらきらと輝いている。玄関に続く階段の両脇には甲冑姿の衛兵が等間隔に立ち、その数を数える気にもなれなかった。


 天井には王国の紋章を刻んだ石のレリーフ。壁には歴代国王の肖像画が並んでいる。その中の一枚に目が止まった。今の王に似た顔立ちだが、目の光がまるで違う。温かく、真っすぐな目をした男の肖像。プレートには「先王 エドモン」とあった。


 (……王というものに会ったことはないがこんなに凛々しいお顔をされているのか)


 本館の脇へ続く細い通路に折れる。広場の煌びやかさとは打って変わって、通路は薄暗く、壁の石は黒ずんでいる。


 階段を下りる。さらに下りる。


 空気がじわりと冷えていくのがわかった。


 地下牢は、思ったより広かった。


 石造りの廊下が一本、奥に向かって続いており、両側に鉄格子の扉が並んでいる。松明は廊下の端に一本だけ。


「ここで待て。逃げ出そうなんて考えるなよ」


 ガルフが鍵を回した。重い音がして、格子の扉が閉まった。


 石の床、石の壁。藁が少しだけ敷かれている。隅に水桶が一つ。それだけだった。


 琉架は壁に背を預けて腰を下ろした。


「そこ、新入りか」


 声が聞こえた。前の房からだ。格子の隙間から、薄明かりの中に男の顔がうっすら見えた。四十前後、髭が伸びていて、目だけが鋭く光っていた。


「……ええ、そうです」


「何で捕まった」


「帳簿を広めた罪だそうです」


 一拍の間があった。


「帳簿? なんだそりゃ」


「お金の出入りを記録する書き物です。魔法でも呪いでもないんですが」


「それで捕まるのか」男がふっと笑った。「俺はライガーだ。お前は?」


「琉架です。よろしくお願いします」


「よろしく。……にしても帳簿か。お前も災難だな」


「ライガーさんは、なぜここに?」


 ライガーは少し間を置いた。


「……まあ、いろいろあってな。話すと長い」


 それだけ言って、話題を変えるように続けた。


「帳簿を広めたくらいで捕まるとはな。今の王様らしい話だ」


「今の王様らしい、というのは?」


「あんた、この国に来て長いか」


「いえ、それほどでもないです」


「じゃあ知らんか。昔はこの国、もっとまともだったんだ」


 ライガーは格子にもたれて続けた。


「先王のエドモン様が生きていた頃の話だ。今の王エドガーの兄だ。あの方は本物だったよ。税を上げれば民がどうなるか、北の壁の兵がどれだけ苦しいか、ちゃんと気にかけてくださった。視察にも来たし、兵の飯の質まで直接確認した。国の金の使い道を自分で把握していた。……そういう王様だった」


「それが、今の王に替わって」


「十二年前に病で倒れてな。そこからだ。弟のエドガーが王になって、まあ見事に変わった。宮殿の改修に、豪華な宴、南方からの珍しい食い物……金の使い方が全部、自分のためだ。北の壁? 魔法使いを前線に? そんなことより王都が大事、自分の身が大事。そういう男だよ」


「先王にはお子さんは?」


 ライガーの表情が、わずかに変わった。


「……二人いた」


「今は?」


「上の方はな、王の器がある人だった。先王にそっくりで、周りの評判も良かった。それが今の王には気に食わなかったんだろうな。ノルマン王国の姫との縁談を用意して、さっさと国外に出した。きたの表向きは名誉ある婚姻だが……追い出したも同然だ。ノルマン王国へは北の航路を使わねばならん。そうそう往復できるもんじゃない。しかも断れば斬首という条件までつけてな」


「下の方は」


 ライガーはしばらく黙った。


「……王宮でひどい扱いを受けていたと聞く。それ以上は知らん」


 それだけ言うと、ライガーは話を打ち切るように目を閉じた。


 琉架は格子の向こうを見ながら、静かに考えた。


 先王の息子が国外に出され、もう一人は行方知れず。今の王と息子が宮廷を牛耳っている。そして国は疲弊していくばかり。


(相当腐っているな。この国のトップは)


 しばらくして、廊下に足音が響いた。


「琉架。来い」


 ガルフだった。


「ライガーさん、また話しましょう」


「ああ。首だけは繋いでおけよ」


 そう言ってライガーは寝ながら琉架に手を振る動作をした。


(いい話が聞けたな。どうせ言い訳しても何癖つけられて地下牢から出してはくれないだろう。それならいっそかましてやるか)


--------------------------------------

 連れられた部屋は、謁見の間だった。


 高い天井。左右に並ぶ柱。燭台の炎が揺れ、壁の金箔を照らしている。床には深紅の絨毯が敷かれ、その先の最上段に玉座があった。


 玉座に座る男は、四十ぐらいだろうか。重そうな金の冠、深紫の衣、両手に宝石の指輪。顔は肥えており、目の下には薄く隈がある。しかし目だけは、ぎらりとした光を持っていた。


 エドガー三世。リベルタ王国の現国王。


 玉座の左右には廷臣が並んでいる。部屋の隅にベルーナがひっそりと立っていた。


「ひざまずけ」


 琉架はひざまずいた。


「面を上げよ」


「失礼いたします」


 王の眉がわずかに動いた。


「そなたが、民に呪術書を広めた者か」


「帳簿でございます。呪術書ではなく、お金の出入りを記録する書き物です。魔法も呪いも一切関係がありません」


「その書物を持った商人どもが、朕の定めた税の仕組みに異議を唱えておる。民が王の政に口を出すようになった。秩序の乱れとはこのことではないか」


「商人たちは自分の帳簿を見て、自分の商売の現実を知っただけでございます。もし税の使われ方に疑問を持つ者が増えたとすれば、それは帳簿のせいではなく、疑問を持たれるような使われ方をしているからではないでしょうか」


 廷臣たちがざわりと動いた。


「貴様、なんと無礼な。口が過ぎるぞ!」と一人が言った。


 王は手を挙げ、廷臣を制した。目の奥が、かすかに細くなった。


「……国の財政は、専門の者が管理しておる。商人ごときが口を出す話ではない」


「先王の時代からは随分お金の使い方が違うようですが、国策の方針でも変わったのでしょうか」


 謁見の間が、静まり返った。


 王の顎が、わずかに引いた。


「……誰から聞いた」


「この国で商いをしていれば、先王の話は自然と耳に入ってまいります。先王の時代、北の壁の守りも今より手厚く、民の暮らしも安定していたと。誰よりも国のことを思っていた王だったと聞いております」


「兄上の名を持ち出すか」


 王の声が低くなった。


「何かお気に触れましたらお許しください。ただ、帳簿というのは現実を映すだけのものです。良い状態なら良い数字が出る。悪い状態なら悪い数字が出る。それだけでございます」


「悪い数字を民に見せて、王への不満を煽ることが、そなたの目的か」


「違います。正確な数字があれば、正確な判断ができます。どこを改善すれば国が良くなるか、誰のために何にお金を使うべきか。それが見えるようになるのが帳簿の力です」


 しばらく間があった。


 王はゆっくりと玉座に背を預けた。


「朕の政を批判しに来たか」


「批判ではなく、事実を申し上げております」


「同じことだ」


 王は静かに、しかし冷たく言った。


「呪術書流布の罪、および王前での不敬の罪。禁固刑に処す。期限は無期限。本来なら首を刎ねてやりたいとこだが、お前を殺すと商人連中がうるさそうだからな。一生牢屋の中で朕を侮辱したことを後悔しろ」


 ベルーナが一歩踏み出し何かを発しかけた。しかし隣の廷臣が目で制し、老人は静かに口を閉じた。


 その目が一瞬、琉架に向いた。


 琉架は立ち上がり、もう一度だけ王を見た。


 (無期限の禁錮刑か。さすがにやりすぎたな)


 重い扉が閉まり、廊下に松明の炎だけが揺れていた。

14話です。王宮の煌びやかさと地下牢の落差、伝わりましたでしょうか。ライガー、今後の重要キャラです。

 そして王との対面。先王と現王の対比が少し見えてきましたね。

 次回もお楽しみに。

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